天野月影の中で、最強といえば〝彼〟だった。
子供の頃に見た、忘れられない光景。
絡まれている月影を助けに入った〝彼〟は、十人はいようかという不良集団を、軽やかに、ダイナミックに、切った張ったの大立ち回りで瞬く間に制圧してしまったのだ。
その不良集団を月影は一方的に知っていた。
ずっと、月影の友人をいじめて金を巻き上げている連中だった。正確には集団の中の数人が、月影達の小学校の同級生だ。
友人がいじめられていることは知っていた。放課後にどこかに呼び出されていることも、服で見えない箇所によくアザを作っていることも、母親を騙してどうにか金策していたことも。
一度は、相談だってされたのだ。
「助けてほしい」と。
しかし、同級生だけならいざ知らず、中学生や高校生も入り混じった不良グループがバックにいる。月影一人で、どうにかできるはずもない。せいぜい先生に相談するのが関の山だ。
大人達は面倒事を嫌って腰が重いものだと分かってはいたが、月影にできる精一杯の義務は果たしたはずだ。――――などと、自分に言い訳している内に、友人は自殺未遂の末に転校してしまった。
転校先も、別れの言葉も、何も告げることなく。
自分の弱さに吐き気がした。自分の愚かさを悔やんだ。その上で、後から考えても、それでも月影にはどうすることもできなかったという結論は変わらず、本当に自分が嫌になった。
だから、だろうか。
出会ったばかりの〝彼〟にその話を打ち明けたのは、懺悔のつもりだったのかもしれない。
たとえ、自己満足に過ぎないのだとしても。
引っくり返っても自分にはできないことをやってのけた〝彼〟は、自嘲という名の自傷に浸るにはピッタリだった。
その程度、何の罰にもならないけれど。
「……そうか。後悔、してるんだな」
「うん」
「なら強くなれ」
知らない小学生の突然の懺悔にも関わらず、〝彼〟はしっかり耳を傾けてくれた。
「ひとまず俺と同じくらい強くなれば、誰にも負けねーよ。もう人助けに迷うな。後悔しない道を選べる、強い男になるとここで誓え」
それから、月影は空手を始めた。〝彼〟が空手の高校生王者だと知ったからだ。
〝昇龍杯〟という大会で無敗を誇り、〝暴れ青龍〟の通り名を轟かせながら数々の大会を総ナメにしていった〝彼〟。
月影はそんな〝彼〟を追いかけ、目指し、心の底から憧れた。
『師』と仰ぎ同じ道場に入門した。
時に相談に乗ってもらったり、一緒に稽古したり、組み手をするたび絶望的な差に嫌気が差したりしながら――――二年ほど経ったある日、彼は死んだ。
子供を庇って、トラックに撥ねられたという。
さすがの〝彼〟も、どれほど強くても、トラックには敵わないと分かっていただろうに。
――――『人助けに迷うな』
だから。
数年経って、月影も高校生になったある日。同級生が、数人のヤクザみたいなチンピラに絡まれている現場を見たときも、迷いや躊躇いは全く無かった。
その同級生が、かつて友人をいじめていた不良の一人だと分かった上で。
才能が無く、いくら努力しても全く結果が出ない己の、未熟も無力も承知で。
それでも、月影の足は迷わず動いた。
〝彼〟の生き様こそが、月影の目指す〝最強〟だったから。
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