銭居はまず鍵を開けて赤野を入れた。助手席に入りシートベルトを締めていると、駐車料金を払った銭居が運転席についた。
滑らかな運転でコインパーキングから出たミニバンは、そのまま教会のある街を目指した。
「それにしても、馬場さんが教会に用があったとしてどんな用なんでしょうね」
「懺悔でもしているのかも知れませんよ」
「キリスト教徒でなかったとしたら?」
「その場合は『人生相談』ですね」
仏の嘘は方便といわんばかりの銭居だった。
「道は分かりますか?」
大事な実務を赤野は確かめた。
「ええ、さっきネットで見ましたから」
「じゃあ、教会のサイトがあるかどうか確かめましょう」
赤野は自分のスマホでカトリック伯林教会を検索した。すぐに行き当たり、頁を呼び出す。
「責任者は司祭のワルター・テルカンプ、ドイツ人か」
独り言のように呟き、赤野は呼び出した頁を読んだ。テルカンプは見た限り四十代の男性で、白い祭服が良く似合っていた。体格も良く、ゲルマン人らしい筋骨をしている。
「司祭様なら日本語も堪能でしょうね」
ハンドルをさばきながら銭居が合いの手を入れた。
「どうしてですか?」
「自分が赴任する教区の言葉を学ばないと布教しにくいからです」
「それなら話が通りやすくてありがたいですね」
外国語はさっぱりの赤野だった。
「ところで、アポを取る必要はないんですか?」
頁には教会の電話番号も記載されている。赤野としては失礼のないようにしたかった。
「はい、下手に知らせて馬場さんが逃げてしまったら薮蛇ですし」
礼儀正しくも生々しい可能性を銭居は語った。
「でも、いきなり押しかけて大丈夫なんですか?」
「ミサや、それこそ懺悔の最中でなければむしろ歓迎されますよ。お茶までは出てこないにしても」
「我々もキリスト教徒じゃない……でしょう?」
遠慮しながら赤野は質問した。
「はい、異教徒を改宗する機会になります」
「……」
教会のホームページでテルカンプ自身が語るところによれば、十年程前にドイツからきてその教会を開いたとある。信者も百人はいるらしい。
教会内の様子も画像で挙げられていた。玄関を入ってすぐ、聖堂出入口の脇にある聖水盤から始まり長椅子の並んだ聖堂、祭壇、二階のパイプオルガン、そしてステンドグラス。
ステンドグラスには一人の男性が描かれていた。外国人で、長い杖を抱えていて、青い服に上に緑色の衣をまとっている。美術品と同様、宗教にも疎い赤野からするとどこの誰なのか分からず、そのまま頁を閉じた。
それから数十分ほどかけて、目当ての教会を間近にしたコインパーキングに車は停まった。
雨はますます激しくなりつつあった。銭居と共に、傘をさしながら外に出て教会を目指す。
教会は、頂上に十字架を配して左右対称の造りをしていた。テレビゲームにでも出てきそうな眺めだ。白い壁にステンドグラスの青や赤が良く映える。
敷地は大人の胸ほどの高さをした塀に囲まれており、正門の右脇には『カトリック伯林教会』とエッチングされた青銅製の横書きプレートが埋められていた。
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