味方の歓呼がいまだにこだまし続けるのが、なにか空々しい。
「バッハ」
「はい、ご主人様」
ローテは、自分の傍らに控えていた従卒を呼び出した。
バッハはただの平民で、ローテの個人的な召し使いに過ぎない。年齢も十三歳に過ぎず、まだまだ女性よりも小柄であった。
しかし、呼ばれればはしばみ色の短く柔らかい髪を揺らしてすぐに現れる。受けた指示を誤った試しはなく、戦場でもきびきび働いた。
そのバッハは、自分の胴体ほどもあるずだ袋を担いでいる。ローテがたち上がるのと対照的に地面にしゃがみ、たった今死んだ騎士の兜を外した。
「待て」
バッハが、兜をずだ袋から出した布でくるむ直前、ローテは制した。バッハはすぐに手を止めた。
ローテが手を伸ばし、バッハから兜を受け取った。良くあるノルマン風の水滴型兜。鼻当てがついており、その裏に持ち主であろう名前が刻んであった。
「ボッシュ・フォン・テルカンプ、か……」
鈍い鉄灰色の兜が脱げ、砂色の髪が地面に垂れたテルカンプの口はまだ開いている。致命的な警報を出そうとする寸前さながらだ。
ローテは兜をバッハに戻した。
バッハは改めて兜を布にくるんでずだ袋に入れ、次いでテルカンプの籠手、サーコート、鎖かたびらと丁寧に外しては兜と同じようにずだ袋に入れた。
理想的には、生け捕りにすれば身代金を要求する機会もあった。
もちろん、滅多に得られない話ではある。だから、せめて身ぐるみ剥いで軍資金の足しにせねばならない。
勝ったからといって恩賞が出るかどうかは別の問題だ。何故なら、騎士は最初から領主のために加勢するという契約で土地や名誉を与えられるのだから。
勝利はつまり、ごく当たり前に普段からの契約を果たしたに過ぎない。
稀に、気紛れな褒美が出る場合もないではないが、今回は辺境伯に仕える領主同士が起こした土地の境界争いだった。
勝っても猫の額ほどの土地が領主の手に入るだけだ。
勝どきがようやく聞こえなくなり、ローテ以外の勝者達も思い思いに戦利品を得た頃、日没が迫りつつあった。
引き揚げを意味する角笛が吹かれ、ローテは愛馬にまたがった。
バッハはずだ袋を自分の身体に縛りつけて後ろに乗る。
戦場から少し離れた森の外れに宿営地があり、ローテを含む一同は総大将……というのも大袈裟か……から今回のいくさの総括を聞かねばならない。
宿営地には軍勢が集合するための広場と各自のテントに別れており、ローテは馬の世話をバッハに委ねて自らは広場に入った。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!