異世界を救えハムサンド

無双の秋 女神の事情も色々大変
流星ぽんぽこ
流星ぽんぽこ

つまり目立てばいいんですか? 目立っちゃダメなんですか?

公開日時: 2023年12月30日(土) 21:13
更新日時: 2024年3月19日(火) 02:08
文字数:3,373

〇前話のあらすじ

マロンに懇願されて冒険者ギルドへ向かうよ!

 マロンを先頭に山を下っていく三人。

 特に整備された山道というわけでもないのだが、随分と慣れているようで、拾った栗が詰まったカゴを片手に、るんるんと聞こえてくる足取りでスムーズに先行していくマロン。庭みたいなもの、という表現はまさしく今のマロンが使うべきものだろう。

 

 すでにそれなりの時間を歩いている。猛スピードで駆けつけた先程と違って、ゆったりとした旅路だ。

 

 空を飛べばもっと早いだろうに。ホウキはともかく、空飛ぶ絨毯なら三人乗れるはずだが。

 月影はそう提案してみるが、銀杏は首を横に振る。

 

 

疲れるので嫌です

 

「あ、そうですか……」

 

 

 効率至上の合理主義女神も、疲れるのは嫌らしい。

 

 

「自転車だって二人乗りの操縦は重いでしょう? あなたが思ってるより、何十キロの肉塊を浮遊させるというのは疲弊するものですよ」

 

「肉塊って……」

 

「それに、変に悪目立ちするのは避けたいのです。空飛ぶ絨毯でやって来た謎のヨソ者が、街の人々に警戒されないわけがありません。いらぬ摩擦はトラブルの種です」

 

「たしかに、そうですね」

 

「世界が滅ぶ前に、〝歪み〟の原因を一刻も早く見つけ出したい。そのために、ギルドの権力と情報網は最大限に利用したい。そのためには、まずギルドや街に受け入れてもらうことです。『不必要に目立たない』……これからの生活で肝に銘じておくべきポイントですね。敵を作らないよう、大人しく、地盤固めは着実に行いましょう」

 

 

 不必要に目立たない。

 青髪の幼女が隣に歩いている時点ですでに目立っているんじゃないかという疑問は、日本人だからこその感覚だろうか。

 

 

(それを言えば……僕もか。道着で街を歩く奴なんて日本でもそういないな)

 

 

 さらに言えば、月影自身も今思い出したことだが、目の周囲にタトゥーさながらに幾何学模様の〝契約紋〟が刻まれている。日本基準で言うのなら、月影の方がよっぽど悪目立ちである。

 

 

「まあどうしてもと言うなら、裏技として、『あえてめっちゃ敵を作って次々倒していくうちに、いつの間にかラスボスを倒している』ってのもあるですよ? 〝歪み〟の原因が人間の黒幕なら、悪目立ちし続ければいつかは向こうから接触してくる公算が高いです。チート転生者の成功例としてたまに聞くです」

 

「……しんどそうな生活ですね」

 

「そう思うです。おすすめはしません。情報収集の手間はある程度省けますが、リスクが大きすぎです。現状の未熟な月影さんじゃ、まず間違いなく途中で死ぬですね

 

「よし、悪目立ちは絶対に避けましょう」

 

 

 静かに、平和に、大人しく。『不必要に目立たない』と、改めて月影は肝に銘じる。



「そのリスクマネジメントのために私がいるのです。しっかり順序立てて安全と成長のバランスを取るために、マニュアル通りのステップを踏んでいるのです。チート転生者なら放っておいても勝手に二段飛ばしで頂点まで上っていっちゃいますけど、月影さんはそういうわけにはいかないので」


「そのステップって、ちなみに、いくつくらいあるんですか?」


「弊社の基準では1000個のステップと20のステージが推奨されてるです。今の月影さんがファーストステージの山籠り修行を終え、ステップ4を開始しました。あと19のステージと997のステップをクリアしてもらうです」


「……聞かなきゃよかったです。気が遠くなるなあ」


「ルートやパターンはいくつも用意されてるので臨機応変に分岐しますし、私の裁量で項目追加や削除もしたりするので、数は正確じゃないですけど。でも――――ステップ1000『世界を救いましょう』。最終的に必ず、ここに辿り着いてもらうです」



 それほど気の遠くなる旅路を経て、ようやく達成できる目標。

 逆に言えば、何度も言われている通り、月影にはそのステップを二段飛ばしで急成長していくような才能は無いということだ。『途中で死ぬ』ことがないための、マニュアルの作り込みが半端じゃない。焦れば死ぬぞと脅されている気分になる月影だった。



「うん、ゆっくり大人しく行きましょう。……でもじゃあ、この目立つ道着も、やっぱり脱いだ方がいいですよね?」



 当然の提案。しかし女神は首を横に振る。



「いえ、それは着ておいてください。これから名を上げていくために、実力以外のトレードマークは必要です。人々に覚えてもらわないことには、知名度もへったくれもありません」

 

「……つまり目立てばいいんですか? 目立っちゃダメなんですか?

 

「弊社でも多くの女神が直面するジレンマですね……。上手いこと境界ギリギリを見極められればいいのですが、そのあたりのプロデュースは難しいのです。こればっかりは、チート転生者のテンプレを参考にできない部分ですね。ぶっ壊れスペックの天才は基準も価値観も一般人とは違うので、目立ちたくなくても勝手に悪目立ちするのです。それでも問題なく、力尽くで成り上がって世界を救ってしまいます」

 

 

 そう言われて月影は、師匠のことを思い出していた。

 

 良くも悪くも、人助けのためなら拳を振るうことを躊躇わない昔気質の人間だったので、空手業界としてはかなりの問題児だった。

 通称〝暴れ青龍〟。色んな意味で、空手関係者で彼を知らない人間はいないだろう。

 彼は『有名になりたい』という人間ではなかったが、その名を聞きつけた各地の実力者達が道場破りに来るなんてことは日常茶飯事だった。

 

 

「服装が少し変、くらいなら問題ないと私は判断しました。何より身の安全という意味で、その道着は着ておいた方がいいですね。道着に描かれたそのデザインというか模様は、あなたの顔の〝契約紋〟と同じもので、邪竜さんの力の一部が譲渡されてるです。具体的には、治癒力のバフが異常です。さっきの傷くらいなら、もう治ってるんじゃないですか?」

 

「あ……そういえば。もうどこも、痛くも痒くもない」

 

「そもそもが邪竜さんの鱗を素材に分解・構築してる服なので、シンプルに最強の防護服です。壊れにくい破れにくい、防刃耐性・衝撃吸収、防寒・防熱で絶縁素材でもあるですね。ドラゴンを身に纏ってるようなものです」

 

「じゃ、邪竜さん……っ」

 

「さっきの〝アイアンベア〟の一撃、さすがに生身で食らってたら、今の月影さんじゃ普通に死んでたですよ」

 

 

 とんでもないものをプレゼントしてくれたものだ。

 何の説明もなく、恩にも着せず。

 この場にいないのに命まで救ってくれたという。

 

 

「修行中の月影さんの治癒はずっと邪竜さんに頼ってましたからね。その服があれば、これからも怪我を気にせず、心置きなくビシバシ限界修行の臨死生活が送れるです」

 

「……ちょっと。一気に嬉しさ半減させるのやめてくれます?」

 

「まあその治癒力も月影さんの魂からのエネルギー変換なので、無限じゃないですけどね。油断も慢心も禁物です。そもそも頭を潰されたら一撃アウトですし、基本的には避けるべきです。〝見極める〟という能力が月影さんにはまだまだ足りてません。さっきのダメダメな戦いっぷりなんかまさに良い教訓で、反省点を挙げればざっと10個ほど……」

 

「おお、見てください銀杏さん! 街が見えてきましたよ!」

 

「む……本当ですね。さっきの現場から、思ったより近いですね」

 

 

 タイミング良く街が見えてきたことで、話を逸らすことに成功した月影。〝アイアンベア〟の一撃は避けられずとも、銀杏の説教という精神攻撃は回避できたらしい。いや、月影が逸したというよりは自発的に、目的地に到着したから長話をやめたというだけかもしれないが。

 

 何にせよ、説教が後回しになってほっと安堵の溜息をつく月影。命懸けのバトルを乗り越えたところに反省点を10個も並べられたら、さすがにやってられない。

 

 いよいよ月影達は、舗装された道に出た。

 どこか別の場所からやって来たと思しき、商用だか輸送の類いの馬車が月影達の前を横切っていく。少なくとも移動手段が馬車というレベルの文明社会らしいことが分かる。大きな門こそあるが、関税や検問などは無いようで、馬車はそのまますんなり街へ入っていった。

 

 開けっ放しの門の先には、地球で言うところの西洋風な街並み。

 日本人の月影には田舎か都会かも判別つかないが、明るい人々の活気ある営みはちらほらと見受けられた。

 

 先行していたマロンが振り返り、屈託ない笑顔で二人に告げる。

 

 

「到着です。――――ようこそ私達の街、〝秋時雨町〟へ!」

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