ヤブランの咲く墓場

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第三十七話 検証 一

公開日時: 2020年9月21日(月) 23:10
文字数:1,414

 どこでどうやって見張るのか。それが大きな問題だった。まさか博慈院の駐車場にずっと居座る訳にもいかない。


「赤野さんは、そこの角に立っていて下さい。私のスマホに電話を入れっぱなしにして、建物から人が出たらすぐ教えて欲しいです」

「分かりました。……銭居さんは?」

「見張りの段取りをつけます。作業が終わったら、一度電話を切って私からかけ直します。もっとも、その時はコールだけで良いでしょう」


 何やら分かったような、分からぬような言い種だった。とにかく言われた通りにするべく赤野はまず自分のスマホを出した。銭居の電話番号は名刺にあったので問題ない。

 銭居が電話を受けたので、赤野はそのまま車を出た。


 ものの一分ですぐにスマホが振動した。建物の出入りは一切ない。赤野はすぐに銭居の車に戻った。銭居は既に自分の車に入っていた。


「お待たせしました」


 事も無げに銭居は述べて、車のエンジンをかけた。


「どこで九里さんを見張るんです?」


 いかにも素人くさい質問だと自覚しつつ、赤野としては聞かざるを得ない。


「もう見張っています」


 全てのタイヤが駐車場から道路に入り、自動車は再び街中を目指し始めた。


「ええっ!?」

「私はスマホを二つ持っています。もちろん、両方とも使えます。その内の一方をガムテープで車体の下に取りつけておきました。あとは、そのスマホの現在位置を定期的にネットで確認すれば良いです」


 業務用と私用でスマホを使い分けるのは珍しくない。しかし、こんな発想は全くなかった。


「どうやって九里さんの車がそれと判断出来たんです?」

「まず、孤児院にいた職員は四人ですよね。車も四台ありました。その内、座席とハンドルまでの距離が九里さんの体格と一致したのは一台だけです」

「じゃ、じゃあどこかで車を……」

「いえ、時間がもったいないです。これから図書館に行きましょう。万が一、光川さんの意見が正しかったらというのもありますし」

「……」


 もはや絶句。スパイ映画のような感覚になってきた。今更降りる訳にもいかない。滞納者を際限なく放置していたら、それこそオーナーとしての面子にかかわる。なにかの弾みで他の店子まで真似をし始めたらもう最悪だ。


「図書館までは大して時間がかかりません。ただ、場所が場所だけに迂闊な私語は慎んで下さいね。スマホもマナーモードで」

「はい、分かりました」

 

 赤野はスマホの受信モードをその通りに切り替えた。


「それで、あらかじめ方針を決めておきましょう。図書館には最大でも二時間しか滞在しません。そのあとはお昼を挟んで美術館に行きます。それまでの間に九里さんが動いたようならそちらを最優先します」

「はい」

「図書館では、まず目で見て馬場さんがいるかどうかを確かめます。一般の人間は二階までしか出入り出来ないので大した手間にはなりません。馬場さんがいなければ、直近一ヶ月の貸出記録を検索用コンピューターで確認します」

「貸出記録?」


 本人の在不在はともかく、本そのものに手がかりがあるとき思えなかった。


「これは、副次的な調査です。馬場さんの部屋にあった絵にかかわる資料があれば捜索する手助けになるかも知れません。『聖クリューガー』をキーワードにして下さい。どうせ大した量にはなりません。貸出記録の上半分を私が、下半分を赤野さんが本棚で探します。見つけた本は借りる必要まではありません。時間までざっと流し読みしておいて下さい」


 赤野の考えを見透かしたように銭居は補足した。

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