5times of Life

とある天才廃人ゲーマーの超鬼畜なライフ制異世界生活
井浦光斗
井浦光斗

第24話 変異次元

公開日時: 2020年9月18日(金) 23:01
更新日時: 2020年9月27日(日) 16:47
文字数:3,276

 視界が波打ちながら色褪せていく。

 上下が分からなくなるような浮遊感に身を任せ、俺は異次元へと向かっていた。

 金色に輝くキューブには一体どんな世界が封じ込められているのだろう。辺り一面の金銀財宝か、あるいは血の海に沈んだ荒野か、俺の興味は尽きるところを知らなかった。


 十数秒間、泡沫のごとく流れに身を任せていると、重力が徐々に強まっていき、目を開けた頃には既にダンジョン内部へと到着していた。

 けれど俺の目に映った景色は――俺の想像を遥かに超えていたのだった。


 空に浮かぶ巨大な星は相変わらず、ちっぽけな俺を静かに見下ろしている。

 けれど、それは前のように美しい蒼白の輝きを放ってはいなかった。まるで血塗られたかのように淡い紅色の光で辺りを照らしていたのだ。


 さらに一面に広がっていたのは雪景色ではなく、色の変わった雪で汚された何もかもが枯れ果てた荒野だった。

 激しい戦争が終わったあとの野原とでもいうべきか、死体はなけれど凄惨たる情景が思い浮かぶほどにそこは荒れ果てている。

 本来なら飾り付けされている針葉樹たちも、葉っぱ一つ残さずに枯れている。そのうえ、魔物が残したと思われる爪跡や切り傷が残されていた。


「な……なんだよ、これ」


 あまりにも残酷すぎる世界に唖然としていた俺は、転移キューブの近く、無造作に立てられていた看板に殴り書きされている文字を声に出して読む。


「ようこそ、四季の裏側へ」


 裏側か……本来のダンジョンであれば四季の美しさを表現している『四季の空洞』だったが、ここは逆に四季の醜さや惨さを表現しているのかもしれない。


 どうしてあんな地下にこんな見るも恐ろしいダンジョンが生成されているのか、俺には分からない。

 けれどひとまずこれだけは断言できるだろう。このダンジョンは普通のダンジョンではない、美しさに溢れた冬景色が広がる方を表のダンジョンというなら、ここはさしずめ裏のダンジョンだろうな。


 ゲームには良くあることだが、表裏が存在するダンジョンや迷宮は裏の方が難しいことが多い。なぜなら、裏は表を攻略したあとに出現したり、分かりづらい場所に隠されていたりが大半だからだ。

 そして例にもれず、この場所もその原則に当てはまっている。ということは……魔物も表より強化されているはずだ。


 ――本当にこの先へ進んで大丈夫なのか? まだ魔物と数回しか戦っていないんだぞ?


 金色の転移キューブを背に俺は自問自答を繰り返した。


 たとえどんなにプレイスキルがあったとしても、真っ向勝負ではレベル差がありすぎる敵には勝てない。それがVRMMORPGゲームにおける基本だ。

 特に俺が設ける限界ラインは、相手が俺より速いかどうかである。

 俺が相手より速ければ、あるいは速くなる状況を作り出せれば理論上は勝てる。逆に相手が俺より速く、その上ステータスに大きな差がついているなら、勝つことを諦めたほうが賢明だ。


「……ひとまず、様子見してみるか?」


 もし俺の方が速いのであれば十分に勝機はあるはず、そう思った俺はアイザックを片手に荒野へと足を踏み入れた。

 

 出てくる魔物は表のダンジョンとどう違うのだろうか。多少ワクワクしつつも、転移キューブの周りを軽く歩き回ること数分……そいつは俺の前に姿を現した。


「おっ、スライムか」


 丸っこくてゼリー状の身体、形状からしてそれはまさしくスライムそのものだった。

 ただ……前見た時のような青くて温和そうな姿はしていなかった。なにかに汚染されたような紫色のボディに、魔石が結晶化したような黒紫色の水晶がところどころ貼り付いている。


 色と水晶以外は普通の個体と大差ないところを見るに、スライムの変異体と言うべきか。

 仰々しい見た目に俺は思わず、つばをゴクリと飲み込んだ。


 ゲームでよく見るスライムとは雰囲気から違う、人間と敵対するべく生まれた凶暴な知的生命体、そんな魔物らしさが奴には凝縮されているように思える。


 そんな紫色のスライムは身体をカタカタと震わせて、ひび割れた地面をのそりのそりと進んでいる。

 しかし、突如としてその動きを止めると、ゆっくりとこちらへと振り向き……ハンターのごとく金色の双眸をギラリと輝かせた。

 ――それは奴にとってロックオンの合図であり、狩りを開始する合図でもあった。

 

「……来るか?」


 身の毛もよだつ殺気を感じ取った俺は、間髪を容れずに【魔弾生成】を発動させると銃弾を弾倉に詰める。

 魔弾の効果時間は約1分前後、予め弾倉に弾を入れておくことは叶わず、全弾入れるならば1分間で使い切らなければならない。


 だから高速リロードは必須テクニックであり、俺のわずかな隙きを作り出してしまう瞬間でもあるのだ。


 俺のリロードが終わる直前、スライムは瞬きをするとこちらに水晶の先端を向けて猛突進する。

 予備動作の全くない動きに思考はたじろぐが、身体は反射的に右側への回避動作を始めていた。

 

 気づいた頃にはスライムの身体は目と鼻の先を通過していた。その勢いは青いスライムとは比較にならないほど速く、強く、驚異的だった。


 ズザーと地面の擦れる音が響いた。それは着地に成功した証拠であり……、連続攻撃の構えだ。

 俺は身体を思いっきりひねると、片手バク転の要領で宙返りをして後方へと飛び退く。一方、スライムは俺を追いかけつつ、水晶を俺の身体に突き刺そうとジグザグに突進を繰り返していた。


 そして三回目のバク転――俺は腕に力を込めると、バネのように腕を折り曲げると高く飛び上がった。

 空を回転しつつ両手で銃を構え、発砲。白く輝く弾丸はスライムの身体に届く直前で破裂し、暴走したマナの塊としてスライムに衝突したのだった。


 刹那、スライムの体躯はすくい上げられたように抉れ、水晶の破片が地面に飛び散った。だが奴は怯むどころか、地面に散らばった体液を回収しつつ身体の形状をもとへと再生させたのだった。


(やはり、一発だけでは足りないか)


 尻もちをついた俺は突進が来るのを予想して横へと転がり、左腕を軸に体勢を立て直す。

 そしてスライムの姿を捉えると、引き金をもう一回引いた。だがそれを読んでいたのかスライムは身体からジュースのような紫色の体液を噴射し、魔弾を相殺する。



(あれは……強酸か?)



 地面に飛び散った体液が白い煙を上げているのを見た俺は、覚悟を決めると前へと飛んで間合いを詰める。液体の劇物を使った戦法は回避する側を圧倒的に不利にする、それは今までの経験から明白だった。

 だから、酸を吐き出させる隙をそうそう作らせるわけにはいかない。


 地面にあった拳大の石をスライム目掛けて蹴り上げると、腰にぶら下げていた木刀を左手で取り、流れるように斬り上げのモーションへと移る。

 スライムは既に次の酸を吐き出す準備を始めていた。だが俺の蹴った石が金色の瞳に突き刺さると、紫の酸を垂れ流して激しく悶える。


 そこに肉薄した俺は下段から木刀を無造作に振り上げる。

 するとスライムはカタカタと震えながら宙へと持ち上がり、投げ出されたのだ。

 ダメージを入れるつもりははなはだない、ただ宙へと浮かばせるだけで十分なのだ。


 片手で握りしめたアイザックの銃口を向けると、残弾を使い切るまで連続で引き金を引いた。

 衝撃が右腕をおそうが関係ない。上手く受け流しつつ、狙いを外すことなく魔弾を発射し続けたのだ。


 4回に及ぶ破裂音、衝撃波があっという間にスライムを飲み込み、空高く打ち上げた。

 虚空をくるくると舞い、地面に叩きつけられたスライムはぐったりと動かなくなり、金色の双眸を閉じたのだった。


「よし、倒したか」


 俺は安堵の息を漏らしつつ、アイザックを下ろした。

 しかし……安心していられるのもつかの間だった。奴は溶ける間際、ピィーと笛のような音を身体を震わせながら鳴らしたのだ。


 その行動を意味を理解するまで、時間は掛からなかった。あんな音を出せば当然……この近くにいる魔物たちも気付くはずだ。



(あいつ、仲間を呼ぶ能力まであるのか!?)



 冷や汗を拭い、一刻も早くその場から離れようとしたその時、地面から数体のスライムがひょこっと顔を出し、金色の眼差しをこちらに向けたのだった。

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