○前話のあらすじ
絶体絶命の村娘がいるので空路全速力ホウキ旅!
迷う余地は無かった。が……かといって、実際に勝てるかどうかと問われるとまた別の話だ。
そりゃ邪竜よりは小さい。
邪竜よりは圧倒的に弱い。はずだが、それでも。
「い……銀杏さんっっ! やっぱり僕には、こんなバケモノまだ無茶ですよ……っ‼ だいたい何だよこの動物、ゴリラなのかアルマジロなのかグリズリーなのか、はっきりしろっっ‼」
「はぁ……相変わらずダメダメですね、月影さんは。弱音を吐いたら減点です。このままだと見るも無惨な評価シートの出来上がりですよ、死ぬ気で頑張ってください」
「そうは言っても……っ」
「データの上では、十分倒せる相手です。それに、今ここにいるのは我々三人だけ。無茶だろうと何だろうと、あなたが勝てなければ、全員殺されて終わりですよ?」
それでも、全身の細胞が恐怖を告げる。いざ対峙すると弱音ばかりが漏れる。
邪竜相手のときはまだ、いくら半殺しにされようとも、根底が〝良い人〟だという安心感があった。殺意と敵意だけが籠められた魔獣の眼。邪竜と違って本気で敵を屠ろうとする容赦ない一撃。安心などここには一ミリも無い。
「周囲に他の魔獣はいません。私達のことは気にせず、目の前の敵に専念してください。あなたが討伐できればそれで全て解決です。もう一度言いますが、勝ち目は十分あるです」
「いや……本当ですか? 僕あんな、口から炎吐いたり、パンチ一撃で大岩粉々にしたりできないんですけど……本当にそのデータ合ってますか⁉」
「見せかけの力に惑わされる。雑念で注意散漫。減点ですね。あなたの脳みそはお飾りですか? 前世で何を学んだんですか? 体格と力が全てなら、武術はあれほど流行していないでしょう」
「それは……っ、ぐhァあ……ッッ‼‼」
振りかぶった大きな一撃を喰らい、月影は数メートル吹っ飛んだ。
大岩をも粉々に砕く一撃。魔法で全身が強化されている上に、両腕でガードこそしたものの、それでもなお伝わってくる衝撃と恐怖。
――――『月影さんの、今後の一番の課題はそこかもですね。臆病なのはいいとして、萎縮・硬直・思考停止が致命的です。これから直していきましょう』
(……直してきた、つもりだったんだけどな)
体がすくむ。足が震える。視野が狭くなり、思考もぼやける。
本当に本物の実戦になると、こうも違うのか。
魔獣の一撃に吹き飛ばされた月影は、修行の最初に銀杏に言われた言葉を思い出していた。
この一ヶ月、自分は何をしていたんだろう。いくら魔法が使えても、弱いままじゃないか。
そんな自虐思考が脳を支配している、折だった。
「えっ、ぅあ……っっ、きゃぁぁあああああああっっっっ‼‼」
「……っ!」
月影を吹き飛ばした魔獣が、再び少女の方に襲いかかろうとしている。ダメージの抜けない全身が脊髄反射で駆動し、月影は気付けば立ち上がっていた。
反省も自虐も後でいい。
今、人助けに迷うな。後悔しない道を選べる強い男になれ。
ここで踏み出せずに、何が強い男だろう。師から受け継いだ言葉と信念を、裏切るわけにはいかない。
(集中力が切れて、魔法が解けてる……もう一回……っ)
魂の、エネルギーの輪郭をイメージする。
――――『魔法の能力名を考えておけ』と銀杏に言われてから、考えているものは実は、一つあった。
自分なんかにはおこがましいという思いから、別のものを模索し続けてきたが、やはり他にしっくり来るものは無かった。覚悟を決めるしかない。名前負けしないように、自分がその名前に値する人間になれるように。
月影は、魔法のトリガーとして、その〝名前〟を呟く。
武術という伝統の意義。死してなお遺される理念。
月影が師匠から受け継いできたもの。
そして……同じように月影も、誰かを救って、導いて。後世まで遺るような生き様でありたいという思いを籠めて。
「〝月影流〟」
全身から湧き上がるエネルギー。蹴った地が抉れるほどの脚力で一気に魔獣へと突進する。
(『急所を見極めて的確に突け』……修行中によく銀杏さんに言われたな)
そのために、一歩。
リスクの中に踏み込んで初めて、勝機は生まれるのだ。
すでに殺したと思っているのか、魔獣は月影など眼中に無いようで、気付かれる前に懐に入り込めた。自身の巨体が邪魔で死角が多いのもあるだろうか。
そして、大岩さえ砕く魔獣の硬い外皮の中、一部の柔らかい箇所を見極めて。
一点、拳を撃ち抜いた。
「――――〝燃焼・砲拳〟!」
ズガァァァアアアアアアアアアアンッッッ‼‼
凄まじい轟音。脇腹に拳がめり込んだ魔獣は、目から生気が失われ、ズシンと地面に沈んでいった。
プスプス、と魔獣の内側から発生する細い煙と焦げるような匂い。月影が放ったのはただの拳じゃない。銀杏に譲渡されたエンチャント魔法で、炎魔法を拳に乗せていた。
炎のエネルギーを纏った拳は、邪竜がよく使っていた攻撃方法、その見様見真似だ。
まるで集大成。
銀杏に貰った魔法も、邪竜との修行の記憶も、この一ヶ月の経験全てが、今、ここに表れるように。
思えばこれが。月影がこの世界に来てからの、初勝利だった。
「ハァ……ハァ、ふぅ……やった、のか」
傷はそれほど大したことはない。が、気分は満身創痍。
全身の脱力が一気に襲いかかり、今にも膝から崩れ落ちそうな月影。
対照的に平然とした女神は、『こんなの当然だ』と言わんばかりに頷いた。
「まあ、総合的には及第点、Bマイナスってところですかね。全然ダメダメでしたけど。お疲れ様です月影さん」
「ははは……ダメダメですか。今これ、間違いなく人生で一番の大金星なんだけどなぁ……」
「こんなレベルの魔獣ならこの世界にはうじゃうじゃいるです。この程度で満足しないでくださいね。あなたの〝目標〟はもっと遥か遠く、雲の上にあるんですから」
この調子じゃ、世界を救うのはいつになることやら。
ちらりと銀杏の隣に目をやる月影。そこにいる少女は無事に、困惑と混乱の表情を浮かべている。
「……大丈夫? 怪我はない?」
「あ、は……はいっ」
とりあえず、少女を一人助けられる男にはなれたようだった。
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