〇前話のあらすじ
ギルギガントさんをフルボッコにしてギルマス登場だよ!
「山奥で暮らしていたんだって?」
通された応接間にて。マロンが三人分のお茶を給仕するのも待たずにジルはそう切り出した。
「銀杏に、月影。やはり、どれだけ記憶を探っても聞き覚えがない。他の街でこれほどの実力者が鳴らしていたのなら、儂の耳に届いていないはずもなし。どうやら話は本当のようだな……信じがたい」
「? 何がです? 山で修行というのは、そんなに非常識ですか」
「場所が問題なのだ。聞けば、そこの照山よりも、さらにずっと奥地から来たそうじゃないか。Aランクを超える魔獣がゴロゴロ生息している、邪竜神話の舞台にされるほどのまさに魔境。高名な冒険者ならともかく、未熟なうちから修行に赴くような場所ではない。命がいくつあっても足りんわい。それを長期間だと?」
疑問符を浮かべる月影に、呆れた様子で返すジル。
まさしくその邪竜と戦わされて毎日が臨死でしたよ、という返答が月影の喉まで出かける。
「死ぬ気で強くなろうと思えば、文字通り命懸けの修行をする我々のような人間も世の中にはいるですよ。そんな危険地帯の傍まで、栗拾いに行く命知らずなお孫さんがいるくらいですし」
「ああ、その件に関して感謝もせねばな。ありがとう。孫を救ってくれたようで。……日頃から言い聞かせてはいるのだがな。食材のことになると猪突猛進、悪い癖だ」
ちらりと、ジルが諫めるような視線を向けると、「う……」とマロンはバツの悪そうな顔で目を逸らした。
「だって、照山の栗が一番濃厚なんだもん……。今月のA定食の材料として、一番マッチする味なんです。冒険者のみなさんの英気を養うために、旬の味を楽しんでほしいなって」
「心がけは立派だがの。なら食料調達くらい、冒険者に頼めばよかろう」
「自分で見て採らないと、良質のものが選べないじゃないですかっ」
「その調子でどんどん奥地へ進出していきそうなのが不安極まりないのだ……。まったく、ギルギガントといい、うちのギルドには少々問題児が多い」
「えへへ……」と再びバツの悪そうな顔で引っ込むマロン。
「まあ、ギルギガントも悪い奴ではないのだがな。口が悪いのと喧嘩っ早いのが欠点だが、親分肌で人望もある。実力も間違いないしの。彼奴に勝つだけでも相当な実力者、ましてや歯牙にもかけず秒殺となれば、この国でも指折りの強者だぞ。――――お主達、何者だ?」
声の質が、あるいは纏う雰囲気が、変わった気がして月影は息を呑む。
雑談に紛れて突いてきた本質の問い。
銀杏はすまし顔でお茶をすすっている。
「修行以前はどこで、何をして暮らしておった? 出で立ちは?」
「……何者、と言われましても。お孫さんから伺っているのでは?」
「マロンからは、山奥暮らしの世捨て人としか聞いておらん。あとは、女神のような女の子と別世界のような青年というくらいか」
「伝わってるじゃないですか。それが全てなのです。それ以前の生活を聞かれても、何せ記憶がありませんので」
マロンの解釈がそうだったのか、話を聞いたジルの受け取り方の問題なのか、妙な伝言ゲームが出来上がっていたようだ。間違ってはいないのだが。
銀杏もまた、訂正しようとはせず、絶妙に嘘じゃないラインの返答で濁している。
ジル相手には真実は明かさない方針か。ならば月影としても、
「ふむ。青年、お主もか?」
「ええ、同じくです」
と返すのが正解だろう。
そもそも、常識ある大人に正直に話したところで、月影達のトチ狂った経歴を素直に理解してもらえるとは思えない。
「素性の分からない二人組では、ギルドマスターとして、許容できないですか」
「否、問題は無い。冒険者としての資格に、素性も経歴も関係ないとも。中には王族の身分を隠して活動している冒険者もいるくらいだ。もちろん、法を犯しているようなら国に突き出すがな。経歴問わずといえど治外法権ではないからの。お主達のギルド加入は儂の中ですでに大前提の決定事項だ」
あっさりと。月影達が冒険者になることが決まっていた。
(異世界転生プロデュース、ステップ3『冒険者ギルドで一目置かれる存在になりましょう』……だったっけ。すでにほとんどクリアできてるなぁ)
「お主達が何者か、単純に気になったのだ。気にならんわけがなかろうて。狂人のごとき修行を行う〝異能〟覚醒者のコンビ。ただ強者というだけではない、どこか人間離れしたポテンシャルも感じさせる。……ま、『記憶が無い』なら仕方ない。記憶が戻ったら、そのときに打ち明けてくれればよいわ」
「いいのですか、そんな簡単に流してしまって? 私達が犯罪者じゃないという証拠はないのです。あるいは敵対勢力からのスパイかも。可能性は消えません」
「それはギルドメンバー全員そうだろう。人の心を読めぬ以上、背負うべきリスクよ。何、問題があるようなら、儂自ら叩き潰せばよいだけだ」
ほっほっほ、と銀杏の問題提起をジルは笑い飛ばす。
「これでも長い人生経験、人を見る目は培ってきたつもりだ。善悪の区別くらいはつくわい。青年、お主は生粋の善人。お嬢さんの方は、清濁併せ呑む冷徹さこそあるものの、善人ベースといったところか」
「…………」
「というか、その程度のことでお主達のような人材を逃がしてたまるか。今『心変わりした』と言われても、ぶん殴ってでもうちに入ってもらう所存だ」
「いや、ダメでしょお祖父ちゃん……それはお祖父ちゃんの方が問題ですよ……」
お盆を抱えて部屋の隅で立っているマロンがズバッと提言する。それを区切りに話を打ち切った様子のジル。
「さて」と居住まいを正した様子で改めて切り出す。
「謝罪と謝礼を兼ねて――――お主達の望みを聞こう。何がよい?」
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