異世界を救えハムサンド

無双の秋 女神の事情も色々大変
流星ぽんぽこ
流星ぽんぽこ

月影流

公開日時: 2023年12月27日(水) 21:10
更新日時: 2024年3月19日(火) 02:03
文字数:2,440

○前話のあらすじ

絶体絶命の村娘がいるので空路全速力ホウキ旅!

 迷う余地は無かった。が……かといって、実際に勝てるかどうかと問われるとまた別の話だ。

 そりゃ邪竜よりは小さい。

 邪竜よりは圧倒的に弱い。はずだが、それでも。

 

 

「い……銀杏さんっっ! やっぱり僕には、こんなバケモノまだ無茶ですよ……っ‼ だいたい何だよこの動物、ゴリラなのかアルマジロなのかグリズリーなのか、はっきりしろっっ‼

 

「はぁ……相変わらずダメダメですね、月影さんは。弱音を吐いたら減点です。このままだと見るも無惨な評価シートの出来上がりですよ、死ぬ気で頑張ってください」

 

「そうは言っても……っ」

 

「データの上では、十分倒せる相手です。それに、今ここにいるのは我々三人だけ。無茶だろうと何だろうと、あなたが勝てなければ、全員殺されて終わりですよ?」

 

 

 それでも、全身の細胞が恐怖を告げる。いざ対峙すると弱音ばかりが漏れる。

 

 邪竜相手のときはまだ、いくら半殺しにされようとも、根底が〝良い人〟だという安心感があった。殺意と敵意だけが籠められた魔獣の眼。邪竜と違って本気で敵を屠ろうとする容赦ない一撃。安心などここには一ミリも無い。

 

 

「周囲に他の魔獣はいません。私達のことは気にせず、目の前の敵に専念してください。あなたが討伐できればそれで全て解決です。もう一度言いますが、勝ち目は十分あるです」

 

「いや……本当ですか? 僕あんな、口から炎吐いたり、パンチ一撃で大岩粉々にしたりできないんですけど……本当にそのデータ合ってますか⁉」

 

「見せかけの力に惑わされる。雑念で注意散漫。減点ですね。あなたの脳みそはお飾りですか? 前世で何を学んだんですか? 体格と力が全てなら、武術はあれほど流行していないでしょう」

 

「それは……っ、ぐhァあ……ッッ‼‼」

 

 

 振りかぶった大きな一撃を喰らい、月影は数メートル吹っ飛んだ。

 大岩をも粉々に砕く一撃。魔法で全身が強化されている上に、両腕でガードこそしたものの、それでもなお伝わってくる衝撃と恐怖。

 

 

 ――――『月影さんの、今後の一番の課題はそこかもですね。臆病なのはいいとして、萎縮・硬直・思考停止が致命的です。これから直していきましょう』

 

 

(……直してきた、つもりだったんだけどな)

 

 

 体がすくむ。足が震える。視野が狭くなり、思考もぼやける。

 本当に本物の実戦になると、こうも違うのか。

 

 魔獣の一撃に吹き飛ばされた月影は、修行の最初に銀杏に言われた言葉を思い出していた。

 この一ヶ月、自分は何をしていたんだろう。いくら魔法が使えても、弱いままじゃないか。

 

 そんな自虐思考が脳を支配している、折だった。

 

 

「えっ、ぅあ……っっ、きゃぁぁあああああああっっっっ‼‼」

 

「……っ!」

 

 

 月影を吹き飛ばした魔獣が、再び少女の方に襲いかかろうとしている。ダメージの抜けない全身が脊髄反射で駆動し、月影は気付けば立ち上がっていた。

 

 反省も自虐も後でいい。

 今、人助けに迷うな。後悔しない道を選べる強い男になれ。

 

 ここで踏み出せずに、何が強い男だろう。師から受け継いだ言葉と信念を、裏切るわけにはいかない。

 

 

(集中力が切れて、魔法が解けてる……もう一回……っ)

 

 

 魂の、エネルギーの輪郭をイメージする。

 

 ――――『魔法の能力名を考えておけ』と銀杏に言われてから、考えているものは実は、一つあった。

 

 自分なんかにはおこがましいという思いから、別のものを模索し続けてきたが、やはり他にしっくり来るものは無かった。覚悟を決めるしかない。名前負けしないように、自分がその名前に値する人間になれるように。

 

 月影は、魔法のトリガーとして、その〝名前〟を呟く。

 

 武術という伝統の意義。死してなお遺される理念。

 月影が師匠から受け継いできたもの。

 そして……同じように月影も、誰かを救って、導いて。後世まで遺るような生き様でありたいという思いを籠めて。

 

 

「〝月影流〟」

 

 

 全身から湧き上がるエネルギー。蹴った地が抉れるほどの脚力で一気に魔獣へと突進する。

 

 

(『急所を見極めて的確に突け』……修行中によく銀杏さんに言われたな)

 

 

 そのために、一歩。

 リスクの中に踏み込んで初めて、勝機は生まれるのだ。

 

 すでに殺したと思っているのか、魔獣は月影など眼中に無いようで、気付かれる前に懐に入り込めた。自身の巨体が邪魔で死角が多いのもあるだろうか。

 

 そして、大岩さえ砕く魔獣の硬い外皮の中、一部の柔らかい箇所を見極めて。

 一点、拳を撃ち抜いた。

 

 

「――――〝燃焼・砲拳〟!」

 

 

 ズガァァァアアアアアアアアアアンッッッ‼‼

 

 

 凄まじい轟音。脇腹に拳がめり込んだ魔獣は、目から生気が失われ、ズシンと地面に沈んでいった。

 

 プスプス、と魔獣の内側から発生する細い煙と焦げるような匂い。月影が放ったのはただの拳じゃない。銀杏に譲渡されたエンチャント魔法で、炎魔法を拳に乗せていた。

 炎のエネルギーを纏った拳は、邪竜がよく使っていた攻撃方法、その見様見真似だ。

 

 まるで集大成。

 銀杏に貰った魔法も、邪竜との修行の記憶も、この一ヶ月の経験全てが、今、ここに表れるように。

 

 思えばこれが。月影がこの世界に来てからの、初勝利だった。

 

 

「ハァ……ハァ、ふぅ……やった、のか」

 

 

 傷はそれほど大したことはない。が、気分は満身創痍。

 全身の脱力が一気に襲いかかり、今にも膝から崩れ落ちそうな月影。

 

 対照的に平然とした女神は、『こんなの当然だ』と言わんばかりに頷いた。

 

 

「まあ、総合的には及第点、Bマイナスってところですかね。全然ダメダメでしたけど。お疲れ様です月影さん」

 

「ははは……ダメダメですか。今これ、間違いなく人生で一番の大金星なんだけどなぁ……」

 

「こんなレベルの魔獣ならこの世界にはうじゃうじゃいるです。この程度で満足しないでくださいね。あなたの〝目標〟はもっと遥か遠く、雲の上にあるんですから」

 

 

 この調子じゃ、世界を救うのはいつになることやら。

 ちらりと銀杏の隣に目をやる月影。そこにいる少女は無事に、困惑と混乱の表情を浮かべている。

 

 

「……大丈夫? 怪我はない?」

 

「あ、は……はいっ」

 

 

 とりあえず、少女を一人助けられる男にはなれたようだった。

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