ヤブランの咲く墓場

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第二十六話 追跡 二

公開日時: 2020年9月18日(金) 23:10
文字数:1,239

 銭居はまず鍵を開けて赤野を入れた。助手席に入りシートベルトを締めていると、駐車料金を払った銭居が運転席についた。


 滑らかな運転でコインパーキングから出たミニバンは、そのまま教会のある街を目指した。


「それにしても、馬場さんが教会に用があったとしてどんな用なんでしょうね」

「懺悔でもしているのかも知れませんよ」

「キリスト教徒でなかったとしたら?」

「その場合は『人生相談』ですね」


 仏の嘘は方便といわんばかりの銭居だった。


「道は分かりますか?」


 大事な実務を赤野は確かめた。


「ええ、さっきネットで見ましたから」

「じゃあ、教会のサイトがあるかどうか確かめましょう」


 赤野は自分のスマホでカトリック伯林教会を検索した。すぐに行き当たり、頁を呼び出す。


「責任者は司祭のワルター・テルカンプ、ドイツ人か」


 独り言のように呟き、赤野は呼び出した頁を読んだ。テルカンプは見た限り四十代の男性で、白い祭服が良く似合っていた。体格も良く、ゲルマン人らしい筋骨をしている。


「司祭様なら日本語も堪能でしょうね」


 ハンドルをさばきながら銭居が合いの手を入れた。


「どうしてですか?」

「自分が赴任する教区の言葉を学ばないと布教しにくいからです」

「それなら話が通りやすくてありがたいですね」


 外国語はさっぱりの赤野だった。


「ところで、アポを取る必要はないんですか?」


 頁には教会の電話番号も記載されている。赤野としては失礼のないようにしたかった。


「はい、下手に知らせて馬場さんが逃げてしまったら薮蛇ですし」


 礼儀正しくも生々しい可能性を銭居は語った。


「でも、いきなり押しかけて大丈夫なんですか?」

「ミサや、それこそ懺悔の最中でなければむしろ歓迎されますよ。お茶までは出てこないにしても」

「我々もキリスト教徒じゃない……でしょう?」


 遠慮しながら赤野は質問した。


「はい、異教徒を改宗する機会になります」

「……」


 教会のホームページでテルカンプ自身が語るところによれば、十年程前にドイツからきてその教会を開いたとある。信者も百人はいるらしい。


 教会内の様子も画像で挙げられていた。玄関を入ってすぐ、聖堂出入口の脇にある聖水盤から始まり長椅子の並んだ聖堂、祭壇、二階のパイプオルガン、そしてステンドグラス。


 ステンドグラスには一人の男性が描かれていた。外国人で、長い杖を抱えていて、青い服に上に緑色の衣をまとっている。美術品と同様、宗教にも疎い赤野からするとどこの誰なのか分からず、そのまま頁を閉じた。


 それから数十分ほどかけて、目当ての教会を間近にしたコインパーキングに車は停まった。


 雨はますます激しくなりつつあった。銭居と共に、傘をさしながら外に出て教会を目指す。


 教会は、頂上に十字架を配して左右対称の造りをしていた。テレビゲームにでも出てきそうな眺めだ。白い壁にステンドグラスの青や赤が良く映える。


 敷地は大人の胸ほどの高さをした塀に囲まれており、正門の右脇には『カトリック伯林教会』とエッチングされた青銅製の横書きプレートが埋められていた。

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