サクッサクッと雪を踏み鳴らす音が聞こえる。
真冬の白い“太陽”に照らされて、一人の狩人とその子供は銀景色に足跡を残しながら街の周囲に点在すると言われているダンジョンの一つ『四季の空洞』を目指して歩いていた。
一面、真っ白な世界……どこまでも続く白い世界。
ここまで純真で濁りのない景色を見ていると、今まで悩んでいたことすら馬鹿らしくなって、心が洗われていく気がする。
「着心地はどうだ、ゼッタ?」
俺の前を歩くお父さんクリフトは振り向くと、勇ましげな微笑みを浮かべた。
背中に背負っている半弓、腰に取り付けられた3つの矢筒。見るからに腕の立ちそうな狩人の格好をしているクリフトの背中は、心なしか大きく感じられる。
そんあ彼と比べて俺の格好は……。傍から見たら、子供が狩人のコスプレを来させられているのではないかと思われること間違いなしの姿だ。
大体、なんで子供向けの狩人装束が都合よく納屋にしまってあるんだよ! クリフトの奴、子供の俺を外へ連れ歩く気満々だっただろ。
それに今の俺からしてみれば装束のサイズはかなり大きい。裾や袖を捲らないと手も足も出ない亀状態になってしまう。
ただ……裾や袖、サイズのことさえ気にしなければ着心地はとても良かった。前世にあった触り心地の良いセーターやコートを着ている感覚だ。
「ぶかぶかだけど、すべすべで気持ちいいよ」
「そうか、そうか。似合っているし、カッコいいぞ」
「うん、ありがとう」
ごてごてしておらず、その上軽くて動きやすい。魔物と戦闘するにはもってこいの服装だろうな。
その上、魂武器を隠し持てそうな収納も内側にあって、俺にとってはかなり満足度の高い逸品だ。まあ、今日は流石に持ってきていないけどな。見つかると面倒だし。
「さて……そろそろ見えてくる頃だな」
「見えてくるって、ダンジョンのこと?」
「そうだ。お父さんの行くダンジョンは3方向を森に囲まれていてな。森にはダンジョンの魔物がわき出ることがあるから要注意だ。今日はゼッタもいるし、正面から行くとしよう」
そう言えば前もそんなことを言っていたような気がするな。
確かスタンピードだっけ? ダンジョンの魔物が大量発生する時期が年に数回あって、その時になるとクリフトの狩りの仕事も倍増する。
数日間、家に帰ってこないのは当たり前。酷い時は全身傷だらけになりつつも、笑って帰って来るのだ。
そしてそれを見たミラが青ざめて、愚痴を漏らしながらクリフトの手当てをする。というのがその時期の風物詩である。
「ほら見てみろ。あれがダンジョン『四季の空洞』だ」
クリフトが指差した先、そこには傾いた黒い立方体の建物が重厚感を滲み出しながら鎮座している。壁に角張った紅色の模様が刻み込まれており、古代文字と思われる記号の羅列も綴られていた。
あの形には見覚えがある……というより毎日見ているぞ。
俺は懐から漆黒のステータスキューブを取り出すと、立方体の建物と見比べるが……機械的な模様や記号以外は一致している。
もしダンジョンは神が創り出した産物と言うならば、ステータスキューブもまた神が創り出した神器ということなのか?
鬼畜ダンジョンをあなたの手で攻略しませんか?
異世界転生するきっかけとなったその誘い文句が徐々に現実味を帯びてくる。
「どうだゼッタ? あれを見ていると、なんだかワクワクしてくるだろ。危険と隣り合わせの冒険が、まだ見ぬ世界が待っている気がするだろ!?」
「うんっ、僕もそんな気がするよ……」
これに関しては俺も同感だった。
あの巨大な立方体の先には一体どんな景色が待っているのだろう。どんな鬼畜な世界が広がっているのだろう。想像するだけでも興奮が止まらなかった。
ゲーマーの血が騒ぎ始める。あの巨大な建造物を攻略したくてたまらなかった。
近づいていくと、その立方体の建物が約4階建ての大きさであると感じた。
それと同時に違和感を覚える。クリフトのバッジからこのダンジョンは最低でも5階層はあることが判明しているが……、本当にあの建物の中に5つも階層が存在するのだろうか。
そんなことを考えていると、いつの間にか俺たちはダンジョンの麓に到着していた。
ダンジョンには個性あふれる武装を施した様々な種族の冒険者たちがちらほらと見受けられ、皆期待と興奮の眼差しを漆黒の立方体へと向けている。
「あっ、クリフトさん。こんにちは」
ダンジョンの周りで警護をしていた一人の衛生兵がクリフトに声をかけた。
勇猛そうな蒼い双眸、兜から少しはみ出た艶のある青髪、バイルさんほどではないが細身で筋肉質な身体の青年。真面目そうな雰囲気を醸し出すその爽やかな青年は、深々と頭を下げた。
「おう、オズワルド。いつも見回りご苦労さま」
「いえ、これが自分の仕事ですから。……ところでそちらのお子様は?」
「ハッハッハ、うちの自慢の息子だ! ……自分で挨拶できるか?」
クリフトの問いかけに俺はこくりと頷くと、2歳児モードに切り替えオズワルドという青年の前に躍り出た。
「はじめまして、ゼッタです。よろしくおねがいしまーす!」
「ハハ、元気な子ですね……。僕はオズワルド、よろしくねゼッタ君」
「うんっ!」
これでも2歳児にしては達者な方だろうな……と俺は返事をしながら思ったのだった。
普通の2歳の子供がどんな生活を送っているかなんて、人見知りな幼馴染のソニファを見ていれば分かる。2歳なのだから、あれくらいしどろもどろで当然なのだ。
「ところで、今日は何をしにここへ?」
「ああ、ゼッタにダンジョンの景色を見せてやろうと思ってな」
クリフトがそういった瞬間、オズワルドの顔色がわずかに曇った。
それもそうだろう。こんな小さな子どもを引き連れてダンジョンに入ること自体、危険極まりない行為なのだから。
「えっと……確か息子さんはまだ2歳でしたよね? さすがに、危ないと思うのですが……」
「でも規約には書いてないだろう? 2歳では入れないって」
「確かにそうですが、幾らなんでも息子さんのご安全を考えたほうが……」
「でも規約には書いてないだろう? 2歳では入れないって」
「……はい。クリフトさんはこのダンジョンの5階層踏破者です。だから、5階層までなら未冒険者1名までの同行は許されています。ですが幾らなんでも――」
「でも規約には書いてないだろう? 2歳では入れないって」
コイツ、規約の穴を突いて強引に俺をダンジョンへと入れさせようとしてやがる。なんてずる賢い奴なんだ……。
とはいえ、俺のクリフトと同じ立場なら多分全く同じことを言っていると思う。
ゲームにおいてルールは絶対だが、逆にルールに書かれてさえいなければ何でもやってよい。
実際その精神によって生み出されたのが、害悪プレイという相手にストレスを与えることだけを考えたようなプレイスタイルだ。
「はあ……分かりました。僕の負けです。ですが、くれぐれも気をつけて下さい。ダンジョンはパーティーのごとに次元が割り振られるので、たとえ息子さんが怪我しても救助は不可能ですから」
「分かってるぜ。俺が何年冒険者やって来ていると思ってるんだ?」
大口で笑ったクリフトは、その大きな手で俺の手を優しく握ると、ダンジョンの入口へと向かった。
誇大な表現の多いお父さんだから心配なことこの上ないが……、それでも俺はクリフトの実力を信じることにしよう。
それにいざとなれば、俺も自分の力で魔物と殴り合うさ。
そのために、俺は今までずっと家の庭で走ったり、石を投げたり、ジャンプしたり、魔法の練習をしたり、してきたのだから。
いつも読んでくださり、ありがとうございます。
ポイントやブックマークしていただけるの、嬉しい限りです。
ではいつも通りお願いさせていただきます!
良ければブックマークとポイント評価をお願いします!
読み終わったら、ポイントを付けましょう!