広場では、顔なじみの騎士達は全員そろっていた。頭数は少々減ったようだが大した打撃ではない。
そこへ、総大将が直属の騎士と司祭を従えて現れた。マクシミリアン・フォン・ローテ子爵、その長男のロルフ・フォン・ローテ、そして次男のゲルト・ローテ。
ゲルトは僧籍なので、建前上貴族を意味するフォンは外れている。三男のテオドールは幼くして亡くなり、四男にして末子が広場にたつハインツ・フォン・ローテである。
子爵の登場と共に、広場のつわもの達は改めて歓呼を上げた。ハインツも、半ば義務のように一同に倣った。頃合いを見てマクシミリアンは軽く手を上げ、一同が静まるのを待った。
「この度の大勝利は、まことに神のご加護と、そなたらの働きによるものである。よって、私の次男にして司祭のゲルトより、そなたらを祝福するものである」
厳かにマクシミリアンが宣言し、ゲルトが自ら抱えてきた聖書を出した。一同は自然にひざまずいた。
ゲルトが読み上げるありがたいお言葉が即ち『恩賞』だった。
ハインツにいわせれば、物心ついた時からメイドや農奴の娘を追い回していたゲルトがラテン語をちゃんと読めるとは到底思えない。
司祭になってから変わったことといえば、尼僧を追いかけるようになったに過ぎない。事実、毎度決まりきった紋切り言葉だった。
「……以上。解散」
マクシミリアンのこの台詞の方が余程福音に思えた。一同は、自分の家に戻るなりテントで一晩過ごすなり勝手にして良い。
もっと本格的ないくさなら、敗残兵を追撃して徹底的に撃滅し、敵の領地を奪って富国強兵に励む。
同じ辺境伯の家来同士でそこまでするのはさすがに不可能だった。だからこそ、マクシミリアンは敵対する領主と互いに一日だけでいくさを終わらせるという約束を交わしていたのである。ハインツも一応は聞かされていた。
自分のテントに戻ると、バッハはずだ袋を外して馬にブラシをかけていた。慣れた手つきながら、もう少し栄養が行き届いていればもっと力強い指先になるはずだった。
「お帰りなさいませ、ご主人様。お食事はテントの中にご用意しております」
「ご苦労」
ぶっきらぼうに返事をして、ハインツは兜と鎖かたびらを脱ぎ、盾も外した。
それらに飛び散った返り血を拭き取り、手入れをするのもバッハの役目だった。剣の手入れだけは自分でするし、肌身離せない。
だから、帯剣したままテントに入った。
バッハのいう通り、食事が……赤いベーコンを乗せた厚切りパンに黄色と紫色の干し果物が少々……武骨な木の皿に乗っている。
ワインを入れた袋も添えてあった。バッハは、やろうと思えばシチューやソテーの類も作れるが、ハインツは特別な場合でない限り簡単なもので済ませていた。
ハインツは、まず剣も鞘も綺麗に拭ってから丹念に刃を研ぎ直し、改めて腰につけ直した。そうするととにかく腹が減った。
剣を帯びたままがつがつ貪り食い、仕上げにワインをがぶがぶ飲むと、そのまま仰向けになって寝入り始めた。剣の手入れに比べて、食事はあっという間に終わった。
夢の中で、ハインツはどこかの墓地をさ迷っていた。
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