ヤブランの咲く墓場

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第二十三話 催促 三

公開日時: 2020年9月17日(木) 23:10
文字数:866

「とても丁寧に描いていますね」


 銭居の論評は、本来聞くべき人間とそうでない人間が取り違えられているにもかかわらず自然な説得力があった。


 商売柄当たり前なだけではない。部外者だろうと素人だろうと、誰にどんな聞かせ方をすれば良いのか最初から万事わきまえているような語り方だ。


 そうなると、銭居の格好はますますちぐはぐに思える。もっとお洒落すればいくらでも人目を惹きつけられるだろうし、それこそ商売の足しにもなるだろうに。


「やはり、買わねば。本人の居場所を探し当てましょう」


 当然至極といわんばかりの銭居。


「どうやって?」


 馬場はスマホも携帯も持っていない。室内に固定電話すら構えてない。今時浮世離れであり、それが故に居場所を特定しにくい。


「失礼ながら……赤野様のオフィスはこのビルの中ですか?」

「ええ」


 唐突に的にされた気分で赤野は答えた。


「大変不躾なのですけれど……よろしければパソコンをお借りしたいです」

「借りてどうするんです?」

「馬場様の居場所を特定します。いえ、犯罪や裏社会とは全く係わりのない探し方ですから。もちろん、その場で作業をご覧になられて結構です」


 たった今知り合ったばかりの人間になんと奇妙な願い事だろう。いかにも正当な要望に思えてその実一方的だ。


 さりながら、滞納常習者をオーナーとして厳しく糾弾する好機でもあった。もっと踏み込むなら、そうした仕打ちに自分の存在意義が見出せそうな感覚すら味わえそうな気がした。


「いいでしょう」

「ありがとうございます」


 赤野は率先して部屋を出た。銭居もすぐあとに続いた。


 馬場の部屋を施錠してまたエレベーターに乗ってオフィスに戻ると、赤野は自分のパソコンを銭居に促した。一度スイッチを切ると画面を呼び出すまでの時間が面倒なので電源は入ったままだ。


「それでは赤野様。馬場さんの入居者ファイルを呼び出します」

「どのフォルダか分かりますか?」

「はい。欲しいのは顔写真だけです」


 銭居はすぐに目当ての写真を画面に呼び出した。小柄だがきびきびした雰囲気の青年で、入居当初はここまで手こずらせるなど予想もしなかった。 

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