異世界を救えハムサンド

無双の秋 女神の事情も色々大変
流星ぽんぽこ
流星ぽんぽこ

有り体に言うと、『てめーは俺を怒らせた』です

公開日時: 2024年3月19日(火) 21:33
文字数:3,866

「……野良犬? ぶちころ? おいおい、どこまでも……舐められたもんだぜ」



 豹変した銀杏にも慣れ、徐々に自分のペースを取り戻してきた大男。こめかみに血管が浮かんでいるのが分かる。



「Aランクだって確認までして……その上で、戦る気かてめーら?」


「緊急〝修行クエスト〟発令です。題して【かませ犬フルボッコ無双】です」


「は、はい……!」


「……っ、こっちもいい加減、我慢の限界だ……! 度胸だけは褒めてやるが……死んで後悔すんなよクソガキ!」


「来ますよ月影さん。徒手格闘で、制圧だけしてください。意識は残すように」



 いくら荒くれの大男と言えど、いくらなんでも幼女に殴りかかることはしなかった。怒りの矛先と拳先が月影に向けられ、凄まじい圧と勢いで迫り来る。


 横から挟まれる指示に返事をしている暇は無い。反射で動く月影の体。

 邪竜との戦闘真っ最中なんかもよく銀杏からの指示が飛んできていた。慣れたものだ。戦闘指南のみならず、『1分間反撃するな』『邪竜から1m以上離れず戦え』『次の一撃はガードで耐えろ』などといった制限を設けられることもしばしば。



(その制限からちょっとでも外れたら減点されるんだもんなあ……――――っと、速い!)



 大男が振り回すように豪快に殴りかかってきた右拳。やや大振りだがスピードがとんでもない。伴い、威力もまた然りだ。受け手で回避した、と思ったその瞬間にはもう月影の視界の隅に迫っている二撃目。ほとんど本能で避ける。大男の表情が驚愕で歪む。


 しかし、間髪入れずさらに飛んでくる三撃目、四撃目。


 強い。月影がいかに完璧に受けようと躱そうと、大男はいちいち動揺せず、流れるように臨機応変に次の一手を撃つ。高度な戦闘がよほど体に染み付いていなければ、こうはならない。


 が、はっきり言って、月影の敵ではない。


 対人の徒手格闘なら、前世からの心得。月影の土俵だ。

 リズムは掴んだ。続く五撃目にカウンターを合わせ、返し技をボディにお見舞いする。



「うgbァ……ッ⁉」



 勢いはそのまま殺さない。続けざまに、数発ほど急所にお見舞いし、



「が……っ、……ッ⁉⁉」



 怯んで隙まみれのところに、最後に金的。

 大男は崩れ落ち、あっけないフィニッシュとなった。制圧完了だ。


 悲鳴もろくに上げれず悶絶する大男。見ているだけで、痛い。身の毛もよだつ。心の底から同情する月影だった。攻撃した身で何を言ってるんだという話ではあるが。


 周囲がざわつき始めた。ギルド内の視線という視線を集めている。



『ヒュゥ。やるなああいつ。あのギルギガントを、ものの数秒で』


『何者だ? 見ない顔だが……他のギルドの上位ランカーか? 余裕勝ちじゃないか』



 この大男の名はギルギガントというらしい。どうやらギルド内でも一目置かれている存在ではあるようだが。



(まあ……邪竜さんとの戦闘に比べたらなあ。……って、やばい、やりすぎた!)



「だ、大丈夫ですか! 強かったから、あまり手加減できずに、勢いのまま蹴っちゃったけど……意識はありますか?」


「……っ、この……、どこまでも、バカにしやがって……!」



 思わず駆け寄る月影。倒れ込むギルギガントから漏れ出る声と、血走った目が向けられ、月影はほっと一息つく。



「あ……兄貴! くそ……何者だお前!」


「近寄るんじゃねぇクソガキ! 『大丈夫ですか』だと? なめてんのかてめぇ!」



 ギルギガントがやられて呆気に取られていた子分二人。ここでようやく我に返ったようだ。



「仕方ないでしょ! 『意識は残せ』って言われたんだから! 気絶しちゃってたら減点されちゃうんですよ……」


「は、はあ? 減点?」


「ふむ。意識を残しつつ、体術のみで、効率的に素早く制圧。オーバーキル気味で危うく気絶のところではありましたが、まあ十分及第点でしょう。個人的にはオーバーキルの方がスカッとしましたし。私のストレス発散に寄与したことと差し引いて、減点はナシでいいのです」


「思いっきり私情ですね……でも助かった。……あれ? でもそういえば、低評価の罰則ってどうなるんです? 山中じゃあるまいし、【スクランブル】も【ブルーバード】も無いでしょ」


「もちろん環境に応じて内容は変えるです。というか勘違いしないでほしいですけど、食料調達のミッションは依然継続ですよ? お店で買えないなら当然、自給自足です」


「う……そうだった、無一文でした僕」


「あと、〝追加修行サブクエスト〟は修行です。『罰則』じゃないのです。たるんでるですね、減点1」


「待って! いやほら! それは言葉の綾というか……!」


「おい……っ、さっきから何の話だよ! こっちを無視すんな!」



 置いてけぼりの子分二人が困惑の表情で突っ立っている。銀杏はそちらをちらりと一瞥したのみで、まともに相手にしようとしない。



「うっせぇですよキャンキャンと。何の話って、大事な仕事の話ですよ。ザコに用は無いです。噛みつくだけが能の野良犬は邪魔なので引っ込んでろです」


「この、クソガキがっ! もう我慢ならねぇ!」


「ガキだからって見逃してもらえると思うなよ!」


「あっ、銀杏さんっ!」



 堪忍袋の緒が切れた様子で、子分二人が銀杏に殴りかかっていく。ギルギガントのもとで座り込んでいた月影は反応が遅れた。

 ――――だめだ、間に合わないっ!

 と、月影が焦ったのも束の間。


 ズガァァアアンッッッ‼‼ と、次の瞬間には盛大な物音がギルド内を揺らしていた。


 銀杏が攻撃された音、ではない。



「え」



 床に転がっていたのは、子分二人の方だった。

 月影がその目で見た光景だが……とても信じがたい。

 月影からしても大柄な男を二人、黄髪の幼女が投げ飛ばしたのだ。



「愚か極まりないですね。幼女だからと侮られたものです。私が月影さんより弱いなどと誰が言いましたか? 一番の実力者リーダーが月影さんに手も足も出ないのに、子分あなたたちごときが私に勝とうなどと、とんだ思い上がりです」



 その言葉は、決してはったりなどではなく。



(合気道、に近いかな。紙一重で攻撃を受け流すタイミング、瞬時に重心を捉えて、流れるように型に持っていく技術……)



「……強いじゃないですか、銀杏さん」


「私もこの一ヶ月、ただハムサンドを食べていただけじゃないのです。まあでも、魔獣が相手では効きませんよ。人の形をした野良犬がせいぜいです。まともに魔法が使えない以上、体術でいくら強くても、この世界では無力同然です」



 涼しい顔でそう言う銀杏。

 全くの未経験から、たかが一ヶ月の努力で辿り着ける領域ではない。

 この世界で新たに体を構成し直したから魔法はほとんど使えなくなっている、と、かつて銀杏は語っていた。そのあたりの理屈は分からないが、〝体で覚えた感覚がリセットされる〟ということなら、月影もこの世界に来て最初に体感しているものだ。思考を経由しない肉体の直結駆動、直感を超えた第六感、嗅覚や予感といった前世の感覚を、修行を経て脊髄に再び染み込ませていった。


 さながら、元アスリートのブランクだ。かつての感覚を思い出していく作業。

 銀杏のその技術は、月影より、遥かに高いそれだった。魔法を使えないと言う以上、魔法で強くなっているわけではないのだろう。……かつて、どんな生活を送っていたのだろうか。

 体術を、戦いを極めている女神の〝過去かつて〟が気になって仕方ない月影だった。



「ともかく、よくやったです。月影さん。予定通りプランBを進めるです。次は、」


「ハァ……ハァ、てめぇら、よくも……っ」



 ギルギガントが金的のダメージを回復し、恨み言を吐きながら立ち上がってくる。いや、回復できてはいないが。顔は未だ青ざめたまま、フラフラと不安定に立っていた。



「勘違いしてんじゃねーぞ、これで……っ」


「『これで勝った気になるなよ』ですね? そう言ってくれて助かるです。ええ、そうですとも。我々はただ格闘技術で上回ったに過ぎません。魔法を用いた全力本気の戦闘なら、あなた達の実力はこんなものじゃないですよね? 何が起こるか分からない冒険者の世界、本当に命懸けの何でもアリの戦いこそが本領。分かりましたとも、続きをやりましょう。今度こそそちらの土俵で」


「え、あ、ああ……」



 トントン拍子に勝手に話を進めていく銀杏に、戸惑いながら頷くギルギガント。だから、『意識を残せ』と銀杏は言ったのか、と月影は一つ納得する。

 完膚なきまでに叩きのめすべく、ギルギガント自身の合意を得て、〝続き〟をやるために。

 騒ぎを聞きつけたのか、野次馬をかき分け、心配そうな表情でマロンが顔を出してきた。



「お、お二人とも、大丈夫ですか……っ⁉ あのギルギガントさんと喧嘩になったって……え?」


「ああ、ちょうどよかったですマロンさん。上の方に取り次いでほしいです。おたくの冒険者との模擬戦闘、およびギルド裏にある訓練場の使用許可を」



 おそらく月影達の方を心配して訪れたマロン。蓋を開けてみればまるで真逆の光景。目を丸くしている彼女へ銀杏はそれだけ告げ、再びギルギガントに目を向ける。


 ……怖くて、さっきから月影はあまり見ないようにしていたが。銀杏の目はもう、怨念の色にでも染まったように、ずっと真っ黒だった。



「あなたの間違いは、私達に喧嘩を売ったことじゃないです。私達の実力を見くびったことでも、あなた達自身の弱さでもありません。ただ唯一――――たった一つの敗因。それは、私の食事に手を出したことなのです。私のご飯は私のもの、手を出す輩は何人たりとも許しません。有り体に言うと、『てめーは俺を怒らせた』です」



 変わらず無表情のまま、目にだけ宿る暗い殺意。

 この人の一体どこが女神なのだろうと月影は思った。



「言葉はもういりません。裏に来なさい」

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