「教会の名前はご存知ですか?」
「カトリック伯林教会です」
銭居はパソコンを操作しながら答えた。
まずその教会に当たるのが良さそうだ。そうと決まれば善は急げ……といいたい。
とはいうものの、赤野としては違和感を禁じ得ない。馬場の行動もそうだが、銭居は存在自体が怪しげだ。
美術品の鑑定はまだしも、おかしな格好と不釣り合いな美貌にさっきの馬場の割り出し方。
「こうした服装は悪趣味に思えますか?」
腕組みしてパソコンの画面を眺める赤野に、脇から銭居は声をかけた。
「え? いや、別に……なんとも思いません」
慌てて組んでいた腕をほぐした。
「美術品を引き立てる為ですよ」
頼まれもしないのに銭居は説明した。
「引き立てる?」
「ええ。主人公はあくまで美術品で、私は単なる引き立て役ですから」
なにやら分かったような、分からないような主張だった。
「とにかく駅に行きましょう」
「それなら私の車に乗っていきませんか?」
「ああ、お車でこられたんですね」
「ええ。あとでまた戻るのも面倒ですし、よろしければ帰りもお送りしましょう」
ありがたい提案ではある。しかし、我と我が身の安全を大きく他人に預ける行為でもある。同じ電車に乗るのとは意味が違う。
「お気に召しませんか? 無料ですよ」
冗談めかして銭居は付け加えた。
「いや……お願いします」
断り切られないものを感じ、赤野は応じた。実のところ、渋滞にさえ巻き込まれなければ車の方がなにかと融通が効く。
「かしこまりました。では、駐車場まで」
銭居に導かれ、赤野はオフィスを出た。銭居はホールの隅にある傘立てから自分の傘を出した。赤野も同じように出した。
まだ午前中なのに、外は雨のせいで薄暗かった。傘を広げると雨粒がひっきりなしに跳ね返り、その音が銭居の足音と混じり込んだ。
時ならぬ雨音と足音のステレオを耳にする内に、赤野は唐突に雹を思い出した。空から降ってくる氷の塊を実体験したことはない。
にもかかわらず、文字通り降って湧いたようなその単語は無視出来ない重みがあった。
「いかがなさいましたか?」
ぴたっと足を止め、肩越しに振り向いて銭居は聞いた。
「どうしたんです、いきなり」
赤野の方こそ驚いた。
「いえ、歩くペースが落ちてらっしゃったようですので」
「ああ、すみません」
確かに、今は雹など関係なかった。
銭居の車はビルから歩いて三十秒のコインパーキングに停めてあった。白塗りの軽四ミニバンだ。
コインパーキングは、治安の悪い地区だと車上荒しが出ることもある。無論、この辺りは問題ない。それにしても、月極めに比べてずっとトラブルが起こり易いので敬遠する人間も多かった。
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