初めてダンジョンに訪れ、スライムを討伐してから2ヶ月ほどの月日が流れた。
腕や脚が凍てついてしまう冬も徐々に去っていき、どこからともなく春の足音が聞こえ始めている。
けれどまだ朝は寒い、クリフトからもらった子供用の狩人装束を着ていないと身体の震えが止まらなくなってしまう。前世でも寒いのはとことん苦手だったが、俺自身の特徴は異世界に転生しても受け継がれているらしい。
「……やっぱり、朝でも結構冒険者はいるんだな」
木々に隠れながらダンジョン『四季の空洞』の正面入り口を観察する。
俺が初めてクリフトとダンジョンに訪れた時、時刻はだいたい昼過ぎだった。それと比べれると人の数は大分少ないが、それでも忍び込むには難しいくらいには大人の目があった。
折角レベル上げを円滑にすすめるために、【射撃】スキルの向上や【魔弾作成】の属性付与の訓練、そしてポーションも飲める程度にはまともな物を作れるようにしたというのに。
魔物とまともにやり合える場所がなかったら意味がないじゃないか……。
そもそもなんでこんなにも大事なことを忘れていたんだ。冒険者ですらない俺が普通ダンジョンに入るには冒険者の同行が必須条件。
つまりダンジョンに入って魔物を狩るならば、誰かに本当のことを打ち明けて手伝ってもらうか、あるいは衛兵の目をかいくぐってダンジョン内部へと潜入するかの二択しかない。
だから……俺はこうして親にとなりの林で遊んでくると嘘をついてまで、この『四季の空洞』へと訪れているのだ。
(どこかに、上手く隠れる場所とかないのかなぁ)
目を凝らしてそれらしき場所を探すが、やはりダンジョンは相当な危険な場所らしく、かなりの衛兵が辺りに異常なことが起きないか目を光らせていた。
入り口周辺だけでも10人前後はいる……あれに見つからずにこっそりと入るなんて至難の業だぞ。
それに入れたとしてもダンジョンに入るための入り口、通称転移キューブのある部屋に通されるまで幾らか待たされた記憶がある。転移キューブは内部に幾つか存在するとクリフトに聞いたが、それも全て人の手が加えられたことで部屋に区切られており、侵入するのは難しい。
さらに入り口は複数あるくせにダンジョン内部の転移キューブに触れて、こちらの世界に戻ってくると皆同じ場所に転移する――つまり出口は共通なのだ。だから仮にダンジョン内部に入れたとしても、出口で見つかってしまうだろうな。
要するに何が言いたいのかというと……正面からダンジョンに潜入するのは不可能だという結論にたどり着いたということだ。
この成功確率が圧倒的に少ない方法を取るのではなく、なにか別の策を探したほうが絶対にいい。
かの源義経だって、一ノ谷の戦いで攻められないと思われていた断崖絶壁を馬で駆け下りて、襲撃に成功している。
正攻法だけが勝利につながるとは絶対に思わないことだ。
(裏口のようなものは……あったりしそうだけど)
けれど仮にあったとしたら、どうしてそこは今まで見つかっていなかったのかという疑問が浮かぶ。
あそこまで厳重に管理しているのだから、地形や内部はあらかた把握されていると思う。けれど、今賭けるとすれば裏口潜入だな。
そう思って立ち上がろうとしたその時だった。突如、俺の背後の茂みが大きな音を立てて揺れ始める。
そしてその茂みから2体の緑色の皮膚をした人型魔物、ゴブリンが姿を現したのだった。
(こ、コイツら……タイミング悪すぎだろ!)
流石に冒険者や衛兵が近くにいる中で俺の相棒アイザックをぶっ放すことはできない。となると、ここは木刀で応戦するしかなさそうだ。
俺は木でできた刀を握りしめると斬る――のではなく叩きつけるように攻撃を仕掛けた。
鉄の刃でさえ皮膚を斬りつけるのがやっとだというのに、木刀ごときで敵の身体を斬り裂くのはそもそも不可能な話だ。だから刀としてではなく、一種の棍棒としてあつかうのが望ましいだろう。
ゴブリンが騒がしい声を出す前に、俺は体の部位で最も大きい頭に狙いを定め、跳躍と合わせて上段から木刀を叩きつけた。そして横薙ぎされた棍棒を躱しつつ、もう一匹も気絶させるまで頭を殴りつけ、泡を吹かせた。
西洋剣だって斬る武器ではなく叩き潰す武器と言われているくらいだからな。これが長剣の類を扱う上でもっとも理にかなった正しい戦い方なのだろう。
「……騒ぎにならなければ、いいんだけど」
そそくさとゴブリンから魔石を回収したその直後、想像していた最悪の事態に俺は直面してしまうのだった。
「あっ、君……大丈夫? 何かあったのかい?」
背後から近づいてくる人影。魔石をすぐさま懐に隠すと、俺は直様2歳児モードに切り替えて後ろを向いた。
するとそこには、初めてダンジョンに入った時に挨拶をした爽やか衛兵、オズワルドの姿があった。
まずい……っ、このままでは彼らに保護されてしまうぞ。
「あっ、君はもしかて……ゼッタ君かい? こんなところで、何をしているの?」
「オズワルドさん。どうもこんにちは。えっと……この辺りでパパを見かけませんでしたか?」
「クリフトさん? 今日は見てないけど、もしかしてはぐれちゃったのかな?」
「……うん」
……何も考えるな。とにかく迷子になった2歳児を演じるんだ。
そうすればきっと、勘付かれなくてすむはずだ。俺が普通とはかけ離れた異常な2歳児であるという事実に。
「そっか迷子かぁ。……家までの道は分かるかい?」
「うん。でも、パパの魔物を倒すところ見たいから、僕パパを探すよ!」
そう言うと、俺は全速力で森の奥を目指して駆け始めた。
「あっ、ちょっとゼッタ君!?」
こんな場所で保護されて両親に怒られるとか、溜まったもんじゃない。
とっさにオズワルドが止めに入ろうとするが俺は振り返ることなく、自分の出せる限りの力でその場から逃げた。
身体は小さいから上手く身を隠せばまだ可能性はあるかもしれない。それだけを考えて、俺は低木や茂みを掻い潜り、できるだけ遠くへと走っていったのだった。
「っ、追いかけないと」
ゼッタがものすごい速さで去っていく姿を見たオズワルドは、腰を低くすると地を蹴ろうとした。
弱いとはいえここは魔物が生息する森、そんな場所を子供一人で歩かせるわけにはいかなかった。
しかし彼の足が前に出ることはなかった……なぜならオズワルドの視線の先に、ゴブリンの着ていた布が落ちていたからだ。
「……ゴブリンの死体?」
さきほどまでゼッタが立っていた場所、そこにそれは落ちていた。
それが示す答えがなにか、真面目に仕事をこなしている一等級兵の彼が気づかないわけがなかった。
「まさかね」
けれど、その言葉は彼が現実逃避をするための口実としか言えなかった。
ここまで読んでくださり、本当に感謝感激です。
頑張って続きを書かせていただきますので、よろしくおねがいします。
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