1歳の誕生日をむかえ、ステータスを確認する方法を得てから1ヶ月が経った。
特に危険なことや刺激的なことは起こらず、平和な毎日がゆっくりとすぎていく。
俺としては“満たされない”ことこの上ない毎日なのだが、両親から愛情を注がれて育てられることに幸せを感じていた。
とはいえいつまでも赤ちゃん扱いされているとむずがゆい気分になるため、自分からおむつ離れと乳離れしたこの頃。
俺はかぐわしい薬草や綺麗な花がたくさん植えられている庭を走り回っていた。
もちろん遊んでいるのではない、これは俺がこの1ヶ月で編み出した効率的な修行方法のひとつなのである。
両手に手頃な石を握りしめ、それを交互に上げ下げしながら20mシャトルランのごとく同じ場所を行ったり来たりする。
はたから見たら変人の新しい遊び、あるいは子供の意味不明な遊びなのだが、断じて遊びではない。
これこそがステータスを上昇させるのには効果的な動き方なのだ。
「はぁ……、はぁ……、んっ!」
全身に力を入れて石をブンブンと振り回しつつ、できるかぎりの速さで走り続ける。
それを20往復ほどしたところで俺はぺたんと草むらの上にすわり、荒い呼吸をくりかえす。
これで5セット目だからあと15セットか、まだ4分の1なのにこんなにへばって……これでは鬼畜ダンジョンを攻略できるようになんかならないぞ!
「まだ……できる」
汗をぬぐってゆっくりと立ち上がると俺は深呼吸をして石ブンブンシャトルランを再開した。
普段は鼻がくすぐったくなるほどの薬草の匂いも気にならなくなるくらい、ひたすらがむしゃらに庭を往復し続けた。
そんな意味不明なトレーニングをすること1時間、完全にへばってしまった俺は庭に生えている木に寄りかかって腰を下ろした。
「はぁ……、はぁ……、終わったぁ」
呼吸が落ち着くまで呆然と青空を見上げて数分、俺は木の下に置いておいたステータスキューブを手に取るとまだぷるぷる震える手でゆっくりとまわした。
【レベル】 1
【生命力】 6.42 (64.22)《112%》
【マ ナ】 3.01 (30.11)《250%》
【筋 力】 2.08 (20.78)《 14%》
【耐久力】 1.76 (17.55)《 32%》
【魔 力】 2.03 (20.28)《250%》
【知 識】 1.63 (16.33)《135%》
【器 用】 1.53 (15.31)《250%》
【感 覚】 1.53 (15.29)《250%》
【敏捷性】 2.01 (20.09)《 29%》
【幸 運】 0.50 ( 5.00)《100%》
【健 康】 全身疲労[筋力 《-50%》・耐久力《-50%》・敏捷性《-50%》]
【経験値】 0/1000
(よし……ついに筋力と敏捷性が20を突破したぞ!)
俺は目標の数値に到達した喜びをガッツポーズで表現する。
回避を主な戦闘スタイルとする俺としては早めに敏捷性も上げておきたいところ。
前世でやっていたほとんどのゲームでは、基本的に装備やステータスは素早さに全振りして、回避力を底上げしていたくらいだからな。
それにしても筋力をたった10上げるためにここまで苦労する羽目になるとは……さすがは最高難易度といったところだろうか。
しかしそれはあくまでも前世のゲームと比べてだ。
体感的には少なくとも前世の現実世界よりは成長しやすい気もする。
いやいやそもそも基準を統一していない以上、比較すること自体が野暮だったか……?
まあそれは置いておくとして、今は本当に筋力が成長したかどうかを確かめたい。
人間は微々たる変化を感じ取ることはあまり得意ではないからな、アハ体験などがいい例だ。
たとえ毎日少しずつ強くなっていたとしても、それを検証なしで実感することは結構難しい。
そういう時にはやはり対照実験をするのがベストだ。
さっそく俺は木製ベッドのある部屋――もとい自分の部屋へともどって、床下からあのメタリックな拳銃を取り出す。
1ヶ月前は取り出すだけでも一苦労していた。だが今の俺にとってもまだかなり重いとはいえ、たしかに持ち上げやすくなっている気がする。
というか、1ヶ月前はそもそも持ち上げることすらできなかったはずだ。つまり……筋力は数値通り、しっかりと成長しているわけだ。
ただ……本当に2倍になっているかと聞かれたら、まだ頷けないな。
こう、量りのようなものがあればいいのだが、1歳児が親に「はかりあるー?」って聞くのはなにか違う。
ちゃんとした計測方法は別に考えるとしよう。
(筋力は2倍になったけど、まだしっかりとは持てないか)
全身に力を入れ、しっかりと踏ん張ってやっと銃を地面から浮かせられる。
こんな状態では銃の引き金を引くことは到底不可能だ。反動で脱臼どころか骨折までしてしまうだろう。
さてこの1ヶ月、俺はひたすらステータスについて検証を重ねてきたのだがそれによって色々と確信がつかめてきた。
・筋肉を鍛えると筋力が上昇する。
・肉体的に苦しいことや辛いことを耐えると耐久力が上昇する。
・ランニングやダッシュなど、足を使った訓練をすると敏捷性が上昇する。
・読書や考察で知識をつけようとすると知識が上昇する。
・身体を適度に疲労させた後で寝ると生命力が上昇する。
これがステータスの主な成長方法である。
生活をしている最中にも微々たる変動をしていることから、他にも成長方法はあるのだろうが、検証で確信を得た手法はこれくらいだ。
それと魔力の成長だけは例外的にトレーニング以外の方法で成長していることが分かった。
俺は銃をもとの場所にしまい、汗を拭うとお母さんのミラが作業をしているアトリエへと向かう。
「あら、ゼッタ。どうかしたの?」
「ママー、くだものポーションのみたーい」
「ふふっ、いいわよ。今持ってくるからちょっと待っててね」
子供っぽくお願いするとミラは作業中だというのに嫌な顔ひとつせず、俺に果物ポーションを手渡してくれた。
甘くて美味しい果物ポーション、そして魔力成長の元凶である。
魔力に関する特訓は一切していないにもかかわらず、魔力が成長している理由はこれなのだ。
これに気づいたのはつい最近のことだった。
もっとも関係ないだろうと思っていたものが成長のトリガー、今月一番の衝撃の事実である。
さらに2週間データを取り続けたことでようやく分かりそうな事実がもうひとつ。
俺はリビングで果物ポーションを飲みながら、手帳を取り出した。
折り目をつけたページに書かれているのは、トレーニングによって上昇した筋力と敏捷性の上昇量と、トレーニング前のそれぞれの%の値を表にしたもの。
そしてデータを取ったことで%の意味がようやくつかめたのだった。
(やはりステータス上昇量と%はおおむね比例しているか……これだけデータがそろえば間違いないだろう。)
なぜ%という単位がつけられているのか、考え続けたことで浮かび上がった仮説。
それはこの値が“成長速度”を表しているのではないかというものだ。
能力が成長すればするほどその成長速度は遅くなっていく。
そしてなにかの手段を用いれば成長速度は回復し、また能力を成長させられる。
なかなかどうしてゲーマー心をくすぐられるシステムではないか。
さらにその成長速度を回復させる手段については判明している。
それはズバリ――食事である。肉や野菜を食べたり、ジュースを飲んだりすることで成長速度は回復するようになっているのだ。
無論、果物ポーションも例外ではない。むしろ魔力や知識の成長速度に大きく貢献しているのがまさしくそれなのだ。
(これは、俺もポーションを作れるようになったほうがいいか……?)
事実、筋力や敏捷性は毎日重点的に特訓しているため、成長速度は赤字状態だ。
逆に器用や感覚など成長条件が分かっていないものの成長速度は延々と上がり続け、250%で頭打ちとなっている。
上がり続ける分には構わないのだが、下がり続けるのは非常に困る。
幸い、成長速度の減少はステータス上昇量に比例しているらしく、どこかのラインで減少しなくはなるだろうが……このまま放置しておくのもマズい気がする。
そのために――特定のステータスの成長速度を回復させるポーションを自作できるようにしておきたい。
ただし問題もある。それは魔法銃師である俺がポーションを作成できるかという点だ。
小耳に挟んだことだが、この世界の住人はステータスの存在を知っており、自分の職業も理解している。
そしてミラの職業はどうやら『薬師』のようなのだ。だからポーション作成は専門分野なのである。
しかし俺は魔法銃師――ポーション作成は間違いなく専門外の技術だ。
職業のあるゲームは、専門外の技術は習得するのが非常に難しいか、あるいはそもそも習得できないかのどちらか。
この世界では……どうなのだろうか。
(まあ、試してみる価値はあるか)
手帳をパタンと閉じた俺は、空のポーション瓶を持って立ち上がり、よたよたとアトリエへ向かったのだった。
どうも、井浦光斗です。
今回は一言……というより物語の補足みたいなものです。単刀直入に言いますが、ここでの主人公の考察は少しだけ間違った点がございます。どこの点が間違っているかはネタバレなのでノーコメントです。(気になる方は是非考えてみてください)
それと、なんとポイント総合順位が6位を記録しました!
読んでくださった方々には感謝以外なにものもないです。
各話ごとにポイントはつけられるので、「この話ええやん」と思ったらぜひぜひお願いします。
では重複することにはなるのですが……
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