ヤブランの咲く墓場

退会したユーザー ?
退会したユーザー

第四十話 検証 四

公開日時: 2020年9月22日(火) 23:10
文字数:1,409

 支払いを済ませてレストランを出て、赤野は銭居の車に戻った。わざわざ話をするまでもなく、次の目的地は美術館となる。


 『候補地』の一つにあった県境の山……渕原が口にした場所……は、余りにも漠然とし過ぎている上に二人で探すには広すぎる。だから、手近で確実に白黒のつく場所から始める。それは理解出来る。


 しかし、赤野にはかすかにひっかかるものがあった。何故、県境の山とやらの可能性を具体的に煮詰めようとしないのか。望みが薄いのは分かりきっているからか。なるほどそれはあるだろう。なら、あらかじめそう宣言しても良いではないか。


 いやいや、自分が疑問に思ったのならまさに打ち明ければ良い。パートナーではないか。


 パートナー……? 自分で浮かべた言葉に自分で首をひねった。ある程度の利害は一致するにしても、そこまで踏み込んだものか……? パートナーといえば、九里は銭居が美術商なのを知っていた。銭居はわざわざ自分のスマホまで使って九里を追跡しようとしている。間接的にせよ、なにか因縁でもあったのか。


 立ち止まる疑問とは裏腹に足は進み、赤野は銭居の車の助手席に納まった。銭居はハンドルを握り、速やかに美術館に向かった。


 嵐はほぼ止みつつあった。荒れるよりはましにせよ、どんよりと曇った空が赤野の心を湿らせている。一つ一つの項目を検証していくのとは真反対に、銭居への疑心暗鬼は足踏みしたままだ。


 そんな困惑をよそに、車は十分少々で美術館に至った。角ばったガラス張りの壁……向こう側は見えないようになっている……が二つの長方形を作って合体している。植え込みの類は敷地と道路を区切るためにだけあり、中庭とは別に駐車場が構えてあった。さらに、建物の周りはくるぶし程度の浅さの水を張った堀とも池ともつかぬ砂利底の水場で囲まれている。魚はおらず、無論立入り禁止である。


 雨で滑り易くなった、正面玄関に続く屋根つきの屋外廊下を歩いて玄関をくぐり、すぐ左に入った場所にあるカウンターで入館料を払ってチケットを受け取った。


「常設展示でシャガールを出していますね。シャガールというのは二十世紀の中盤から後半に活躍したロシア出身の画家です。それとは別に、馬場さんとは無関係な新人の個展で『魔女狩り』がありますね」


 展示物の簡単な説明を受けた銭居は、商売柄とうに把握済みといわんばかりだった。


「はあ」


 魔女狩りなど、ハリウッド製のB級時代劇か安物のファンタジー小説くらいしか思い浮かばない。


「まずは一階を確かめましょう。要領は図書館と同じです」

「分かりました」


 この作業に異論はなかった。そして、めぼしい収穫はなかった。必然的に赤野達は二階へ上がった。


シャガールや無名画家の作品そのものはどうでも良かった。問題は馬場がいるかいないかだ。その意味で、絵は無視して手分けして二階も探索した。やはり馬場の姿はなかった。


 赤野はシャガールの展示された部屋を見回ったので、無名の個展から銭居が出てくるのを廊下の待合用ソファーに座って待った。そこが合流地点だったからだ。


 銭居はいつまでたっても現れない。美術館で電話をかけるのはマナー違反であるから簡単なメールを送った。梨のつぶてだった。迷路やかくれんぼでもあるまいし、五分も十分もかかるはずがない。


 手洗いかなにかかも知れない。もしそうならメールを送ったのはいささか軽率だった。さりとて待ち合わせ場所から外れるなら銭居こそ一言あってしかるべきだろう。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート