〇前回のあらすじ
マロンちゃんの案内で街の冒険者ギルドに行くよ!
賑やかな街だった。人々は笑顔に溢れ、楽しげな雑談が往来のそこかしこから聞こえてくる。
くだけた態度で接する店員や口八丁で値切ろうとしているお客という、現代日本じゃもうあまり見られない光景もある。何か嫌なことがあったのだろうと思わせる曇り顔の人ももちろんいれば、口論から別れ話に発展していると思しきカップルも見受けられた。色んな意味で、賑わいが感じられる。
そんな街の中央に位置する大きな建物――――冒険者ギルド・秋時雨支部『夕焼け紅葉』。看板にでかでかと、そう書かれている。
その中もまた、ひときわ活気づいていた。受付カウンターや依頼掲示板、飲食提供の食堂のようなコーナーも並ぶ、フードコートのようなロビー。
その一角で月影達は、テーブルに並べられた栗料理の数々を貪るように口に運んでいた。
「美っっっ味ぁ……。マロンちゃん、ほんとに料理上手だったんだな。いや、今までの僕のゴミみたいな食生活のせいもあるだろうけど」
「いえ、堕落の極みみたいな食生活を送ってきた私をして、極上と言わしめるですよこれは。十四かそこら……日本で言うなら中学生くらいでしょうに、あの歳でよくここまで極めたものです。よっぽど努力したんでしょうね」
栗拾いから自分で行う、そのこだわりからも見て取れる。
尊敬に値する。何かを極めるために、努力を欠かさない人間というのは月影にとって、他人事じゃない。
「――――はい、最後にこちら、デザートの特製栗プリンですっ」
食堂の方から、溢れんばかりのニコニコ笑顔で歩いてきたマロン。
手に持ったお盆から二つ、キラキラと眩い輝きを放つ宝石のような栗プリンを月影達の前に並べる。
「えへへっ。お二人とも、素晴らしい食べっぷりですね! わたしとしても作り甲斐があるってもんです! 月影さんに至っては、まるで一週間くらい断食してたみたいに…………え、月影さん、泣いてます?」
「いや……美味しいなあと思って。マトモな料理ってだけで、随分と久しぶりだよ」
思わず、涙が溢れていた月影。
意味不明な臨死デイズとのギャップで、感動と哀愁の水滴が頬を伝う。
この栗プリンを食べるために今日まで頑張ってきたんだなあと、本気で思う月影だった。
「死の危険が無い食事ってだけでも随分と久しぶりだよ。今までの毒キノコ生活と比べることさえマロンちゃんに失礼だな」
「毒キノコ生活って何ですかっ⁉ 毒キノコ食べて暮らしてたんですか……?」
「三週間くらいはずっと【スクランブル】生活だったから……。見分けつかない毒キノコって案外あるんだよ。最後の方は目利きも良くなってきたから、トータルで勝率5割ってとこだな」
「??? えっと……一つでも食べちゃダメですよ。死んじゃいますよ?」
「ははは。でも食べないと死ぬんだよ……。初日の薄切りカボチャとピーマン以外、銀杏さんガチで食料分けてくれないしさ。【スクランブル】に【ブルーバード】が重なってからはもう最悪だったよ。わずかに調達できた安全な食料さえ奪われちゃうんだから」
「???」
「食事で生き残ったところで食後の【臨死地獄】でどうせ殺されるんだけど。そんで追い討ちかけるように、見せつけるようにローソンのデザートとか僕の目の前で食べるんだよこの人。血まみれの瀕死体眺めながらよく苺のムース食べれますね……女神じゃなくて悪魔でしょもう。それか死神ですか」
「うっせぇです。私のご飯は私の気の赴くままに。何人たりとも口出しさせないのです。ましてや私から食べ物を貰えるなどと、思い上がりも甚だしいですよ。というか、その程度で死ぬか生きるかの生活を送ってるうちはまだまだ未熟です。邪竜も悪魔も死神も軽く蹴散らせなくて世界が救えますか。全然ダメダメです。成長してください」
「はいはい……だいたい予想通りの返答ですよ」
「な、なんだか分かんないですけど、山奥って壮絶なんですね……」
ずっと頭上に疑問符を浮かべていたマロンは、理解を諦めたようにそうまとめた。
「何にせよ、満足してくれてるみたいで何よりです。いつも以上に腕によりをかけて作りましたし、ちょっと無茶して採ってきた甲斐あって、こだわりの栗も良い味出してますっ! ――――あのときお二人が来てくれなかったら、今この料理はありませんでした。あなた達に救われたからこそ振る舞えた自慢の手料理です、ぜひ堪能していってくださいね!」
食堂の仕事が他にもあるようで、マロンは最後にそれだけ言って、とてとてと小走りで奥へと消えていった。
死にかけた直後だというのに、見上げた働き者だ。月影は感心の目でその背中を見送る。
「立派な子だ」
「ええ、同感です。それに……ただ美味しいだけ、でもないのですよ、この料理」
料理を口に運びながら、銀杏は呟いた。
「感じませんか、月影さん。体が、細胞が修復されていく感覚。……いや、月影さんは元々、その道着のおかげで自動回復でしたね」
「……心が癒やされるのは分かりますけど。細胞が修復?」
「ええ。端的に、魔法による〝治癒〟。あの子の料理は比喩でも何でもなく魔法です。料理を媒介とした回復魔法です。美味しい料理を極めようとするその強い魂が、〝異能〟を自力で生み出したということでしょう。あの様子だと、あの子自身は無意識のようですが」
先程、月影達が〝異能〟の魔法使いだと知って、えらく驚いている様子だった。自身もその一人であるとは、夢にも思っていないのだろう。
「へえ……すごい子なんだな」
「任務終わり、満身創痍でボロボロの冒険者がこの料理を食べられる。その恩恵は計り知れませんね」
魔法を生み出す苦労は月影も知っている。痛感している。
もちろん、環境や才能の差もあるのだろうが……魔法とは〝魂の力〟。銀杏達から散々、何度も教え聞かされたことだ。マロンが料理に込め続けた、魂レベルの想いはきっと、尋常じゃないということだろう。
「――――さて。ではぼちぼち、今後についての話をしておきましょうか」
と、切り替えるように口火を切る銀杏。
「山籠り修行を終え、月影さんの異世界冒険譚は新たなステージへ移行しました。言うなれば〝冒険者ギルド篇〟。このステージでのひとまずの短期目標は〝冒険者になること〟、中期目標は〝街の危機を救うこと〟です」
「街の危機を? この街が何かピンチなんですか?」
「いえ、特に。対象はこの街には限りません。凄腕の冒険者として、どこかの〝街の危機〟レベルのトラブルを解決に導いてくださいという意味です。月影さんの活躍が世界に広まれば、大事件があったときに応援として呼ばれるようになるでしょう?」
「つまり、それほどに強くなれって意味ですか」
「それは前提です。一番の意図は、『世界を救う』ための予行演習なのです。ステップ20『街を一つ救いましょう』――――弊社のマニュアルにおける、通過必須のチェックポイント項目ですね」
「……頑張ります」
ステップをあと17個上った先で、月影は街を一つ救わなければならないらしい。
これが多いのか少ないのか……今の月影では、少女を一人救うことで精一杯だ。『街を救う』なんて言葉で言われても、少なくとも月影は、実感も湧かなければイメージもできない。
「まあそれは随分先の話になるでしょう。今はとにかく、冒険者になることです」
と、銀杏は続ける。
「身分、稼ぎ、情報収集、あらゆるメリットを考えて、冒険者がコスパ最良です。冒険者としての立場が上がれば、行使できる権力の幅も広がって動きやすいですし、果ては〝歪み〟の原因究明に繋がるでしょう。……ただ、厄介な問題が一つ」
「問題?」
「調べたところ、どうやらそれなりに面倒な採用試験があるようなのです。『なりたい』と言ってすぐなれるわけではありません。面接から筆記試験、実技試験、実地訓練に研修期間を経てようやく一人前の冒険者、それも最低のFランクからスタートとなるです。あろうことかそのチャンスさえ半年に一度だとか。次の試験は四ヶ月後ですね」
「え……じゃあ四ヶ月は待ちぼうけって感じですか」
「それはできれば避けたいです。何せ身分が無いので、下宿もホテルも借りれません。待つとなれば四ヶ月また山籠りですよ」
「うげ……」
それは本当に避けたいところである。お宝のような栗料理天国から一転、また毒キノコ生活だ。
「でも、避ける、なんてことできるんですか?」
「できなくはないみたいですよ。新卒の就活で入らずとも、スカウトや直談判で入社するみたいなことです。なので、最初にマロンさんとのコネを作れたのは非常に都合が良かったですね。どのくらいの影響力があるかは分かりませんが、マロンさんが私達のことを推薦してくれるです。ギルドマスターに直談判くらいは叶うんじゃないですか? あわよくば工程すっ飛ばしの即採用です」
「そう上手くいきますかね?」
「そう上手くはいかないでしょうね」
淡々と即否定してきた。あくまで理想というのは月影も分かってはいるが……相変わらずドライな女神である。
「だから、もう一押し用意しておくべきですね。誰の目に見ても明らかな、文句のつけようもない〝実績〟。さっきの〝アイアンベア〟の死体を見せてもいいですけど、『まぐれ』とかケチつけられるのも煩わしいですしね。もう一つ二つ、そこの掲示板に貼られてる適当な依頼を見繕って、勝手にこなしてしまいましょう」
「勝手にって……いや多分ですけど、やっちゃダメじゃないですか?」
普通に考えて。報連相も何もあったもんじゃない。
「んー、常時受付の魔獣討伐とか、『請負人が多ければ多いほどいい』みたいな依頼ならいいんじゃないですか? それでも怒られるならもうしょーがないです。最短ルートのためです。これが一番悪目立ちせずにショートカットできる最善策のプランAです」
「……プランBは?」
「そのへんの高ランク冒険者より有能であることを分かりやすく示す。要は、かませ犬フルボッコイベントです。高ランク冒険者を適当に見繕って、喧嘩売ってボコすのが次善策ですね」
「しないですよそんなこと……」
悪目立ちにもほどがある。最善と次善の落差が奈落である。
「いえ、今のは言い方が悪かったです。見知らぬ謎の道着少年と、戦闘のせの字も知らなそうな見た目幼女。こんな二人組が冒険者受験しようとすれば、ダル絡みしてくる荒くれ冒険者の一人や二人出てくるでしょう。売られた喧嘩を買うかどうかって話なのです」
「悪目立ちに変わりは無いでしょう」
「はい。なので私もプランAをおすすめするです。となるとこれからの行動としては――――」
と。
そう言いながら銀杏が、栗で作られたプリンに手を伸ばしたところだった。
ほぼ無表情の中にも滲み出ている、食後の甘味へのワクワク。
そんな銀杏の手はしかし、栗プリンの皿を捉えることができず、空を切ることに。
「は?」
銀杏の背後から、だった。栗プリンの皿を奪い取って得意げに掲げる、チンピラ然とした大男がそこに立っていた。
さらにその背後には、手下のような男が二人、不愉快そうな表情を浮かべながら月影達を見ている。
「……。……。……何です、あなた達は」
「こっちのセリフだお嬢ちゃん。ここはお前らみてーな怪しいガキが来る場所じゃねーよ。見ねー顔だがお前ら、何者だ」
思わず、月影は銀杏と顔を見合わせる。
絵に描いたように絡まれた。まさに今、話していた通りの状況だ。大男は挑発を続ける。
「おい、聞いてんのか? ビビって声も出せねーか? あぁ?」
「これは……銀杏さん。どうすれば?」
「方針は変わりません。悪目立ちは避けるです。適当にあしらうのが吉です」
「あんだと⁉ 舐めやがって……っ」
「何者か、でしたっけ? 別に何者でもない流浪の少年少女です。答えたのでもういいですか? ではさっさと――――」
栗プリンを返してください。
おそらく、そう言おうとした銀杏。しかしその言葉は、最後まで発されることなく。
「(バクンッ)もぐもぐ……あー美味ぇ! お前らにこんなメシはもったいねーっつーの」
「あ……」
見せつけるように栗プリンをぺろりと平らげた大男。
銀杏は相変わらず無表情で、静かに大男を見据えたまま。
「もう一度だけ聞いてやる。何者だお前ら? 痛い目見たくねーなら、さっさと答え――――え……?」
ぽかんと開けた口をそのままに、大男はピタリと動きを止める。
その目に映る、黄髪の幼女。
殺意という概念が目に見えた。
表情も何も変わらない銀杏なのに、大男が唖然とするほどの豹変っぷり。その全身から一気に、ゾワッと、溢れんばかりに湧き出す殺気。
「……。あなた、ギルドランクは?」
「は?」
「ギルドランクは?」
「だから、何を」
「ギルドランクは?」
「……Aだけどよ」
静かながら強く激しい、烈火のように冷たい声音で繰り返される問いかけ。大男は戸惑いの汗を流しながら素直に答えた。
「それはよかった。立場上、私怨の職権乱用は好ましくないのです。あくまで業務の一環として、キャンキャンうるさい野良犬を我々の肥やしにする大義名分ができました。――――月影さん」
「えっ、あ、はいっ」
「プランBです。ぶちコロです」
食べ物の恨みは恐ろしい。女神も人も同じらしい。
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