〇前話のあらすじ
ギルマスがお礼に何でも願いを叶えてくれるよ!
「謝罪と謝礼を兼ねて――――お主達の望みを聞こう。何がよい?」
「何がよい、って……」
「何でもいいんです?」
月影の戸惑いと疑問は、銀杏が代わりに言葉にした。ジルは首を縦に振る。
「儂にできることならな」
「では、情報を。この国、あるいは世界において、水面下で勢力を伸ばしている悪の組織などに心当たりは?」
端的に、単刀直入に。
相変わらず、という言葉を用いること自体が相変わらずだ。
何の逡巡もなく、遠回りは無駄だとばかりに、いつでも直球の女神である。
「……いいのかね? 報酬やランクアップの交渉も受け付けるが」
「私達にとって〝冒険者〟は情報を得るための手段なのです。ショートカットできるならします、レベル上げ中毒のやりこみプレイをするほど暇じゃありません。それにあなたも、こういう回答をお望みでしたでしょう? 腹の探り合いは時間の無駄です」
「? どういう意味です、銀杏さん」
「私達が何を望むのか、試されていたですよ。真意を探るために。というか……『何でも望みを聞く』なんて、純粋な気持ちで口から出るわけないでしょう。そんな漫画やアニメでしか聞かないフレーズ、裏があるに決まってるです。月影さんはもう少々、人を疑うことを覚えなさい。減点1です」
藪蛇だった。余計な口を挟まなければよかったと後悔する月影の傍ら、ジルは愉快そうに笑う。
「ほっほっほ。全てを理解してなお即決即断の即答とは。末恐ろしいお嬢さんだ」
「しっかり真意なのでご心配なく。近道できる利の方が大きいと判断したまでです。それで、教えてもらえるです?」
「『悪の組織』の情報、のう。ちなみに、目的と理由を聞いても?」
「見つけて、ぶっ潰します。月影さんは、そのために修行をしているのですから」
絶妙に答えになっていない答えを返す銀杏。
嘘とは言えない言い回しではぐらかされ続けるのは想定通りだったのか、「まあよい」とジルは流す。
と、次の瞬間、何かが変質した感覚が月影を襲った。
室内の、空間そのものが、似て非なる何かに相転移でもしたかのような。その原因はおそらく、間違いなく、
「〝断絶時空〟。儂がかつて戦った〝時の仙人〟と呼ばれる爺さんが使ってた魔法だ。今この室内は、時の流れから切り離されておる。ここで何時間過ごそうとも、外から見ればコンマ1秒に満たない、一瞬未満の出来事だ。故に、内緒話に最適ということだな。今この部屋で何をしようとも外からは認知できん」
「……さっきも気になったのですが、人の魔法を習得できるですか、あなたは?」
「儂が元々持っていた〝異能〟こそが〝習得〟というものでな。まあそこはどうでもよいわ」
この世界の常識を知らない月影からしても、おそらくとんでもない魔法だ。〝断絶時空〟も、〝習得〟も。チート魔法ガン積みし放題の紛うことなき強者。
……ともすれば、女神達が求めている『才覚ある人材』のロールモデルそのものなのではなかろうか。
さらっと流してジルは話題を戻す。
「心当たりは、無くはない。――――〝青藍〟、という名前に聞き覚えはあるかね?」
「いえ、全く」
「この世界を裏から牛耳っている『悪の組織』の名だ」
「……何が『無くはない』ですか。私達の欲しい答えそのものなのです」
「いいや、すまんが情報確度は高くないのだ。都市伝説だと思ってくれ。各国の大手ギルドや政財界に深く根を張り、世界経済や情勢さえもコントロールしているという秘密結社〝青藍〟。近年になってよく名前を聞くようになった」
「どこまで信用できる話です?」
「少なくとも〝青藍〟を名乗る反社会勢力と、その構成員は実在しておる。このギルドに潜入しようとした〝青藍〟のスパイをかつて、儂自ら引っ捕らえて警察に突き出したわい。詳しい情報を聞き出す前に何者かに殺害され、檻の中で息絶えてたそうだがな」
なんと。
実際にいたらしいスパイを見極められる程度には、ジルの『人を見る目』は確かなようだ。
「規模も目的も何もかも不明。だが確実に、多かれ少なかれ、その毒牙は社会を蝕んでおるわけだ。それは別に〝青藍〟に限らんがの。儂の把握できていない反社会勢力だってあろうとも。そういった〝悪〟から、儂はこの街を、この国を、守る義務がある。ギルドとは『助け合い』が本懐。魔獣退治だけが仕事ではない。冒険者の定義には載らずとも、強者には強者の責任が伴うものよ。そうだろう?」
「……。はい」
それは月影の、心にとても響く言葉だ。
何のための強さか。その芯だけは、常に月影の中でブレずに、固く。
「そこで、強者たるお主達に提案がある」
「?」
「聞けば、地位や名誉には興味が無いという。ならば、どうだろうお主達、儂の直属の隠密活動部隊として動いてはくれぬか?」
「こちらからも、スパイを仕掛けるということですか」
「端的に言えばな。ギルドが秘密裏に運営する情報収集チーム、程度に思ってくれ。目立たず活躍せず、表に出ず公に広まらず、非公式の任務故にランクアップにも繋がらん。暗躍に不都合なら都度、権限は貸与するがの。つまり――――儂の後ろ盾で、お主達は存分に〝青藍〟の調査ができる。どうだ?」
「やるです」
即答。黄髪の女神は、優柔不断という言葉を知らない。
月影からも異論が無い様子を確認すると、満足そうにジルは頷く。
「決まりだな。ギルドに新プロジェクト発足だ。名は……そうだな。〝幻影室〟とする。影のように潜み、幻のように溶け込む、そんな諜報員として各地で情報を集めてくれ。この国のために、お主達の目的のために、何よりこの世界の平穏のために」
一拍置いて、最後にジルは言う。
「ようこそ。我がギルド〝夕焼け紅葉〟へ。歓迎しよう新顔諸君」
「はい。よろしくです」
「よろしくお願いします」
月影達が頭を下げ、ギルドマスターとの会談は終わりとなった。
ギルドに加入した。秘密結社〝青藍〟とやらの情報を得た。それがはたして銀杏の言っていた『世界の歪みの原因』なのか……それは、今後の月影達の活動で明かしていくものだ。
現状、できることは全て叶ったと言えよう。文句なしの収穫に満足して席を立とうとしている二人に、「ああそうだ」と何かを思い出したように、最後にジルが待ったをかけた。
「まだ何か?」
「謝礼を。まだ聞いておらんと思ってな」
「? さっき情報をいただいたのです」
「都市伝説を情報とは呼ばぬ。要約すれば『自分で集めろ』と言っただけ。むしろ儂の要望を聞いてもらった形だ。――――できる限り聞いてやろう、要求を好きに言え」
では、と。
やはり即答で返した銀杏の言葉に、思わずといった様子でジルは笑うのだった。
「マロンさんお手製の、栗プリンをいただきたく。先程食べ損ねたもので」
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