酒場から宿屋に戻り、鏡の前に行くと、俺は指に嵌めていた神話級アイテム【変化の指輪】を外した。
瞬間――俺の顔は変化し、茶色の髪が黒髪に染まる。
「ふう、次はどんな顔にするかな」
鏡の前で呟く。
思い出すのは、この一年間姿を変えながら荷物持ちとして過ごしたパーティ。
ーー『深紅の鷹』の日々だった。
●
一年前。
俺は荷物持ちとして、Cランクパーティ深紅の鷹に入った。
そして初めて出かけたダンジョンで、俺たちはBランクモンスター【キングオーク】に出会う。
『グギャアアアア!』
突如現れたキングオークは俺たちを視認すると雄たけびを上げた。
リーダーのエレンが剣を構え、仲間に叫ぶ。
「なっ……なんでこんなところにキングオークが! くっそ! パドック! ミレーナ! 構えろ!」
(多分……こいつら全滅するな)
その光景を後ろで見ながら、俺は冷静に戦力差を分析していた。
深紅の鷹は、魔法剣士エレン。剣士パドック。魔法使いミレーナ。
バランスがいいパーティだが、まだまだ未熟。
キングオーク相手では数分持たずに全滅してしまうだろう。
(でも、折角このパーティに入ったんだしな。少しくらい手伝ってやるか)
――時を止めた。
ーーキングオークに斬り掛かろうと、ジャンプしたエレンが空中で止まった。
ーーキングオークの拳を受け止めようと、盾を構えるパドックが固まる。
ーーミレーナが発射した炎の魔弾が宙で静止した。
「あーもう。攻撃も防御も魔法も全然ダメじゃん」
俺は止まった世界の中で一人愚痴を言いながら、静止しているキングオークの元へと向かう。
まずはエレン。
「もっと角度はこう。それじゃキングオークの皮膚は切れん」
エレンの曲がった剣筋を素手で直す。
ついでに、アイテムボックスから聖剣を取りだし、エレンが切ろうとしている箇所に浅く切れ込みを入れておく。
次はパドック。
「盾構えるのが遅いんだよ。これじゃ死ぬぞ」
目の前までキングオークの拳が来ているのにも関わらず、まだ盾を構え切ってない。
体を動かして、しっかりと構えを取らせる。
最後はミレーナ。
「威力が低いなぁ……もっと魔力練らないと」
空中で静止している炎の魔弾に魔力を加え、威力を倍増させた。
……。
「……心配だ。もう少しやっとくか」
その後、まだ心配だったのでキングオークの背後に周りこみ、背中から心臓を一突き。
この時点でキングオークは死んだ。
はい、もう安心。
ーーそして元の位置に戻り、時間を動かす。
『グッ…?』
エレンの剣が豆腐の様にキングオークを切り裂く。
パドックの盾がキングオークの拳を防いだ。
ミレーナの炎がキングオークを焼き焦がす。
「お? おおおおおお! やったぞ! 俺たちでキングオークを倒したぞ!」
自分たちでキングオークを倒したと思い込み、喜んでいるエレン達に俺は話しかけた。
「早くここから逃げよう。またキングオークが出てくるかもしれない」
しかし、俺の願いは聞き入れなかった。
「はあ? 何言ってんだよ荷物持ち。また出てきたら倒すに決まってるだろ」
(しまった……やりすぎたか……)
エレン達は自身が付いたのか、その後もどんどん高難易度のクエストに挑む様になった。
そして、俺も一度関わってしまった以上引くに引けなくなってしまい、そのままずるずると荷物持ちをしながらサポートするようになってしまった。
――三年前魔王を倒した勇者だと話さずに。
〇
そこまで思い出したところで、コンコンと申し訳なさそうに扉をノックする音が聞こえた。
(……また来たのか、相変わらずしつこい)
軽く舌打ちをしながら扉へ向かう。
どうせ無視しても何度もやってくるんだ。
不死のストーカーっていうのは本当にたちが悪い。
俺は扉を開けて、オドオドとしている金髪灼眼の幼女を睨んだ。
「だから俺は冒険者をしながらゆっくり暮らすって言ってんだろ! 構ってくんな! ロゼ! 魔王の仲間になんかならん!」
「ヒッ……ヒイイイ~今日は仲間の誘いじゃないんじゃよぉ~」
俺が怒鳴ると、ロゼは頭を抱え、しゃがみ込みながら、そう言った。
いつもなら「儂の部下になって人間を滅ぼそう!」や「四天王に……興味ないか?」や「もう、側近でいいから来てくれ~!」なのだが今日は違うらしい。
少し興味が沸いたので聞いてみることにした。
涙目のロゼを部屋に招き入れる。
「国賓! 国賓でどうじゃ! 誰とも戦わなくてもよい! ただ儂の城にいるだけで良いんじゃ! お主が臨むものなら用意する!」
(あっ、それいい)
めっちゃ揺らいだ。
正直自分の力を隠しながら生活するのは、ストレスが溜まると思っていた所だったのだ。
荷物持ちは賃金は安い。貧乏暮らしをしなければならない。
もっといい暮らしをしたい。
「ふっ……ふぅ~ん。酒と女と煙草は? 男の全部。用意出来るんだろうな?」
「酒はドワーフに用意させる! 煙草もダークエルフが作った最高級の煙草がある! 女は……儂じゃダメかのぉ?」
「あ?」
「サキュバスを用意する!」
(……行こうかな)
国王……俺が魔王を倒したって言うのに、自由な時間も報奨金も渡さずに、その後すぐに他国との戦争の道具に使い始めるブラック王だったからな。
嫌すぎて魔王から奪った変化の指輪使って逃げ出したんだよなぁ……。
(何よりサキュバスはアツい)
「俺はいるだけ? 本当に何もしなくてもいいんだろ? 人間殺したくないし」
「本当にそれでいい! お主が儂の元にいることが重要なんじゃ! それだけで他の魔族への牽制が出来る!」
「……」
俺は無言で財布の中から銅貨を取りだして、ロゼに投げた。
「俺は行きたくないよ? だって元とは言えお前魔王じゃん? 弱ってるとは言え昔人間殺しまくったじゃん? 何度も殺し合いしたじゃん?」
「えっ……ええ~そんな~!」
「……でもさ? 逆に何度も殺し合いしたからこそ、仲良くなった部分はあるじゃん? 俺も元とはいえ勇者だしさ~困ってる奴見逃せないのよ」
「えっ……ええ!? って事は!?」
「だからコインで決めよう。お前が投げろ。表が出たら魔国に行ってやるよ」
「絶対表を出すんじゃぁ!」
ロゼはそう叫ぶと「頼む!」と願いを込めながらコインをはじいた。
ピーンと甲高い音を鳴らしながら上がったコインが、回転しながら落ちていく。
俺とロゼは、その様子を真剣に見守った。
「ああ……! 裏じゃぁ~!」
そして床に落ちたコインは……。
「はぁ~表か。しょうがない。本当は行きたくないけど行ってやるよ。本当は行きたくないんだけどな? 仕方なくだぞ? 仕方なく」
表だった。
「ああ! 本当じゃあ! 儂が見間違いしておった!」
相変わらず馬鹿だコイツ。
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