ロルフは相変わらず青い顔をしてマクシミリアンの隣に控え、エリザは父を挟んでロルフの反対側に座り、ゲルトはすました表情をしたままロルフの隣で十字架をもてあそんでいる。
「まずは座るが良い」
父が命じるままにハインツは 父の真向かいに座った。そうするとますます、ツェニーのブルネットの髪が目につき、モスグリーンの瞳がじっとこちらを眺めているのを意識せざるを得なかった。
父や兄弟たちの様子からして、クリューガーがいうところのエリザと目の前の彼女とは無関係なのだろうか。
エリザという名前は掃いて捨てるほど世間にある。にもかかわらず、あの時ハインツを『もてなした』エリザと同一人物としか思えない。エリザが魔法で彼らをだましているのだろうか。
だが、よく考えるとヤブランは今のところどこにもない。
「昨日のいくさといい、それ以外のことといい 、お前が実によく働いているのは誰の目にも明らかだ。よって、父としてお前に相応しい女性をここに紹介しよう。エリザ・フォン・ツェニー。ウィーンにいるツェニー男爵のご令嬢だ」
「よろしくお願い致します」
エリザは丁重に挨拶した。
「よろしくお願い致します」
儀礼的にハインツは返した。
「先方もこちらの申し出を快く受け入れている。婚儀についてはロルフの妻がゲルトと相談しながら段取りを立てるのでお前はただ待っていればよろしい。褒美の一環として婚儀に関わる費用一切は私が出してやろう」
マクシミリアンが口を閉じて、まずハインツが発さねばならないのは本来なら額をテーブルにこすりつけんばかりの感謝感激の表明のはずだ。
まさか昨日の晩起こったことをここでツェニーに正すなどできようはずもない。シラを切られたらそれで終わりだ。ならばどうする。
「父上」
ゆっくりとハインツは言葉を選んだ。
「お心遣い、まことにありがたく存じます。ただ、今日、雹が降ったのをご存知でしょうか」
「無論知っておるが、それがどうした」
不快というほどでもないが意外な質問が自分の四男から寄せられ、さすがのマクシミリアンも少々面食らったように思えた。
「雹は不吉な兆しにございます。とりわけ領民には動揺があるやもしれません。まずはそれを正してから私の婚儀を勧めるというのはいかがでしょう」
断りはしないが、時間を稼ぐぎりぎりの手立てではあった。同時にエリザに……目の前の女性がそれかどうかは別として……あてつける意味もある。
「熱心なのはよいが、婚儀にまで歯止めをかける必要はなかろう」
マクシミリアンにしては穏やかな反論だった。
「いかにも、左様にございます。されば父上、息子としてささやかな願い事がございます。お聞き頂けましょうか」
「申して見よ」
めでたい席にある程度の寛大さを現すのは、父としてむしろ威厳を高める機会であった。
「私は聖水を持参しております。新しい門出を祝うためにも、雹の不吉な兆しを払うためにも、聖水を交えたワインを乾杯しようではありませんか」
ハインツの申し出を受けて露骨に気まずそうな顔をしたのはゲルトだった。
本来なら、司祭の彼こそが持ち出すべき案件だろう。ロルフはアルコールこそ苦手ながら、要するに水で薄めたワインを儀式として一口飲むだけなので意外に落ち着いている。
マクシミリアンは決して温厚ではない反面、儀式と酒宴の区別は明確にする人間でもあった。
「ふむ。よかろう」
マクシミリアンの採決が下され、執事が速やかにワインとグラスをワゴンに乗せて運んできた。
各自のグラスにワインが満たされ、ついでハインツのもたらした聖水がそれぞれ注がれた。いずれも一口含むだけの量に過ぎない。しかし、ツェニーがもし魔女ならば……。
「では、皆の者。我がローテ家の前途に、かつ、若きハインツの前途に、乾杯!」
マクシミリアンの音頭に則り、一同がグラスを掲げてから中身を干した。ハインツも当然同じようにするはずだった。
グラスの中身がワインならぬ血とあっては飲むに飲めない。
「我が血は気に入らぬか、ハインツ」
マクシミリアンが冷厳この上ない口調で尋ねた。
「俺の血も気に入らないみたいだな」
ロルフはいつになく興奮しているようだった。
「俺のも駄目か!?」
ゲルトは面白そうに聞いた。
「あらあら皆様、すっかりできあがってしまわれましたわね」
空になったグラスをくるくると手で回しながら、ツェニーはからかうように三人をまとめて描写した。
「ツェニー! やはりお前は魔女だったな!」
椅子を蹴ってたちながら、ハインツは叫んだ。
「まあまあ、せっかくですから踊りながら語りましょう」
ツェニー……というより魔女エリザは優雅に腰を浮かせて席から離れ、マクシミリアンの肩に手を置いた。
途端にマクシミリアンは骸骨になり、エリザの手で丁寧に椅子から離された。
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