夜。自宅にて。私の部屋に置かれているパソコンの前に座り、VTuberの配信を観ている。
『えっ、へっ? 牛、死んだ……ちょっと、えっ、待って、目の前で、ちょっ、え、牛とスノーマンさ、目の前で、死んだんだけど。ちょッちょッちょッ』
落雷により、拠点にて柵に囲まれ閉じ込められていた牛とスノーマン、それから、彼女の操るアレックスが、燃え尽きて死んだのは、マインクラフトの世界の中での出来事であって。
このわざとらしい配信実況スタイルは、間違いなく、すぐ媚びて謝っちゃう小見川詩音ちゃんの声から成り立っていた。
死んだはずの、詩音ちゃんが――
――人気ライバー『仄白ほのか』として、マインクラフトの配信をしている。
詩音ちゃんのことを大好きだった私だから、彼女の声質であると断定できる。
大手Vtuber事務所『ナナイロウバイ』に所属する、仄白ほのかちゃん。
聴き間違えるはずがない。たまたまタップした配信動画。
『なんか教会』と、マインクラフト内で建築した教会の屋根に落雷したと同時に豪雨が晴れたシーンに、ゲラゲラと素の笑い声を漏らしたあとすぐ、また元の媚びるような声質を取り戻して騒ぎ出す。
『えっ、教会、えっ、ちょっと、燃えてるん、なんか燃えてるんだけど、え、待ってちょっ、屋根燃えてるんだけど、教会の屋根燃えてるんだけど!』
と、Live2Dで出力されたガワの目が細くなる。にやける口も三日月の形になり、喩えるならまるで足湯に浸かった瞬間のような、恍惚の表情を見せる。
「詩音ちゃん……」
あからさまにわざとらしく「自分いま世間一般的に慌てふためいていると解釈されるよう振る舞っていますよアピール」なんかしながら言い直されちゃうと……。
駄目だよ。
ますます詩音ちゃんが、本当に生き返ったんだと錯覚しちゃう。
目頭が熱くなって、今すぐにでも逢いたくなっちゃう。
◇◇◇
詩音ちゃんは、自殺した。
電車が到着しようとしているところ、駅のホームから線路内に飛び降りた。
そんな迷惑な死に方をするような子じゃなかった。
◇◇◇
夕方。晴れ。橙色の空。
詩音ちゃんの葬式にて。
僧侶に一礼してから、ひとつまみの抹香を、香炉の炭にくべる。
みんな、黒い喪服に身を包んでいる。むしろ、神聖な雰囲気が漂っていた。喩えて比較するなら、朝の通勤ラッシュの、くすんだ色をした慌ただしさのほうが、陰鬱に思えた。
そう思っておかないと、泣いてしまう。
「生前は、お姉ちゃんと仲良くしてくださって、ありがとうございます」
小見川久遠ちゃんがいる。
詩音ちゃんの妹だ。
久遠ちゃんは、姉と似つかない、低く暗い声をしている。ボイスチェンジャーだけでは、詩音ちゃんの声は、絶対に再現できないだろう。
◇◇◇
家に帰った私は、久々に、亡き母の仏壇に線香をあげる。
洗濯物を取り込もうとしたとき、転んで、ベランダから落ちたらしい。
とりあえず置いてある仏壇。
虐待を受けてたから母のことは憎い。
幸いにも、里親夫婦は優しくて、今の家にすっかり定着している。
死生観についてなんとなく考えたいから線香を突き刺したけど、これといって何も思い浮かばないし、詩音ちゃんが二度と帰らない事実も変わらない。
◇◇◇
昼休み。窓際の席から望める青い空。
県立秩父高校。教室にて。
「めっちゃオシャレ可愛い!」
「無理!」
ケーキの画像が添付された投稿を眺めながら、ふたりしてガヤガヤしている休み時間の教室内にて、つい、姦しく叫んでしまった。
カフェで撮ったであろう、ミックスベリーとマスカルポーネのケーキが映ったほのかちゃんのツイート内容を、朋佳ちゃんが見せてくれて、そういえば、頭がごちゃごちゃしてて、ほのかちゃんのツイッターをフォローしてなかったなと思い、フォローする。
「それとね、どうやら『仄白ほのか』ちゃんの、中の人の住所がね、特定されたらしいんだ」
と、朋佳ちゃんから画像を見せてもらう。
高校の親友である友川朋佳ちゃんも一緒に、あの、声が詩音ちゃんに似ている仄白ほのかちゃんを、ふたりして推すことになった。
「これ違くね?」
私と朋佳ちゃんが、ふたりして映っている自撮り画像を見せてもらえた。朋佳ちゃんの、先天性の涙袋が可愛い。我ながらよく撮れてると思う。
「あっ、ごめん、こっちこっち!」
と、画面に指を滑らせる朋佳ちゃん。
「……本当に、ここなの?」と、私は、誰にともなくしらを切る。
本当に、ここだ。
詩音ちゃんの実家の、綺麗な一戸建てが映った画像を見せられた。
「中の人は女子高生っていう噂だよ。声がそっくりな同級生がいる! って人がさらしたらしい。まだまだ噂段階だけどね」
朋佳ちゃんは得意げに続ける。
「それでさぁ……一緒に凸、行かね?」
「ごめん。行けない」
行けない。
「え」
「本当に、ごめんね、行けない」
行けるはずがない。亡くなった詩音ちゃんの家に行ったら、匂いとか面影とか絶対に残ってて、もう後を追わずにはいられなくなりそうだから。
「あ……分かった、分かった。私も無理に誘おうとしちゃってごめんね。私、ひとりで行くね! 怜那ちゃんにも報告するから!」
「うん。報告待ってる。ごめんね。ありがとう」
「いいっていいって!」
◇◇◇
昼休み。学校。教室にて。
「どうだった?」
私は、朋佳ちゃんから、凸により得られた情報を引き出そうとした。
「……」
朋佳ちゃんは、コーティングされた錠剤を誤って噛み砕いてしまったかのような、苦い表情をして答えた。
「違った。本人じゃなかった。中学生の女の子が出てきたけど、そんなこと全く知らないってさ。Vtuberの配信自体を観ないみたい」
久遠ちゃんのことだ。
「そっか。まあ、いいんじゃない。多分、その特定内容が間違ってるんだよ」
「……そうだよね!」
ホッとする一方、拍子抜けした。
仄白ほのかちゃんの声は、やはり詩音ちゃんの声によく似た、別の誰かなのだろうと、自分自身に言い聞かせることにした。
◇◇◇
放課後。帰宅後。自宅にて。
自宅の電話が鳴った。ディスプレイには、公衆電話と表示されている。
『私、配信やめようと思うの』
間違いなく、死んだはずの詩音ちゃんの声だった。
『羊山公園で待ってる』
詩音ちゃんは、ほとんど一方的に、情報量の少ない通話内容だけを私に押しつけてから、電話を切った。
行かなきゃ。
真実を、確かめるんだ。
◇◇◇
昼過ぎ。羊山公園にて。
「メェェ」
「んめぇぇ」
「うんめぇ」
ふれあい牧場にいる。ハンドボールのコートの、一つと半分くらいの大きさの牧場には、日本コリデール種が数匹くつろいでいる。
「みんな、ハンサムな髪型してるね」
私は彼らに、その辺に生えていた草を食べさせながら、電話の声の主を待った。注意書きにあるとおり、ヤハズエンドウや桑の葉は与えていない。
『怜那さん!』
詩音ちゃんの声がした。
私は、名前を呼ばれた。
詩音ちゃんの声が、私の名前を呼んだ。
「――」
振り返る。
「えへへ。そんなに驚かないですよね」
久遠ちゃんがいた。
私は驚いたよ。
「まあ、予想通りというか、ありきたりな展開というか。私以外あり得ないんですけど」
そこにいたのは、妹の、小見川久遠ちゃん。
私の大好きな親友の、小見川詩音ちゃんは、やっぱりいない。
「私、ちょっと媚びるだけで――」
普段の、久遠ちゃんの声質は、詩音ちゃんのそれと、似ても似つかない。
『お姉ちゃんの声を、そっくりそのまま真似できちゃうんですよ』
嘘でしょ。
馬鹿ばかしい。
配信者がよく、媚びるような声音を出すとは聞くけれども。
『けど、お姉ちゃんは、公の場でもプライベートの場でも、ずっと、媚びることを強制されてきたんですよね――』
ほんのちょっと、女の子として当たり前に、媚びただけの声で?
「あなたのせいで」
でも、一方で私は、詩音ちゃんの媚びへつらう声が好きだったし、ずっと聴いていたいとさえ思っていた。でもでも。私ともあろう者が、大好きな親友の声が本人のものかどうかすら、聴き分けられないなんて。――え?
今、何て言った?
「お姉ちゃんの遺した、手紙があるんです」
久遠ちゃんから、横長の白い封筒を手渡された。
「とりあえず今、渡しておきます」
詩音ちゃんからのラブレターみたいだと思ったが、心臓が不気味な何かに、きゅッと弱々しく握られたような気がしただけで、素直に喜べなかった。
「家に来てください。お姉ちゃんについて、怜那さんに言いたいことがあります」
手紙は、紫のアネモネがデザインされたテープで封をしてあった。
花言葉は、あなたを信じて待つ。
◇◇◇
夕方。射し込む橙色の陽光。亡くなった詩音ちゃんの部屋にて。
「お姉ちゃんが生きていた、という証を、しっかり残しておきたくて」
妹の久遠ちゃんが、姉の声質を真似て、VTuberを始めた理由を言い始める。
「Vtuberとして受肉して配信したら、本当に、姉がすぐ隣にいて一緒にゲームしてるような気がして、姉と一つになったような気がして……もう、辞められませんでした。まさか、怜那さんが観てくださっているなんて、思いもしませんでした」
桜色の可愛らしいデスクトップパソコンには、カービィと、どうぶつの森のリサのぬいぐるみが、熱暴走を助長せぬよう配慮して添えてあった。
「それと、怜那さんを呼び出したのは、怜那さんが、お姉ちゃんに成り済ました私の配信を観ていると、確信したからです」
モニターの上側から伸びている、フェイスモーションキャプチャーと思しき小型カメラを、指先で撫でながら、久遠ちゃんは続ける。
「オフ会で、――というか近所の高校に通う方でしたけど。友川朋佳さんと会ったとき、その方のスマホの待受画面に、友川さんと怜那さんが映った自撮り画像が使われているのを偶然目にして、友川さんに、あなたとの仲を訊ねてしまいました。そのときに、あなたが私の配信を観ていると知りました」
仄白ほのかちゃんが特定されたと、教室内で朋佳ちゃんから教えられたときに見せてもらった、私と朋佳ちゃんとで、ふたりして映っている自撮り画像のことだろう。
「せめて、部屋だけは綺麗に保っておこうって思って。お姉ちゃんの部屋の掃除をしていたら、さっきの手紙を、見つけたんです。読んでみてください」
私は、紫のアネモネのテープを、努めて丁寧に剝がし、中身を取り出した。それは、ミシン目に沿って切り取られた大学ノートの一枚のページだった。
◇◇◇
怜那ちゃんへ
私は、怜那ちゃんのことが、大好きです
けど、謝らなきゃいけないことがあります
大好きな怜那ちゃんに、不愉快な思いを、これ以上してほしくなくて、私はずっと、自分の声質を偽ってきました
本当に、ごめんなさい
自分を偽る。女優であれ。女の子として当たり前な感情だと、始めたばかりのときはそう信じきっていたけれど、次第に、つらいな、と思い始めてしまうようになってきました
でも私は、一生忘れません。自分のエゴだけで勝手に媚びへつらうような声を出しているだけの自分なんかより、怜那ちゃんのほうが、よっぽどつらい思いをしてきたんだってこと
怜那ちゃんが虐待を受けてきたことを、一生忘れません
怜那ちゃんのお母さんを殺してしまったことを、一生忘れません
今から、私の本当の気持ちを書きます
……
私が、怜那ちゃんのお家に遊びに来ていたある日のことです
トイレから戻ろうとしたら、女の人の怒鳴り声が、怜那ちゃんのいる部屋からしました
扉をちょっとだけ開けて覗くと、三度も、怜那ちゃんの頬を叩く母親の姿がありました
そのときに決心したんだ
あいつを殺そうって
いつか、タバコの火を押しつけられたって、学校のトイレでこっそり背中を見せてくれたよね。その時点で気づいてあげられなくて、ごめんね
ずっと機会を窺ってた
私が、怜那ちゃんのお母さんを殺したその日も、いつものように私は、怜那ちゃんのお家に遊びに来てた
怜那ちゃんがトイレに行っているあいだに、実行した
怜那ちゃんのお母さんが、洗濯物を取り込もうと、ベランダに出たときを狙った
そっと背後に忍び寄り、そいつの足首を、思いっきり引っ張った
バランスを崩したそいつは、ほとんど自分の体重だけで落下し始めた
……
本当に、本当にごめんなさい
私は、一生忘れません
詩音より
そう。一生忘れない
あなたのために、媚びてるのに
自分で勝手に、好きで、媚びてるのに
なのに
どうしよう
つらいよ
助けて
ごめんね
さようなら
◇◇◇
〝そう。一生忘れない〟から先は、明らかに、久遠ちゃんが新たに書き足したものに違いなかった。
一方で、久遠ちゃんの憤りが、真っ当な心の叫びであることをますます思い知る。
手紙に書かれた〝あなたのために〟という文言から、私は、虐待する実母の面影を、罪深いとわかっていても重ねてしまった。
◇◇◇
「あなたのせいですよ」
目頭が熱くなり、貴重なページを涙の雫で濡らしてしまう。
「あなたのせいで、お姉ちゃんは、自ら命を絶って、亡くなったんです」
私の涙が、詩音ちゃんの可愛らしい文字を形成しているインクを滲ませてしまう。
「お姉ちゃんは、あなたのことを想って、あなたに気を使って、使い続けて、媚び続けて……疲れて、でも、やめたら、自分が、あなたの母親をわざと死なせたことがバレるんじゃないか、そう危惧して……疲れきって、自殺したんです」
日記を見つけて読んだ久遠ちゃんが、私のことを思い浮かべながら、私に向かって皮肉的な誠意を示しつつ配信していたのだと、独りよがりに私は想像する。
「バレやしないのに。でも、私にはわかるんです。お姉ちゃんは、そういうひとですから。悲しいくらいに、物事にとり憑かれるひとなんです……」
久遠ちゃんの、内容に反する優しくて温かな口調は、しかし、私に対する建前にも思えた。
「私は、許せません。お姉ちゃんの親友として、ずっと傍にいたはずのあなたが、そのことに全く気づかなかったことを。そして、お姉ちゃんの妹として、ずっと傍にいたはずなのに、そのことに全く気づけなかった、私にも」
あなたも同じ目に遭えばいい。
という本音を隠す建前に。
「そういえば。お姉ちゃんが生前、あなたに渡したいものがあったんですけど、タイミングが合わなかったみたいなんです。これなんですけど」
久遠ちゃんは私に、四角いお菓子の缶を手渡した。手に取った瞬間、中で何か重たい物が転がり、缶が、床に引っ張られるような挙動をしたため、危うく落としかけた。
◇◇◇
夜。自宅の自室にて。
パソコンの前に座り、VTuber・仄白ほのかちゃんの、ゲーム実況配信を観る私。
「地声配信、解禁しま〜す!」
この声は、久遠ちゃんの声。
「付き合、えっ、どういう意味ですか。付き合うって、え……うふふっ、うふ、あはは、あはっ、あははははっ! うふふふふっ! 無理ぃぃぃぃ無理無理無理無理いいいい!!」
原神をプレイしているときの配信で、ゲーム内のタルタリヤというキャラクターに会うイベントを鑑賞する――ほのかちゃんの様を、私は鑑賞する。Live2Dで出力されたガワの目と口が、ぱぁッと広がる。まるで久しぶりに友人からサプライズプレゼントを貰ったときのように明るい表情だった。
「快楽を味わいたいだけだから付き合ってくれって、これだけ読むとクソ野郎だけどさぁ、もう、無理ぃ、好き! 好きすぎる! 付き合います! 痛いのも我慢するし隙だらけにだってなります!」
けど、私の眼にはその表情が、私に対する皮肉としか映らない。
詩音ちゃんの声は、もう二度と聴けない。
正真正銘、詩音ちゃんは他界したんだ。
「……」
詩音ちゃんの遺した、お菓子の缶を開ける。
深い赤紫色の瓶があり、白い錠剤がたくさん入っていた。
『これ、飲むと気分がよくなります』
詩音ちゃんの字でメッセージが書かれた手帳サイズの紙も、添付してあった。
湿疹や鼻炎に効く、市販薬だった。どちらも症状が出てない。
が、詩音ちゃんの意図を、そのとき全て理解した。
「これやるのめっちゃ久しぶり。笑う」
か細く独り言を発しながら私は、磁製乳鉢のセットを用意する。
それを使い、50錠ほど、砕いて服用した。
◇◇◇
世界が、パステルカラーになる。
夜だったはずなのに、空は水色になっている。自然界に存在するような空色ではなく、恣意的な水色。
私は今、真っ白な道路の上に立っている。
黄色い花びらが、そこらじゅうを舞う。
道端には等間隔に若葉色のスピーカーが設置されていて、Aimerの『今日から思い出』が流れている。
桜色のバスや自転車が、私を避けて、背後から通り過ぎる。
『怜那ちゃん、行こっ!』
詩音ちゃんが、私の前にいた。
水色のロリータファッションに身を包んでいる、詩音ちゃん。
『待って――』
私が詩音ちゃんに向かって手を伸ばすと、手首まで包んでいる袖が、桜色であることに気づく。
ふと、右側のガラス張りの建物を見やると、そこに映る私は今、桜色のロリータファッションに身を包んでいることを知った。窓際の席に座ってダークモカチップフラペチーノを嗜んでいる、大人びていてすっごく美人のお姉さんと目が合い、にこッと手を振ってくれた。
『怜那ちゃん、どうしたの?』
『ううん、なんでもない。詩音ちゃん、行こっ!』
私は今、誰に見せても恥ずかしくない格好で、これから詩音ちゃんとデートに行くことを確信する。
◇◇◇
メリーゴーランドにやって来た。
水色のお馬さん、桜色のキリンさん、若葉色のライオンさん、黄色のダチョウさんが各々、一本の金色の棒で串刺しにされながらも、楽しそうな笑顔で廻っている。
詩音ちゃんは桜色のキリンさんに、私はすぐ隣の、水色のお馬さんに、それぞれ跨った。
詩音ちゃんが片手だけでキリンさんの首に掴まっていたかと思うと、落下しかけたのか、慌てて身を寄せ両手で首を抱きしめたときは、私もヒヤッとした。事なきを得たのをふたりして確信し、くすくす笑い合った。
◇◇◇
お菓子でできた家に来た。
私は若葉色のウエハースを、詩音ちゃんは黄色のマシュマロを、それぞれ手に取って食べた。
桜色のケーキでできたソファに、浅く座り、ふたりして凭れた。ふと気づくと、水色のクリームが詩音ちゃんの鼻についていたので、指で取って舐めちゃった。
橙色のスティック型クッキーで、ポッキーゲームをした。ちょっと、唇が触れ合った。互いに視線を逸らし、くすくす笑い合った。
◇◇◇
教会に来た。
聖堂で、詩音ちゃんとこれからナイトウエディングを挙げる。ジェレマイア・クラークの『トランペット・ヴォランタリー』が、パイプオルガンで奏でられている。
『誓います』
いつの間にか詩音ちゃんは、銀の縫い取りを施した藍色のドレスに、私は、金の縫い取りを施した紅色のドレスに、それぞれ身を包んでいた。
『誓います』
目を閉じて、詩音ちゃんと、静かに口づけをした。
◇◇◇
ベッドルームに来た。
薄紫色の床板と壁紙、若葉色のおもちゃ、黄色の観葉植物。
それから、ボードと天蓋が水色で、マットレスと毛布と枕が桜色の、ハートの形をしたベッド。
いつの間にか詩音ちゃんは、水色のもこもこしたパジャマに、私は、桜色のもこもこしたパジャマに、それぞれ身を包んでいた。
『怜那ちゃん……おいで?』
大好きな詩音ちゃんの、何かに媚びているような猫撫で声が、いつもより艶っぽい。
夜の営みが、これから始まるんだ。
私は吸い込まれるように、ベッドに飛び込んで――
◇◇◇
――麗沢怜那は、意図せずして、西武秩父駅のホームから線路内に飛び込んだ。じきに特急号が、怜那の上に到着した。
――了
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