ヤブランの咲く墓場

退会したユーザー ?
退会したユーザー

第三十八話 検証 二

公開日時: 2020年9月22日(火) 18:10
文字数:1,648

 それからは、大した会話もなく図書館に到着した。県立レベルだけあって赤野のポンコツビルよりはるかに大きく、塗装も真新しい。最近は文化事業にまで予算が回らないと良く嘆かれるが、少なくとも一目でみすぼらしく思えるような代物でないのは事実だ。


 車を駐車場に停めて、銭居と共に図書館の正面玄関を入ると白を基調とした明るい内装が目に入った。一階はトイレの他は幼児向きの本しか置いてない。一応外から確かめたが誰もいなかった。


 二階に上がり、盗難防止用のバーを手で押し開けて入るとカウンターに書棚、閲覧室がすぐ目に入った。検索用のコンピューターも並んでいる。さすがにこちらは数十人の人々が閲覧室や書棚を往復していた。やはり馬場はいない。


 予定通り、銭居の隣にある検索用コンピューターの前に座って『聖クリューガー』を検索した。結果は二冊。『中世の聖人』と『悪魔の印章』だ。つまり、赤野は『悪魔の印章』を探せば良い。書籍の名前とコードをスマホのメール作成欄に控え、赤野はパソコンを閉じて席を立った。ほぼ同時に銭居もそうした。


 図書館の書棚ごとにつけられているコードと、自分のメモを照らし合わせて行くと簡単に分かった。元々出来るだけ時間をかけずにすむようになっているのだから当然といえば当然だ。まあまあ分厚い本で、文庫本二冊分くらいの頁があった。


 閲覧室へ行き、早速中身を読んだ。もっとも、一から通して熟読する時間もない。元々、聖クリューガーにかかわる検索だったのだから、その名前が出てくる箇所だけ拾えば良かろう。


 目当ての箇所は、丁度真ん中くらいの頁にあった。『聖クリューガーが記録した悪魔のシンボル』と章題がついている。


 要約すれば、十二世紀の悪魔崇拝者が聖クリューガーの手で実態を暴かれ、その証拠の一つとして彼等が秘密の暗号の一部に使っていたマークがあるらしい。


 悪魔崇拝者達は現在のベルリンからかなり南に離れた場所を治めていた、とある貴族の領地にいた。恐るべきことに、当の貴族の身内にもメンバーがいたという。


 その貴族はローテ子爵といった。身内のメンバーとは彼の妻エリザ、次男で司祭のゲルト。長男のロルフは下戸だったために悪魔の贈ったワインが飲めず難を逃れたとあった。ゲルトは、当時としては珍しくもないが堕落した聖職者で簡単に魂を売ったそうだ。


 ただ、エリザが何故メンバーだったのか、当主のローテ子爵自身は無事だったのかどうかまでははっきりしない。


 そして、エリザやゲルトが用いていたマークは、長方形の長い方の一辺をわざと波線にして、その両端から角のようなものを生やしたものだった。現物が描かれたスケッチも写真で記載されている。


 博慈院で子供達が描いていたのと全く同じだ! では、子供達は悪魔崇拝のシンボルを競って絵にしていたのか!? よりにもよって教会が運営する孤児院で!?


 頭がくらくらした。辻褄が合わなさ過ぎる。いやいやいや、この現代でそんなマークがなんの力を持つのか。ただの抽象画かもしれないではないか。直に結びつける方がどうかしているのだ。


 その時、スマホにメールの着信が入った。銭居からだ。『時間です』とだけある。そういえば、銭居の姿は閲覧室になかった。一声かけられるような場所でもなし、他の閲覧者に気を遣ったのだろう。


 席を立ち、本を元の場所に戻してから図書館を出ると、玄関先で銭居が待っていた。


「いかがでしたか?」

「いや、マーク……悪魔のシンボルが、博慈院で見たのと同じでした」

「それは収穫でしたね」

「収穫?」

「いざとなったら、博慈院どころか運営元の教会まで芋蔓式に糾弾出来るじゃありませんか」

「そ、それはそうですが、でも何故……」

「日本にも全くないわけじゃないんですよ。キリスト教を看板に出した悪魔崇拝のカルトが」

「どうしてそんな馬鹿なことをするんです?」

「キリスト教のパロディです。わざと下手な物真似をして馬鹿にするんです」


 無宗教の赤野にはピンときにくい話だった。神学的には重要なのだろうが、現に子供達は屈託なく育っている。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート