長兄ロルフは下戸ながら、自分の盃を断られた父親がどれほど怒り狂うかは長男として良くわきまえていた。
次兄ゲルトは父親の酒を飲み過ぎては何度も罵倒されていて、その度に聖書を持ち出してはずる賢く怒りを解いていた。
テーブルの下からはいびきが聞こえる。父、マクシミリアンのそれだ。子爵閣下は寝床代わりに敷いた熊の毛皮に自ら大の字を作り、いびきをかいていた。
「遅いじゃないか、ハインツ」
ゲルトの上機嫌な声がテーブルの上を滑った。
「申し訳ありません、父上、兄上」
「こ、今回のいくさ……うぇっ。いくさでな。お前の手柄を認めた父上が、よ、よ、よ……」
「失礼ながら、ロルフ兄上、水でも飲まれてはいかがです?」
「だ、黙れっぷ。嫁を探してやったから改めて挨拶にこ……ぐべっ」
長兄の酔態に顔をしかめたハインツだが、言葉の内容にはもっと顔をしかめた。
探して『やる』ではない。『やった』のだ。ははーっありがたき幸せ……等と口にしてたまるか。マクシミリアン本人が起きているならともかく。
だいたい、昔の愛人が妊娠して清算を迫られて、まだ腹が大きくならない内に出鱈目な経歴をつけてハインツに押しつけるくらいなことでさえ普通に考えられる。
「どうしたんだ、黙りこくって。祝杯を上げようじゃないか!」
ゲルトはわざとらしくグラスを掲げた。
「少し驚いただけです、ゲルト兄上。お屋敷にはいつ伺えばいいでしょうか」
「明日の晩にはきた方がいいぞ! 知っての通り父上はお気が短い」
領主として、昼間は公の政務を行わねばならない。家族や私生活にまつわることどもは夜に入ってから処理された。
「承知しました。では、明日」
会釈してハインツは踵を返した。誰も引き留めはしなかった。
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