夏の日差しが強くなってきた頃、俺はミラとクリフトに連れられて、バイルさんの家へと向かった。
数週間前にもミラに言われていたが、クリフトの同僚であるバイルさんのところで豊猟祭――という名のお茶会を開くらしい。
隣の家といっても、俺の家はダンジョン街郊外にあるため少し距離がある。
1歳の足で歩いて大体3分くらい、そこにバイルさんの家があるらしい。
「そう言えば、ソニファちゃんは元気なのかしら?」
「ああ、すくすくと育っているらしいぞ。バイルのやつが元気一杯すぎていつも大変だって、泣き言を漏らすくらいだからな」
「それは……私達も同じじゃないかしら?」
「ハッハッ、それもそうだ! なっ、ゼッタ?」
そんなに迷惑をかけている覚えはないんだけどなぁ……。
確かに特訓中に気絶したり、怪我したりして心配させたことはあるけど――いつも困らせているわけじゃないだろ。
俺は内心反論しつつも、何を言っているのか分からないような表情を浮かべて首をかしげるフリをする。
こういう時は特に都合がいいよな、1歳という年齢は。
普通であれば言葉を理解してようやくしゃべれるくらいの知能しかないのだから。
「急にマナ欠乏症になったり、骨折したり不思議な子よねぇ……。あなたもこんなにわんぱくだったの?」
「いや、さすがにゼッタほどじゃないぞ、俺は。ゴブリンにちょっかい出して殺されそうになったくらいのもんだ」
「ふーん。つまり、ゼッタのわんぱくはあなた譲りなのね」
ミラは呆れたように腕を組みながらそう言った。
一方、クリフトは何のことやらと言わんばかりに肩をすくめたのだった。
バイルさんの家は自宅とさほど変わりのない構造をしていた。
ある程度広さのある庭がある一階建ての平屋、違うところと言えばミラの仕事場であるアトリエがないことくらいだろう。
物珍しそうに辺りを見回していると、家の前で待っている細身で赤髪の男性が目に入る。
筋肉質な身体に大工のような服装としたクリフトとは真逆で、清潔感のある服装に身を包み丸眼鏡を掛けている。なるほど……この世界にも眼鏡はあるらしいな。
「やあ、いらっしゃい」
「お招きいただきありがとうございます、バイルさん」
「これはご丁寧にどうも。ささ、ここで話すのもなんですし、ぜひ上がってください」
丸眼鏡の男、バイルはにこやかな笑みを浮かべるとクリフトたちは家の中へと案内する。
狩りの同僚と聞いていたからもっとごっつい人を想像していたんだが……意外だな。
お世辞抜きでスタイルのよいシュッとした身体、失礼かもしれないが彼が狩りをしているとは考えにくいな。
「バイル、今日は色々と準備ありがとな。これ、つまらないものだが……」
「おっ、ホイップマンケーキか。ありがとう、クリフト。紅茶のお供にはもってこいだよ」
丸眼鏡を掛けなし、クリフトからケーキを受け取るバイル。
そんな珍しい光景を俺は目をパチクリさせながら見つめていた。
だって想像できないじゃないか……狩人のクリフトがあんな気の利いたことをするなんて。
「それで、その子がゼッタくんかな?」
「ああ、そうだ。ゼッタ、俺の同僚のバイルさんに挨拶するんだ」
「はじめまして、ゼッタです。よろしくおねがいします」
俺はできるだけハキハキとバイルに挨拶をした。
すると一瞬、バイルは目を丸くしたがすぐに優しい笑みを浮かべてひざまずくと「うん、よろしくね」と言ってくれた。
「どうだ、すごく頭のいい子だろ?」
「ああ、驚いたよ。どうせクリフトのことだから盛っていると思っていたんだけど、まさかここまでしっかり言葉が喋れるなんてね」
「そうだろ、そうだろ? ハッハッハ!」
息子を褒められて鼻が高いのかクリフトは派手に大笑いしたのだった。
これは少し……やりすぎたかもしれないな。
1歳だし言葉くらい喋れるだろと思っていたが、もう少ししどろもどろでも良かったかもしれない。
「あら、いらっしゃい。ミラさん、クリフトさん」
「お久しぶりです、マーレさん。今日はお世話になります」
「いえいえ。こちらこそ、うちのバイルがいつも世話になっていますから。ゆっくりと楽しんでいってくださいな」
金髪碧眼というファンタジーではよく見かける組み合わせをした女性マーレは、恐らくバイルの妻なのだろう。
ミラに劣らず容姿端麗な人だな……この世界は割と容姿が整っている人が多いのかもしれない。
ラノベやファンタジーなどではよくある話だ、妖精やエルフは特に。
俺はミラとマーレの近くにパタパタと走っていくとマーレにもしっかり挨拶をした。
前世の俺ならこんなことは絶対にしなかったのだが……人との付き合いがステータスに影響する可能性も考えられるからな。
その時だった、俺はマーレの後ろに隠れている1人の少女の存在に気づく。
マーレのロングスカートをキツく掴んで、ひょっこりと後ろから顔を出している。
「ほらっ、ゼッタくんはちゃんと挨拶したんだから、ソニファも挨拶しなきゃだめよ」
マーレがそう言うと、その少女はおずおずと前に出てきた。
お母さんであるマーレ譲りの金髪に、お父さんであるバイル譲りの朱色の双眸。まだ1歳にもかかわらず、とても可愛らしい女の子だった。
「そ……ソニファ」
その女の子はそれだけいうと、またシュッとマーレの後ろに隠れてしまった。
怖がっているというよりは、恥ずかしがっているのだろう。まあ、普段会わない人を目の前にしたのだから当然か……。
それに、恐らくこれが1歳児の正しい反応なのだろう。
真新しい物や知らない人に恐怖を感じる、人間の生存本能ってやつだ。
「あらら……この子ったら人見知りなのかしら?」
「まだ1歳だから仕方ありませんよ。それにしても、可愛いですねぇ」
「うふふ、ありがとう。でもこう見えてすごくお転婆で……しっかり者のゼッタくんを見習って欲しいわ」
「そんなことないですよ、うちのゼッタだって――」
……さすがに付き合ってられないな。
そう思った俺は二人の謙遜勝負を傍目に、隠れてしまったソニファへと近づいてみる。
しかし警戒心が強いのか、彼女は俺が視界に入った瞬間、目を背けてしまった。
「ねえ、なんかであそばない?」
「…………」
まあ、答えるわけないよな。
でも一緒に遊べばもう友達と言うように、なにかで遊んでしまえばこっちのものだ。
俺は面白そうな道具はないかと辺りを見回す、すると少し小さめで柔らかそうなボールが目に入った。
「あのボールであそぼうよ!」
そう言いながら、俺はボールを指差した。
すると意外にもソニファはコクリとうなずき、小さな声で「うん」と答えてくれた。
――よしっ、乗っかってきたな。
内申ガッツポーズを決めた俺はさっそくボールを取りに行き、ソニファと転がし合って遊んだ。
やはり好きな遊びだったのか、転がしていくうちにソニファはキャッキャと楽しそうに笑い始めたのだった。
ひとまずこれで俺に恐怖心は抱かなくなっただろう。俺としてはそれだけでも好都合だった。
しかし……俺はその後、思い知ることとなるのだ。ソニファがお転婆である所以を。
「これで、あそぼ!」
そう言いながらソニファは、なぜかおもちゃの木の剣を掲げた。
「え……? これで、あそぶの」
「うん! ばしばしするの!」
木の剣をブンブン振り回しながら彼女は無邪気な笑顔を浮かべていた。
いやいや、木の剣で遊ぼうってお前本当に1歳児か?
というか、この遊び教えたやつは誰だよ! バイルさんか、それともマーレさんか!?
「ばしばし、しよー!」
「わ、わかった。ばしばし……しようか」
こうして俺はお茶会の間ずっと、ソニファの木の剣遊びに付き合わされる羽目となったのだった。
こんな女の子と打ち解けて、本当によかったのだろうか……。
どうも井浦光斗です。
まず最初に、この第1章まで読んでくださり本当にありがとうございました。
ここまで読んで感想などありましたら、後書き下にあるポイント評価をつけてたり、コメント欄よりいろいろなこと書いていただけると作者はとても喜びます。
また次章はダンジョン探索をメインに話を進めていきたいので、仕方ないからつきやってやるよ、という方々はどうかよろしくおねがいします。
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