○前話のあらすじ
邪竜さんとのヤバい修行生活が始まったよ!
邪竜との修行が始まってから、地獄の二週間。
月影の臨死体験は数にして、すでに三桁に到達しようとしていた。
「ぁぁぁぁあああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっっ‼‼ し、しぬ、殺される! ごxbrハッ、vた、助け、ぎゃぁぁああああああ――――……はッ⁉ あ、あれ? ここは……? 僕は……?」
「ここはいつも通りの修行場だ。いつも通り瀕死の主を魔法で治癒して寝かせておった。目が覚めたようだな月影どの。寝言がずっと喧しかったぞ」
「寝てるときくらい休憩してください月影さん。何も、夢でまでボロボロに虐殺されなくても」
月影が目を覚ますと、無数の松明に照らされたいつもの巨大空間で、銀杏と邪竜に見守られていた。
いいや、見守られていたという言葉は正確ではない。月影が目を覚ましたから一瞬目を向けただけで、二人はすぐに各々のプライベートタイムに戻っていた。
邪竜は銀杏に借りたであろうヘッドホンとタブレット端末でアニメを観ている。銀杏はノートパソコンを広げて指をカタカタ動かしているので、プライベートというよりは仕事中かもしれない。
この広い洞窟空間の隅っこにいつの間にか備え付けられていたテーブルと椅子が、さながらカフェのオープンテラス席のような光景を生んでいる。よく見ればスタバのコーヒーまで置いてあった。
加えて、傍らにもう一つ、食べかけのファミマのハムサンド。
あの黄髪女神の恒例の食事だ。毎日見る。どれだけ好きなのだ、ハムサンド。
それにしても、ああいう地球製品はいつも、どうやって手に入れるのだろう。毎回地球に赴いている……ような素振りは無いので、アイテムボックスとやらにストックしてあるのだろうか。
「……。今回の僕は、どうでした?」
「ダメダメです。【臨死地獄】卒業はまだまだ遠いですね。こちら、現状の評価シートになるです」
即答した女神は、ポータブルの小型プリンターからウィンウィンと印刷された一枚の紙を月影に手渡す。
評価シートである。『〝修行〟【臨死地獄】』という表題があり、あらゆる項目がずらりと羅列された一番下、『総合評価・Eマイナス』とあった。
会社の方針なのか銀杏のスタイルなのか、〝修行〟の良し悪しは評価シートで記録されるようだ。一定基準を超えてようやく〝修行〟完遂ということらしい。
魔法を習得するまで延々と、邪竜と戦って半殺しにされるのを繰り返す、シンプルな内容の〝修行〟。
銀杏によって【臨死地獄】と名付けられた。銀杏のネーミングセンスは何なんだろう。
「何度も言うようですが、低評価が続くようなら、〝追加修行〟を追加するですよ。先一週間は【スクランブル】確定なのに、これ以上追加となると身が持たないですよ?」
「うぅ……地味にキツいんだよな【スクランブル】……」
このように、銀杏の裁量で、〝追加修行〟が並行で課せられることもある。
ちなみに〝追加修行〟【スクランブル】というのは、洞窟周辺にランダムに、魔法で毒キノコを群生させるというものだ。
おかげで月影が食べるキノコの五つに四つは毒入りである。当たる頻度がとんでもない。リアルに十中八九が毒なのだ。
実用的な魔法はほとんど使えないくせに、月影の食料調達の邪魔はできるらしい。現状、月影がまともに調達できる食料はキノコくらいしかないというのに。
一応、無駄だろうなと思いつつ月影も反論してみる。
「ええ……そんなにダメでした? 戦闘の方はともかく、けっこうコツを掴んできたと思うんですけどね、魔法」
言いながら、両の手でそれぞれ炎と水を発生させる月影。
エネルギー弾のように形を保たれたそれらは、月影の投擲フォームに伴って飛んでいき、壁にぶつかって爆発した。
月影からすれば、明確な超常現象。紛うことなき〝魔法〟だ。
が、これでもまだ、銀杏の基準では、『魔法を使える』には達していないらしい。
「まあそうですね、〝魔法に慣れる〟という点だけなら及第点です。この世界の多くの人間がそうしているように、大自然のエネルギーを練り放つことはできています。でもそれは自転車で言えば補助輪の段階です。補助輪付きでいくら乗り回しても、自転車操縦は鍛えられません。一般人は『乗れるならそれでいい』が通じますが、月影さんは『ロードレースで優勝する』まで目指さなきゃいけないのですよ?」
「う……そうですか。補助輪ですか」
「だいたい、水や炎を操れたからといって何だというのです。努力する意味ありますか? 水圧ポンプや火炎放射器で事足りるでしょう。自然現象を超越するからこそ魔法は〝奇跡の力〟なのです。本質を間違っちゃいけません。『いかにキレイにノートを取るか』ばかり拘る自称ガリ勉のようにはなっちゃダメですよ」
「ぐぬぬ……っ」
たしかに、そもそも邪竜との戦闘において水も炎も全く役に立っていない。こんな山奥で大自然とともに暮らしている邪竜にしてみれば、自然現象の延長なんて恐るるに足らないだろう。
コーヒーを口に運びながら淡々と繰り広げられる青髪幼女の説教に、月影は今度は何を言い返す気も起こらなかった。反論の余地が無いことが悲しい。
頑張ってはいるつもりだった。この二週間はまさに地獄の二文字。正直もう逃げ出したいと本気で思う。
文字通り、死ぬ気の努力はしているのだ。それでもやはり、「ダメダメ」なのは才能が無いせいなのか。
(……前世でも、空手を始めたばかりの新入りに、追い抜かされるなんてザラだったっけな)
それでも愚直に、稽古を積んできた。
努力は裏切らない。辛くて険しいこの道を辿れば、誰より強くなれるのだと信じて。
でもそれは、自分の限界を受け入れたくないだけの現実逃避だったのかもしれない。
才能が無い人間がどれだけ努力しても無駄だと、気付きたくなかっただけかもしれない。
「そう落ち込むこともない、月影どの。魔法技術に慣れたというのは事実なのだ。主の魂はすでに力の引き出し方を覚えた。あとは感覚一つよ」
「邪竜さん……」
ヘッドホンを外し、励ましの言葉を口にする邪竜。
最初の頃から変わらず〝いい人〟である。邪竜なのに。
「何度も死地を乗り越えた分、基礎体力的なところの上達はむしろ素晴らしいわ。安心されよ、主の中で地盤はしっかり積み上げられておる。まあ悲観的に考えすぎず、ここらで甘い物でも食べて一息つくといい。吾の茶菓子を特別にやろう。こちらの世界の有名ブランドだ。美味いぞ」
「じゃ、邪竜さん……!」
この人のどこか邪竜なのか。
月影が鬼女神の辛口評価を浴びながらこの地獄の修行を乗り越えられたのは、邪竜のおかげといって過言じゃない。今や邪竜はこの日々の中で、月影の心の支えである。
しかしここで邪魔してくるのがやはり鬼教官の鬼女神だ。
「邪竜さん、あまり甘やかしてもらったら困るです。褒めるのはいいですが、食料調達は月影さんの修行の一環です。【スクランブル】の意味が無くなるです」
「ちょっとっ、銀杏さんは黙ってて!」
「かははっ、なるほど正論だな。申し訳ないがお預けだ、月影どの」
「あぁ……っ」
茶菓子が入ったカゴを邪竜がひょいっと下げ、伸ばした月影の手が空振る。貴重な甘味摂取のチャンスが月影の眼前から遠のいていった。
この二週間、野草やキノコを食べてはほぼ毒に当たる食生活。
ごく稀に見つける木の実だけが最高の贅沢だというのに。
「だが、〝自力で調達〟すれば問題あるまい。主達の言葉を借りるなら、『補助輪なしで魔法を乗りこなせるようになる』……それが〝自力〟で成せたとき、褒美として食わせてやろう。それなら許していただけるな、銀杏どの? モチベーションがあった方が修行は身に入る、そこに異論はなさるまい?」
「うーん……まあ、それはたしかにそうですね」
「かははっ、聞いたな月影どの。もうひと頑張りよ。何かもう少し大きな達成をしたときには、銀杏どのから直々の褒美も期待できるな。バーベキューの肉でもいただくといい」
「じゃ、邪竜さん……っ!」
「えぇー……? ちょっと邪竜さん……」
邪竜じゃなく天使の間違いではなかろうか。
嫌そうに顔を歪める銀杏と対照的に、目の輝きと顔の潤いが復活していく月影だった。
「はあ……まったく。仕方ないです、考えときます。でもまずは魔法の基礎を修める、話はそれからです」
「そうだな、ぼちぼち修行を再開しよう月影どの」
席を立ち、月影と向かい合うように仁王立ちする邪竜。
「この世界で言うところの〝異能〟。主が生み出す、主だけの奇跡の形。それができて初めて魔法はスタートラインだ。教本や前例をいくらなぞっても本質的には無意味よ。自力で構築してこそ魔法というものを真に理解できるのだ。今日中に、ともに茶菓子を食べようではないか」
「今日中ですか……できるかな」
「先程の言葉は世辞ではなく、本当にあと一歩なのだ。あとは感覚の問題、大事なのはイメージよ。魂のエネルギーに輪郭を与えるような。四大元素の魔法が使いやすいのは、周囲の自然エネルギーを転用できる上に、イメージしやすいからだ。特に、この二週間自然とともに生活しておる主としてはな」
イメージ。
そう言われても、『イメージをする』イメージからして掴めない月影である。
火や風の魔法はなんとなくで成功した。これが邪竜の言う『イメージしやすい』ということだろうか。
空を飛ぶイメージ。未来予知をするイメージ。……異世界に転移するイメージ。
ただイメージするだけで全ての空想が現実になるというわけではあるまい。そんな都合のいい話は無い。
「何を、どう、イメージしたらいいんでしょうか」
「現象ではなくそこに至る〝力〟を、です。結果を妄想するのは誰にでもできますが、過程のエネルギーを認識するのは難しいものです」
「大自然のように体感できれば早いがな。どうだ、主の中には無いか? 常に接して練り上げてきた、隣人のような身近な〝力〟は」
「そんなもの」
無い。
そう言いかけて月影の口は止まる。
「あ……」
どうだろう。
こんなものは到底、〝魔法〟なんて、〝奇跡の力〟なんて言えない。
でも確かにあった。あるじゃないか。ただ愚直にひたむきに、月影の中で育ててきた〝力〟が。
奇跡でも何でもない、ただの鍛錬の塊。
強いて言うなら、人体の神秘。ほんの数十キロの肉塊が追究する〝強い〟という力。
あの日から、月影が欠かさず積み上げてきた力。
――――『ひとまず俺と同じくらい強くなれば、誰にも負けねーよ。もう人助けに迷うな。後悔しない道を選べる、強い男になるとここで誓え』
「魔法とは、理論上は〝何でもできる〟奇跡の力。魂というエネルギー源にどんな形を与えるかは人それぞれで、本来そこに種類も区分も無い。強さの定義や力の使い方を、決めるのは教本でも常識でもなく己自身だ。……では修行再開と洒落込もう。主の魂の在り方、吾に見せてみよ」
邪竜の右腕だけが元の巨大なドラゴンアームに変化し、炎を纏いながら振りかぶる。
直後、迫ってくる隕石のごとき拳。いつもならかろうじて躱すか、吹き飛ばされて半殺しにされている場面。だが、今、月影はその場を離れない。
月影の体の中から、いや魂の奥から、言葉で表せない何かが湧き上がってくる感覚。
自然と、無意識に、とある〝構え〟をとっていた。
(肩の力を抜く。腰を切りながら、引き手は強く。後ろの足先から拳の先まで、全身が連動するように)
それは、何度も。
何回も、何十回も、何万回も繰り返してきた、基本中の基本。イメージするまでも、ない。
「正拳突き」
――――ズガァァァアアアアアアアアアアアアンッッッ‼‼‼‼
轟音とともに舞った土煙が、晴れる。
そこには、巨大なドラゴンアームを弾き返した、月影の拳。
怪我一つ無く、ブレない拳をゆっくり引き戻す、どっしりとした残心。
物理的に考えればありえない。世界の法則なんてものともしない、奇跡の光景がそこにあった。
そんな月影を見て、銀杏は「ほう……」と少し感心した様子を見せ、邪竜は愉快そうに笑う。
「かははっ、理解したようだな。月影どの。それこそが〝魔法〟だ」
「……、……はい」
魂の髄にまで刻み込まれた、月影の〝力〟。
少なくとも。前世の鍛錬の日々は、積み重ねた努力は、無駄じゃなかったらしい。
月影は一度開いた握り拳を、再びぎゅっと握った。
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