ローテは自宅の前にいた。ちゃんと馬に乗った状態でたたずんでいた。
思わず後ろを振り向くと荷車が繋がれており、バッハもしっかり目を開けて見張りをしている。
馬が止まっていることでバッハは到着したものだと判断したらしく、真っ先に車を降りて荷物を持てるだけ持った。
それらは裏庭にある倉庫にしまわねばならない。荷車や馬もバッハが引いてそれぞれ厩戸や物置にしまう。
だからローテはそのまま自分の家に入ればすむ話なのだが、さすがに気持ちを簡単に切り替えることはできなかった。
バッハがきびきびと働くのを見るにつけても納骨堂で見せたあの恐ろしい……と、自分では認めたくなかったのだが……振る舞いがどうしても繋がらない。
あの屋敷や森そのものはなんだったのか。脈絡もなく突然自分の理想とするところの結末がきたとあっては、満足どころか余計に困惑せざるを得なかった。
そうはいってもいつまでも馬に乗ったままでいるわけにもいかない。ひとまず鞍を降り、自宅の玄関を開けた。
全くいつも通りの風景が目に入る。時間帯は夜中のままだからありとあらゆるものが目に入るわけでもない。特別な化け物が暗闇に潜んでいるような気持ちさえ起きかけた。
いずれにしても明日の晩には嫁とやらいう人間と顔を合わせればならない。今日はいくさで一日疲れ果てているし、ちゃんと眠った方がいいだろう。
それでローテは、居間で防具を外すと二階に上がりそのままベッドに転がり込んだ。
翌朝。予想に違えぐっすり寝ることができた。いつも通りの目覚め、いつも通りの朝だ。
一階に降りると防具は綺麗に片付けられており、バッハが朝食をテーブルに置いていた。
「おはようございます、ご主人様。ちょうど目玉焼きが焼けたところです」
「ご苦労」
これまたいつものように挨拶を受け、ローテは食卓に着いた。
バッハは給仕係として脇にたっている。
一通りの朝食がすんで、ローテとしては夜まで特にやることはない。
他の騎士なら退屈しのぎに街の酒場に繰り出したり博打を打ったりするものだが……それほど裕福でなければ自分の所有する土地に畑を構え、それを耕したりもするが……ローテは自分のわずかな資産を商人に預け投資するよう依頼していた。日常の売買はその商人を通じて行われ決裁される。
バッハはそうした取引のための帳簿も少しずつ学んでいるところだった。それやこれやでローテがやることといったら体を鍛えるか馬の調教でもするか、さもなくば食って寝るかだ。
「バッハ、お前夕べ俺と一緒に帰る時に途中で荷車を外したり降りたりしなかったか?」
無駄な質問と意識しつつも聞かずにはいられなかった。
「ご主人様、ずっと荷車に乗っておりました。荷車はちゃんと馬に繋がった状態でございました」
バッハは淀みなく答えた。
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