「はぁ……、はぁ……」
息切れするまで木々の隙間を縫って走り続けていた俺は、体力の限界とともにその場に座り込んでしまった。
たとえ頭脳が大人並みにあっても所詮は子供。どれだけステータスが高かろうと、身体の成長速度が前世より少し早かろうと、まだ3歳未満の子供なのだ。
自身の能力に身体がついてこれていないとでも言ったほうがいいだろうか。
「ステータスを伸ばしても、こんなものなのか……?」
俺は少しばかりステータスへの不信感をつのらせていた。
たしかにゲームの世界はステータスという情報によって全てが成り立っている、ステータスが物事の優劣を決めてしまうといっても過言ではない。
しかし、果たしてこの異世界にもそれは通じるのだろうか……。
ゲームの世界だからといって、人々の意思をステータスとして表すことは本当に可能なのだろうか。
もしかしたら俺の知らないステータス以外のなにかが関わっているかもしれない。
――目の前のことにだけ囚われてはいけない、物事の全容を捉えるんだ。
ふと俺はとあるプロゲーマーの言葉を脳裏に蘇らせた。
あれは格ゲーの世界大会に向けて、コンディションの調整がてらチームメイトと練習試合をした時だったな。俺のちょっとしたミスに対しての、その人の心優しきアドバイスだ。
当たり障りないけれど、確実に的を射ている……。感覚的な問題ではあるが、あの時の俺に新たなる成長をもたらしてくれた言葉だった。
「真実は簡単に捉えられるほど、単純なものではない」
長い溜め息を吐き出すと、俺はゆっくりと立ち上がって身体についたほこりを払い落とした。
真実なんてものは見つけようとして見つけられるものじゃない、俺の好きなキャラの名台詞だ。
真実は偶然でしか見つけられない……。さらに言えば、たとえ真実を見つけたと思っても、その物事が真実かどうかを確かめるすべを残念ながら俺たちは持っていない。
だからこそ、何事も疑ってかかることが大事だ。それが世界の理であったとしても……。
「……おっと」
前へと歩きはじめようとした直後、俺は足元にあった石につまずきかけた。
危ない危ない……転んで怪我をしたうえにライフが削られでもしたら、溜まったもんじゃないからな。
安堵で胸をなでおろした俺は、足元の石をどけてから前へと進もうと思ったその時だった。
どこからかひんやりとした風が俺の頬をなでた。しかもただの風ではない、それはどうやら足元から吹き出ているようにも感じる。
「この辺りに洞窟でもあるのか?」
上から風が吹き下ろしてくるならまだしも、地面を突っ切って風が吹いてくるなんてことはありえない。この下の空洞でもない限りはな。
それに足元に並ぶ石……自然にできた配列にしてはどうも妙だ。丸石がここまで規則正しく並ぶものだろうか。
気になった俺はすぐさま辺りの探索を開始した。
衛兵のオズワルドに追われている途中とはいえ、気になったことを放っておける質でもない。それに見つかったらまた逃げればいい、見つかることを恐れるようではメンタルがもたないだろう?
「不自然に音が反響するな」
地面の石を足で叩きながら、辺りをくまなく探索する。
傍から見たら変な遊びをしている怪しい子供、そんな状態を続けること十数分、俺の予想通り地下へとつながる岩の裂け目を発見したのだった。
「これは……探索しがいのありそうな洞窟だな」
もはや気分はダンジョン探索中の冒険者だ。
俺はふところから魂武器のアイザックを取り出すと朱色のオーラを纏った弾を一つだけ生成させて、シリンダーに詰める。
そしてそこの辺りに転がっている適当な木の枝に向けて発砲したのだった。
すると銃口から発射された朱弾は、着弾するやいなやわずかではあるが燃え上がり、灯火を点けたのだ。
魔法発動のプロセスの一つ、属性付与――それを【魔弾生成】時に行うことで、属性を持った魔弾をつくることに成功したのだった。
まだ俺は魔法の中で最も簡単な二属性と言われている火属性と氷属性のみしか扱えていない。
しかし、想像次第では自分好みの属性を付与することもできるそうだ。ただその分、魔法を相当極めなければ扱えないけどな。
「松明にしてはまずまずだ」
それを片手に俺は臆することなく岩の隙間へと入り込んだのだった。
空洞は想像していた以上に広かった。自身の足音が何重にも反響し、松明もどきの明かりでは全て照らせないほどだ。
地下水が壁から湧き出て泉を作っていたり、鍾乳石のようなものがあったりと自然の洞窟っぽい雰囲気を醸し出していた。
だが実際はどうだろうか……はたしてこれは本当に自然が生み出した景色なのだろうか。
少なくとも俺はそう見えない。まるで誰かがそう“設計”したテーマパークのような、自然を排除した言いしれぬ不気味さがあった。
――仮に人工物だったとして、なぜわざわざこんなものを作ったのか。
その素朴な疑問がこの風景に違和感と気持ち悪さをもたらす。
嫌な予感を抱きつつ、意地でも引き返そうとしなかった俺は空洞の奥へと進んでいった。すると、自然まがいな風景から一変して、突如真っ黒でメタリックな階段が姿を現し、俺を上へと導こうとする。
「これ……もしかしてダンジョンか?」
黒地に赤い幾何学的で機械チックな模様が描かれた階段、それに見覚えがあった俺はそう呟いていた。
たしか、外見が黒い立方体のダンジョンは、傾いて鎮座しており4分の1ほど地面にめり込んでいたな。
だとするとここは……ダンジョンのうち地面に埋まった場所と考えるべきか。
「人工物、ダンジョン……」
この空洞はダンジョンへの道をつくるため、誰かが意図的に作った。そう考えるのが、今のところは自然だろうな……。
わざわざ自然に酷似させる理由はよく分からないが、強いて言うならこの場所を“隠蔽”するためだろう。
俺は覚悟を決めると、ダンジョンへの階段を一段ずつゆっくりと登り始めた。
言いようのない気配が漂っている。まるで俺をこの場所から遠ざけようとしているかのように……。
そして数十段に及ぶ階段を登り切り、俺はダンジョン内部へと潜入することに成功する。
前回、俺がクリフトと訪れた時のダンジョンは冒険者や衛兵たちの喧騒が響いていた。だがこの場所は上とは違ってとても静かだ。自分の足音と息づかい以外に聞こえるものはない。
冷たい風が上から吹き下ろして、俺の全身から熱を奪っていった。
これこそが地面から吹き出ていた風の正体といったところか。声は聞こえないがきっとここのどこかと上の階がつながっているのだろう。
「この場所は、一体……」
灯りのついた木の枝を握りしめると、俺は冷や汗を拭って辺りをキョロキョロと見回した。
誰かいるかも知れない、そんな得体の知らないものへの恐ろしさをわずかに抱いていた。
そしてその予感を肯定したのか、俺の目の前に金色の輝きを放ったルービックキューブが現れる。
子供心からすればとてつもなく広く感じる大広間、その中央に赤い転移キューブよりも一回り大きいそれはゆっくりと回転しながら浮かんでいる。
異様な音やオーラはなにもない。ただ静寂だけがその大広間を支配し続けている。
「本当にあったのか? ダンジョンへの裏口が」
衛兵たちなら探し尽くしていてもおかしくはないと思っていたし、もしかしたら見つけられるかもしれないという淡い期待もしていた。けれどそれは都合よく現実となり、俺の手前に存在している。
「この大広間……上の階の転移キューブと転移出口がある場所に酷似しているな。違うところを挙げるなら、キューブが一つしかないこと」
となると恐らく、俺はこのキューブに触れたらダンジョンへと転移できるだろう。
しかし、その先が『四季の空洞』とは限らない。もしかしたら全く別のダンジョンが延々と広がっているかもしれない。それこそ、今の俺では勝てないような魔物が蔓延している世界かもしれない。
だからこそ――俺の選択はゆるがない。
「……面白い。行ってみようじゃないか」
非日常や刺激を常に求め続ける狂人、それが俺こと白峰凪であり、ゼッタなのだから。
どうも、井浦光斗です。
本日の小説ですが、実を言うと改稿執筆にいつもの2倍くらいの時間がかかりました。
なぜなら、小説を書いていたらサイトから強制的にログアウトされて、2000文字くらいが虚構の彼方へと消えてしまったからです……。
途中で保存しなかった自分も悪いですけれど。頼む、それだけは勘弁してくれ!
(今後は反省して、サイト直書きはしないです)
ではまた次回、乞うご期待ください。
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