〇前話のあらすじ
ゴリラなのかアルマジロなのかグリズリーなのかはっきりしないバカ強モンスターを倒して少女を助けたよ!
「助けてくれて、ほんとにほんとに、ありがとうございますっ。私、マロンっていいます!」
マロンという名の栗毛の少女。
歳は十四。
山に栗拾いに来ている最中、この辺りにはまず出現しないはずの魔獣〝アイアンベア〟と遭遇して、絶体絶命だったところを月影達に助けられたのだという。
くりんとしたその瞳にはまだ薄っすら涙が浮かんでいた。
「この照山に栗拾いに来るのはいつものことなんですけど……調子に乗って、いつもより少し山奥に来ちゃって」
正式なのか俗称なのか、この山の名前は『照山』というらしい。先程の空路ではゆったり眺める余裕などなかったが、山を覆う木々には赤や黄色の葉が生い茂っており、日本人の月影にとっては秋の風物詩たる絶景。それが『照山』とは、なんとも風流な偶然である。あるいは、銀杏が月影の脳に施した自動翻訳の妙だろうか。
「でもまさかこんな魔獣が出るなんて……。ほんとに、お二人がいなかったらと思うと……。お二人は、なんでこんな場所に? 冒険者ギルドの依頼か何かですか」
「いえ。さっきも言ったですが、私は女神で彼は異世界人です。我々はこの世界の人間じゃありません」
「はあ……? この世界の……?」
「いや銀杏さん……ダイレクトに説明しすぎでしょ。この子もぽかんとしちゃってるじゃないですか」
「回りくどいよりはマシです。まだしも誠実です。この第一村人とは信頼関係を築かなければならないので、変な嘘や誤解は避けたいのです」
「嘘や誤解は無くても、変な印象が生まれちゃいませんか……?」
ただただ疑問符を浮かべて突っ立っているマロン。フォローするように銀杏は補足する。
「まあ、理解しろという方が無茶な話ではあるです。詳細を説明してもどうせ信じられません。あれです、ずっと山奥で暮らしていた世捨て人とでも思ってください。今から街に下りようとしていた矢先なのです」
「何だか分からないですけど……とにかく、ほんとに、すごい人達なんですね。山奥なんて、魔獣の巣窟じゃないですか。『邪竜が封印されてる』なんていう伝説もあるくらいだし……」
「そうなの? でも僕達、洞窟の外に出ても魔獣なんか全然見なかったけど……銀杏さんが何か、魔法で追っ払ってたりしてたんですか?」
「別に何も。そもそも今の私はそんな魔法は使えません。あの近辺はどうも、魔獣が邪竜さんを怖がって近付かないみたいですね」
「というか邪竜さん、あそこに封印されてたんですか?」
「今はもう自由の身ですけどね。太古の昔、ヤンチャしてた頃の苦い思い出だそうです。封印魔法の効力はとっくに風化してますが、あの住処が普通に気に入って定住していると聞きました」
「ヤンチャ……意外ですね。あんなに良い人なのに」
「??? 『邪竜さん』……? あの、多分、お兄さん達何か勘違いしてますよ。わたしが言ったのは、ほんとにほんとのドラゴンです。そもそも伝説上の存在ですし……その『邪竜さん』は多分同じ名前の別人です」
まさか目の前にいる男女が邪竜と知り合いであるなど夢にも思わないマロンが訂正してくる。その口ぶりではおそらく、邪竜が人の姿になって人の言葉を喋ることはおろか、実在することすら知らないだろう。
月影達の勘違いということで納得したようで、「ところで」とマロンは話を変え、魔獣の死体へと歩み寄っていく。
「この魔獣……まさかとは思いましたけど、ただの〝アイアンベア〟じゃありませんよ。〝凶暴化〟してます」
「凶暴化?」
「たまに、いるんです。原因は不明ですが、強さや凶暴性が著しく増す魔獣が。強いだけじゃなくて、わたしたち人間の〝魔法〟みたいに、特殊能力を使うこともあって……このアイアンベアも、口から炎を吐いてましたよね。討伐しようと思えば、危険度も桁違いです」
「……〝世界の歪み〟の弊害かと。魔獣が〝歪み〟に当てられた悪影響。魂のエネルギーの暴走です。いえ、この世界では『魔力』と呼ぶらしいですが」
ぼそっと、月影にだけ聞こえる声量でそう補足する銀杏。
マロンの言葉は続く。
「ただでさえ、鋼鉄の鎧みたいな体表が厄介でほんとに討伐が難しいBランクの〝アイアンベア〟なのに……それがさらに〝凶暴化〟なんて、推定Aランクはあるはずです」
「ランク? 魔獣の危険度を定量化してるのですか?」
「はい。ギルドの指標で、決まってるんです。『Aランク冒険者のパーティでやっと倒せる』っていう定義の魔獣がAランク。Aランク冒険者なんて全体の1%とかですよ? それを一人で、素手で倒すなんて……ほんとに、今まで山奥でどんな生活を送ってたんですか?」
「どんなって言われたら、まあ壮絶だよ。こんなバケモノに、立ち向かえるようになるくらいには。でもそんな災害みたいな相手だったとは……」
思っているよりこのバケモノはバケモノだったと知り、今になってまたゾッとする月影。
上位1%だとか、知らないまま戦えたのは僥倖だった。恐怖と萎縮がこれ以上増えていたら負けていたかもしれない。ステータス的なことだけで言うなら、まず間違いなく月影より強い敵だ。
「あと、正確には素手じゃないよ。魔法で全身強化してただけだから」
「え……っ、魔法で? 四属性のどれでもない、〝異能〟ってことですか……?」
「そうなる……んですよね銀杏さん?」
「はい。この世界の言葉で区別するなら」
「……っ」
何故だか、目を丸くして絶句のリアクションを見せるマロン。
月影としては高すぎる評価を下方修正したつもりの発言だったが、あるいは、マロンにとってはそっちの方が珍しいケースということだろうか。
(思い返せば……最初の頃に銀杏さんも、『この世界の魔法研究は遅れてる』みたいなこと言ってたっけ)
銀杏や邪竜に教わった魔法の知見は、常識だと思わない方がいいかもしれない。現に、『魔法は〝異能〟を生み出してからがスタートライン』という指導を真に受けた結果がこれだ。
「…………そういえば、わたしを助けに来てくれたときも、ホウキに乗って空を飛んでたような……気が動転してたから、見間違いだとばかり思ってたけど」
「あれは月影さんじゃなく、私の魔法です」
「……っ、〝異能〟持ちが二人も……ほんとに、ほんとですか⁉ すごい!」
さらに目を丸くするマロン。
たまらず、といった様相でマロンは言葉を重ねる。
「あの……っ、これから街に下りるって言ってましたよね? お二人とも、冒険者ギルドに入りませんかっ?」
「冒険者ギルド……?」
「実はわたし、ちょっとギルドのお手伝いとして働いてまして……。これから街で暮らすっていうなら、ぜひ、うちのギルドで冒険者登録しませんか!」
「おや、ギルド関係者でしたか。どうりで魔獣のランクや基準にお詳しい」
「最近、魔獣の被害とかが増えてきて……ずっと人手不足が続いてるって聞いて……、お二人が入ってくれれば、とっても心強いかなって」
「ふむ……人手不足はどの世界でもどの業界でも厄介な問題ですね」
「お願いしますっ! どうか、見学だけでもしていってくれませんか……っ? わたし、ギルドの厨房のお手伝いなので、美味しいお料理振る舞います! ゴロっと大きくて甘い栗の栗ご飯作りますっ!」
「わ、分かったから一回落ち着いて……」
ずんずんと月影に迫りながら力説するマロン。
すぐ目の前まで迫った少女の力強い両目から目を逸らし、月影は銀杏に問う。
「あの……そもそも『冒険者ギルド』って何です? 〝冒険者〟は、ハンターみたいな職業って言ってましたっけ。それの、ギルド?」
「あなたの前世の世界で言うところの、人材派遣会社みたいなことですよ。依頼を受けて、適切な人間を派遣します。その冒険者バージョンです」
いつものように身も蓋もないが、分かりやすい説明を銀杏は返す。
月影の中に、漫画やゲームの知識が全く無いわけじゃない。ぼんやりとした知識に加えて今の説明で、おおまかなイメージはできた。
「そして」と銀杏は続ける。
「世界中のあらゆる情報が集まる場所。――――まだ告げてませんでしたが、冒険者ギルドは、私達の次の目的地です」
「あ、そうなんですか」
「ほんとですかっ! じゃあ……っ」
「ええ。私達にとっても都合のいい申し出です。案内してくれるですか?」
「はいっ!」
パァッと、花開くような笑顔を見せるマロン。
彼女は、ただの『お手伝い』。
おそらく自分に直接影響があるわけでもないだろうに、ギルドのために親身になり、自分のことのように頭を下げ、自分のことのように喜べる。その人間性が覗えるというものだろう。
月影としても、都合の良し悪しに関わらず、できる限りの協力をしてあげたいと思える。
次なる目的地が定まった。
青い髪を揺らしながら振り返り、銀杏は月影に告げた。
「というわけで月影さん、異世界転生プロデュース、ステップ4です。――――冒険者ギルドで、一目置かれる存在になりましょう」
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