〇前話のあらすじ
空飛ぶ絨毯でどっかの山に着陸したよ!
「魔法は、魂のエネルギーから生まれる奇跡の力です。世界そのものに干渉するエネルギーが、結果として法則や摂理を捻じ曲げます。究極的には『なんでもアリ』。極めれば異世界転移だって、理論上はできます。まあ便利な力です。世界が歪むほど過度な乱用さえしなければね」
どこかへ向かって歩いている道中、銀杏による〝魔法〟のレクチャーが始まった。
無限の緑と岩肌が広がっているだけのこんな山中で、どこへ向かっているのやら。
『最初の修行場です』とだけ教えられ、あとはただ彼女に追従していくのみの月影である。
「四元素説が主流のこの世界では、火・水・風・土の四タイプに切り分けて考えているみたいですね。たまに雷とか闇とか、あるいはもっとハチャメチャな魔法を使う人間なんかが現れたら、〝異能〟として一括りの特別枠扱いだそうです。まあ確かに、大自然のエネルギーは〝魔法〟としてイメージしやすくはありますし、初心者にはとっつきやすいのでしょう。人間にとって一番身近なファンタジー。どの世界でも、創世神話は太陽とか海の神様ばっかりですよ」
「はあ、なるほど」
「四属性のうち適正のある一つを極めるのが、この世界の常識みたいです。〝魂〟という本質については……どうやらこの本では言及されていないようで。魔法研究があまり進んでいない世界なのかもしれないですね」
レクチャーしている銀杏の手元には、何やら本が開かれていた。
さっきまでのノートパソコンとは打って変わって、レトロな雰囲気のある大判の本だった。
「その本は……銀杏さんの会社の資料か何かですか」
「いえ、先程あなたが目覚める前に、街の本屋で買ってきた『はじめての魔法理論』です」
「あ、そうですか……」
「私もこの世界のことはほとんど何も知りませんから。女神だからといって全知全能ではないですよ? 今までオンラインで取引していた場所に初めてがっつり旅行に来た、みたいな感じです」
世界の安定や魂を管理しているからといって、詳しいわけではないらしい。
……裏を返せば、銀杏が日本の文化に詳しいのは、何度も旅行に来ているということか。良い観光名所なのかもしれない。
「そもそもの話なんですけど、その、僕でも魔法って使えるんですか? 魔法なんて無い世界から来た僕ですけど……」
「無いんじゃなく、発展しなかっただけです。どの世界も同じ魂。使えない道理はありません。それにどの道、あなたの肉体はこの世界の物質で再構築してるので、あなたはもう正真正銘この世界の人間ですよ」
「え、そうなんですか」
「できるだけ元のまま再現できるよう努力しましたが、脳の構造とかシナプスはちょっといじってるです。言語中枢や関連部位の回路を組み替えた上で自律性を維持して、あー……あれです。ものすごく雑に説明すると、自動翻訳できるようにしました。一応確認義務があるので説明しましたけど、ご了承いただけますよね?」
頷く月影。言われてみて初めて気にしたが、そりゃ、世界が変われば言葉も違うだろう。地球でも、国境を跨ぐだけで会話ができなくなるのだから。
「加えて二点。まず、プロジェクトに支障をきたす恐れがあるので、右肩の脱臼グセは再現しませんでした」
「おお、それは普通にありがたいですね……」
「最後に、お顔の造形が一部変化してるです。……おそらく読まれてなかったでしょうけど、その件は契約書に記載してありましたので、了承済みのものと認識しています」
「造形が変化?」
近くにあった池の水面で己の顔を確認してみる月影。
(うわ……、なんだこれ)
すると、そこに映ったのは、右目周囲に刻まれたタトゥーさながらの幾何学模様。よく見れば、右の瞳の色も青く変化している。
「我々女神の法律に従った契約紋です。――――さあこちらへ、月影さん。目的地に着くですよ」
月影が水面鏡とにらめっこしている間に、数メートル先行していた銀杏。
小走りで追いかけるが、どうやらその先は行き止まりだ。
遙か天空まで聳える岩壁、断崖絶壁の岩肌が、月影達の進行方向を遮っている。
「いや……」
違う。
近くまで来て初めて見えた。壁に大きな穴が空いている。
何故遠目で分からなかったのかと己に疑問を持つほどの、巨大で壮大な〝入り口〟。奥にとんでもない神殿でも待ち構えているのかと思わせるような、神々しくて仰々しくて芸術的な石造りの玄関だった。
大自然に囲まれたこれ以上無い原始的な山奥で、拭えない違和感、異物感。
まるでここだけ別世界だ。古民家に自動ドアがあるような、相対的なオーバーテクノロジー。
この異世界においても、異質。
あまり、この中には入りたくない。月影の第一感は〝忌避感〟だった。
「止まってないで、行きますよ月影さん」
「あ、ちょ……、ちょっと!」
まあ、そうだろう。ここが目的地というのなら、この中に入るのは確定だ。
躊躇う足をどうにか動かし、ズカズカと中を進んでいく銀杏に月影も続く。
「……この中に、『最初の修行場』が?」
「正確には〝修行相手〟です。この世界で唯一の、私の知り合いでして。他に頼める方もいないので、これからお願いに行くです。まあ引き受けてくれるでしょう」
長いトンネルが続く。途中からは階段になり、どんどん地下へと下っていく。陽の光が届かなくなってからは、銀杏がどこからか取り出した、強力な懐中電灯が洞窟内を照らしていた。
「銀杏さんが直接修行をつけてくれるわけではないんですか」
「理論や戦術を指導することはできますけどね。魂を鍛えるにはやはり魔法を使った〝実戦〟です。今の私はちょっと博識なだけのか弱いロリOLなので、まるで不向きですよ」
「そ、そうなんですか。空は飛べるのに」
「使える系統と使えない系統があるって話です。主に肉体の問題ですね。私の体もあなたと同じく、この世界で一から構築しているものなので、『体で覚える系』の魔法はてんでダメです」
「体で覚える系?」
「水泳や自転車みたいなことです。まあ私の勝手な感覚の話なので、お気になさらず。とにかく〝戦闘〟はその典型例。異空間アイテムボックスとか、魔獣のサーチとか、そういうことならできますよ?」
先程も、どこからともなく懐中電灯を取り出していたりした。
山道で魔獣とやらに一切遭遇しなかったのもあるいは、銀杏の〝サーチ〟のおかげなのかもしれない。
「全く使えないわけではありませんが、基本、私は戦闘魔法を使えないものとお思いください。暗がりを照らす明かり一つさえ、懐中電灯に頼る始末。――――なので、ピンチになったら月影さんだけが頼りです。あなたが死ねば共倒れです。ちゃんと強くなってくださいね?」
「…………脅かさないでくださいよ」
女神というのは存外、無力らしい。
人にチート能力を与えることはできても、自分では使えないのだろうか。
『曲がりなりにも神様がいるのだから、いざとなれば何とでもなる』……心のどこかで月影はそう思っていた。それを自覚し、それを否定され、恐怖と不安を本能が一気に思い出す。
まだまだ続く長い階段。先の見えない深淵の暗闇が、月影の心に纏わりついてくるようで。
やがて。
「……っ」
広い、広い空間に出た。
暗くて見えないが、懐中電灯が意味を為さないくらいには、奥行きも天井も遠いらしいと分かる。光が全く届かずに、ただただ暗闇がそこにある。
だけじゃない。何か、ある。
とてつもない、形容しがたい、今すぐ逃げ出せと魂が叫ぶような何かが、ここにある。
月影がそんな直感を覚えた、直後。
脳内に直接流し込まれるような感覚で、不機嫌そうな〝声〟が聞こえた。
≪≪<{{(((( 人間が、何の用だ ))))}}>≫≫
――――BBBooOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOォォオオッッッ‼‼‼‼
咆哮。
今この空間を表すには、その二文字で十分だった。
咆哮に伴って〝それ〟から吐き出された、空間いっぱい埋め尽くすほどの業炎。壁に取り付けられている無数の松明が灯り、視界が一気に明るくなる。
……明るくなった末にはっきりと目に映る、その全貌。
声も、悲鳴も、月影からは出なかった。思考回路も真っ白だった。
一目見て、ただ呆けた。
二度見して、幻覚じゃないと確信した。
三度見して、ここでようやく、月影の全身の鳥肌が、細胞が、狂ったように暴れ出す。
そこにいたのは、紛れもなく。
「あ、ど、ぅえ……ッ、ド、ラゴン……ッッッッッッ⁉⁉⁉」
「はい」
あくまでやはり淡々と、涼しい顔の女神が平常運転で、何か言った。
「ようやく始動できますね。異世界転生プロデュース、ステップ1です。――――ドラゴンと戦いましょう」
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