【完結】慰霊の旅路~煩悩編~

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佐波川トンネル(山口・山口市)

公開日時: 2022年4月9日(土) 22:48
文字数:9,885

2026年4月4日 土曜日 PM15時過ぎ

小野湖を後にした侑斗と吉岡は自身の御祓いを済ませてから次の目的地である佐波川トンネルへと向けてカーナビの音声アナウンスを頼りに車を走らせていた。


助手席に座る吉岡が侑斗に「小野湖、なかなか怖かったですね。山口県に数ある心霊スポットの中でも上位に入るぐらいのレベルなんじゃないんですか。小野隧道はちょっと微弱ながら浮遊霊がいたってだけで終わったんですけど、小野湖のあの周辺は間違いなく出ますね。投身自殺が多いってのも、街灯が少ないからこそあのオレンジの橋だったり、極めつけはやっぱりあの赤い橋ですよね。厚東川ダムの立入禁止の堰堤のフェンスからじっと見つめられるあの視線ってのも、小野湖一帯が自殺の名所としてカウントされる理由も分かったような気がします。僕はまだまだ霊能者として饗庭さんほど数多くの心霊スポットに足を運んでいるわけではないので、本当に今回饗庭さんと一緒に同行出来て、色々と学べる機会を頂けるってだけでも貴重な時間だと僕は思っています。」と話すと、侑斗は「まあ俺の場合は仕事で”行け”って言われたら断る理由もないから引き受けるしかないってのもあるんだけどね。九州だけに限ってみれば佐賀はまだ平和なほうだよ。戦時中に激戦地だった沖縄とか、凄惨な事件が相次いで報告されている福岡県とかは現れる御霊の訴えが全く異質だね。依頼があるかどうかは分からないが、仮にもし福岡県での心霊スポット巡りとなった場合、俺はまず力丸ダムとトンネル内に立ち入ることはできないが旧仲哀隧道を推奨したい。あと牛頸ダム、南畑ダム、日向神ダムと一緒に連れていきたいところはある。」と話すと吉岡は「福岡なら僕はまだ行ったことが無いのですが、皆さん口を揃えて旧犬鳴隧道のことを仰るじゃないですか。あそこだってかつて凄惨なリンチ事件があったことでも知られているし、最恐と言えばそっちのほうをまず最初に浮かびましたね。」と率直に思ったことを語り始めると侑斗は「宮若市側からだったら登山ルートになっているので、昔は旧犬鳴隧道と繋ぐ旧道に辿り着けたみたいだけど、ただ映画化された影響もあって、ルールを守らない若者達によるゴミの不法投棄や騒音などが問題になっており、また一部土地が私有地もあるため、現在は旧隧道への入り口が完全封鎖され近づくことすらできない状態になっている。柵を乗り越えることが出来ても旧道における落石や陥没などでとても歩けるような状態ではないらしいからね。」と答えると吉岡は「ははは。そりゃあ駄目ですね。現在は写真でしか眺めることが出来ないスポットの一つってことですよね。」と語ると侑斗は「昔凄惨なリンチ事件があったことや犬鳴村って都市伝説があるからこそ犬鳴峠は有名になった点は否めないと思うが、怖いところだと分かっているから実際に足を運んでみたいという気持ちも分からなくもない。ただ危ない目に遭ってまで行くべき価値はない。そんなことをするぐらいならば犬鳴ダムから眺める犬鳴峠でも見なさいと言うよ。心霊スポットとしてはまだまだ怖いってのが認知されていないけど犬鳴ダムだって十分怖いんだからね。」と語ると、吉岡は「そうですね。その通りだと思いますよ。」と理解を示した後に、佐波川トンネルについて語り始めた。


「昔まだホームビデオってのが主流だった時にテレビ番組で投稿された、これから肝試しに向かう若者が佐波川トンネルのとは紹介されていたが映像を見る限りでは恐らくあれはトンネルではなく佐波川ダムの堰堤を車で通過しようとした時に右側からスッと顔が出てくると、右側から”おいで、おいで”とばかりに手を振って手招きをしているという内容の映像だったと思うんですけどね。因みに噂される内容としては、霊に”おいで、おいで”と手招きをされたのでついていくと佐波川ダムの底に引き摺り込まれる、佐波川トンネル内で叫び声や呻き声が聞こえる、佐波川ダムの建設工事の際に5名の作業員が亡くなられたため、今でも殉職された作業員の方々の霊が出る、老婆の霊や黒い人影が出る、大原湖の湖面に霊が立っているなどありますね。一番有名な怪談話としては、佐波川トンネル内には”おいで、おいで”と手招きをする男性の霊が現れ、近付くと姿を消してまた少し離れたところに姿を現すと再び手招きをするとされ、何事もなくそのままトンネルを抜けると男性の霊の姿はなくなっており、振り返って再度トンネルの中に入っていくとトンネルの途中にある細い道から手招きをしてきた、気になりついていくとダムの底に引き摺り込まれてしまうので手招きを見たとしても無視をして真っ直ぐ突き進まなければいけないというのがありますね。また佐波川ダムもまた心霊スポットとして知られている場所のようでして、伝わっている噂としては湖面に人が立っている、老婆の霊が出る、手招きをする女性の霊をみたなどがありますね。あくまでも憶測の域にしか過ぎないのですが、老婆の霊が現れる所以の一つにダム建設の際に墓地を移動させたため、その墓地で眠っていた老婆の霊が現れたのではないかというのがあります。あとは、ダム湖周辺の道路では夜な夜な薄い影のようなものが徘徊しているという噂もあるみたいです。因みに佐波川ダムのダム湖の別名は大原湖っていうみたいですよ。」


吉岡の話を聞いた侑斗は鼻で笑いながら「俺も手招きをする男性の霊の話は聞いたことがある。佐波川トンネルを語る上においては、まず出てくる有名な怪談だよね。ある人は男性の霊を殉職された作業員の霊ではなかろうかという見立てをする人が中にはいるのだが、一応可能な限り調べてみたけど、落盤事故で作業員の方が5名亡くなったのは事実で佐波川ダムの堰堤に向かうまでに亡くなられた作業員の御霊を弔うための慰霊碑が設置されてある。そのためにトンネル内ではラップ音が聴こえたり、白い車で通過すると事故に遇う、心霊写真が撮れやすい、佐波川ダムのほうでは白い影がおいでおいでと手招きをして現れるという、それが恐らく投稿されたホームビデオの真偽ならば、男性の”おいで、おいで”と手招きをした後にダム底へ引き摺り込むというのはどこか違う心霊スポットから派生した可能性も捨てきれない。」と話すと吉岡は「それじゃあ”おいで、おいで”と手招きをする男性の御霊の正体って饗庭さん的にはどんな幽霊なんだと思いますか?」と訊ねると、侑斗はこう答えた。


「仮にもし殉職者の御霊ならば、完成してから亡くなられた方がいたにも関わらずに慰霊碑の一つも設置しないまま運営を開始した場合、亡くなられた方は工事の完成を分からないまま今もなお作業をしている可能性がある。例えばよく作業員の霊が出てくるとされる場所で報告されている心霊現象の一つとしては、掘削作業を行っているのかトンネル内をつるはしやシャベルのような金属の道具で何かを叩くような音が聞こえてくるとか、そういう工事をしているわけでもないのにそこだけが今もなお工事が行われているかのような叩く音が聞こえた場合は作業員の御霊とみて間違いないが意図的に手招きをしたりするなんてことはまずありえない。手招きをするのは自殺者の御霊ぐらいだ。よく自殺の名所では、男女問わず一人でいることの寂しさを紛らわしたいがために手招きをして”おいで、おいで”と呼びかけた末に、闇の世界へと導くパターンが多く報告されている。引き摺り込むようなことは決して有り得ないが、例えば心の中で不安や迷いがあったときにこの場所を通りかかったりなどをすると自殺者の御霊達は常にそういう者を見極めターゲットを誰にしようかと狙ってくる。だから、自殺の名所だと分かっている場所ほど”心を強く保て”と言われたことがあるのは覚えているはずでしょ。それは決して自殺者の御霊達の誘発行為に対して哀れみや同情の気持ちは一切捨て、相手にしない強さを持ちなさいという事だ。虫をして真っ直ぐに突き進まなければいけないというのも、恐らくこのことについて示唆している内容だと推測できる。」


侑斗が分かりやすく説明すると、吉岡は「つまり自殺者の御霊の可能性が高いってことですよね。だとすると、実際に自殺者の御霊達が現れたときに饗庭さんはどう対処されるんですか?」と率直に訊ねると侑斗は「答えはもうわかり切っている。自殺を図った御霊達は心に迷いを抱えながらも、未だにこの世への未練が捨てられずに成仏できず彷徨っているパターンが多い。俺達のような霊能者が足を運べばあっという間に自殺者の御霊達に囲まれてしまう事態にも陥ってしまうことは大いに予想される。だからこそ、助けてあげたいという気持ちもわからなくはないが、しかし俺達は人間である以上、出来ることと出来ないことの限界が当然ながらある。見極めをしたうえで霊能者としてのジャッジを下さないと、後々連れて帰ってしまう事態にも陥る。そこで現状維持のままそのまま立ち去るか、除霊が可能だと判断できる場合はその場で行うなど、但し除霊を行うとなると永続的にその場で洗浄を行い続けないと、完全に除霊をしたとは言い切れない。その覚悟が出来るのなら、俺はしてもいいと思う。但し、今の与えられた情報では、どんな御霊なのかがやはり会ってみないと正式なジャッジを下せられないところもあるからね。御霊次第だよ。」と答えると、吉岡は「わかりました。あっカーナビの情報ではあと少しで佐波川トンネルに到着するみたいですよ。駐車場があるみたいなのでそこで車を停めましょうか。まだまだ明るい時間帯ではありますが時間は夕方の16時を回りましたね。あと1時間も経てば本格的な肝試しが出来ますよ。心霊検証のためにも暗くなっても行いますか?」と提案すると、侑斗は「良いけどさ、でも佐波川トンネルを通過したとしてもその先が行き止まりになっているから、心霊検証が出来るとしても佐波川ダムの堰堤か佐波川トンネルぐらいしか無いから、さっと霊視してそこにいる御霊の正体さえ掴めば、ここでの心霊検証は終わりだな。あっという間に終わりそうだよ。答えも分かり切っていることだし。でもまずは撮影開始と同時に亡くなられた5名の作業員に追悼の意を捧げてから現地で調査を行うことにしよう。」と言った後に、車を駐車場に停めた。


そして佐波川ダムの堰堤へと向かう途中にある殉職者の慰霊碑を前に侑斗と吉岡が深々と頭を下げてから両手を合わせ追悼の意を捧げた。


そこで改めて慰霊碑に刻まれている名前を見た吉岡が振り返りながら侑斗に「ある心霊系のサイトでは作業着姿のおじさんの幽霊を見たとも、そういう報告があがっていたようですけども享年を見ていたら、僕達とそんな大して歳の変わらない方達が亡くなってますね。でもここに来ると、弔われている作業員の方達以外の気配を強く感じますね。あのダムの堰堤へと向かう左側の手すりがある方向から僕達の動きに対して敏感になって反応を示されている方が複数名いますね。心霊スポットの検索サイトには掲載はされていませんが、饗庭さんの見立て通りの自殺者の御霊達の可能性も少しずつですが高くなってきましたね。やはりここは自殺の名所とも言うべき場所なんじゃないんですかね。こんなにもじっと見つめられるなんてことは今までになかったから、山口県最恐と言われる所以の一つになったのも頷けるような気がします。」と正直な感想を話すと、佐波川トンネルへと向け先を歩いてゆく侑斗は「これぐらいならまだ序の口。それに本当に自殺者が多いのならば、監視カメラを設置したり、あるいはフェンスを高くする、有刺鉄線を設置したり、ヒーリング効果のある音楽や絵を展示したりして少しでもこの地での自殺行為を思いとどめようと自治体が自殺防止対策に打ち出す。ところがここのダムはあの公衆トイレの付近に設置してある街灯以外の灯りのほかはダムの堰堤の手すりの下にあるといった感じだな。今はまだ明るく照明は必要がないが、夜になった時の照明の明るさがこんなにも人気のない場所であるにも関わらずやたら照明が明るすぎたりしたら、それは自殺防止対策の可能性が高い。いずれにしてもやはりここに現れる御霊は自殺者とジャッジしても良いだろう。」と答えると、吉岡の足取りは段々と重たくなってゆく。


ダムの堰堤を歩き始めてちょうど真ん中あたりに差し掛かった時に吉岡がしきりに背後の様子を気にしながら前進していくと、やがて吉岡の中でもまずい”何か”が自分たちの背後について来ているような気配を感じてならず、たまらず侑斗に対して「今さっき、僕が怖いと思いながらゆっくりと歩き進んでゆくと僕の背後から誰もいないはずなのに何人か僕達の後ろを足音を立てながらついて来ているんですよ。これってトンネル内に入ると益々やばいことになるんじゃないんですか?」と侑斗に対して語り掛けると、侑斗は吉岡に「いいか。怖いと思って近づこうとするから心の闇に付け込もうとして御霊達が集まりだしてきている。決して怖いとか、そういう正直な気持ちで考えた結果を思い過ぎないほうが良い。自殺者の御霊達はそうやって人の心の弱みに付け込み、あの世の闇の世界へと手招きをするのは間違いない。ここはそういう心の闇を抱えた自殺者の御霊達が俺達のような霊能者を見たと同時にSOSのサインを出しながら接近しようとして近付いてくるんだ。これは自殺が多く報告されているような場所ほどこういう現象が報告されている。吉岡だってこれから先ずっと霊能者として活動したいという一心があるのなら心を強く保て、前だけを見て歩けばいい。自殺が多い場所では当たり前の光景なんだ。我慢できなければ車に戻りなさい。」と指示を出すと、吉岡は「うーん。」と深く考え込んだ末に立ち止まり両腕を組みながら考え始めること3分程が経過したときに侑斗に「僕はまだまだ霊能者としての活動を、自分はまだまだ初心者マークですがいつかは饗庭兄弟のような存在になりたいです。己の強さを決して忘れずに怖いという概念を捨てて突き進みます。」と力強く宣言すると、侑斗は「わかった。吉岡が”慰霊の旅路”の俺の助手の霊能者として帯同してくれるだけでも助かっているし、本当に駄目だと思ったならば素直にそれはもう駄目ですと言ってカミングアウトをしても問題はないからね、そこは無理だけは絶対にさせたくない。とにかくこの場に来ている以上、今は心に抱える迷いや悩み事を考えるのはやめよう。」と助言した後、吉岡は力強い口調で「わかりました。」と言い切り、二人は佐波川トンネルのほうへと向け再び動き始めると、ついにトンネルの入り口にまで辿り着くと、早速侑斗が「このトンネルの入り口の付近には気配は感じない。でも俺達が進む方向のトンネルの先に誰かいる。吉岡、見えないか?」と確認のために聞き出すと、吉岡は「確かに男性の方が見えますね。でもこんな時間帯ですから一人で肝試しに来ている可能性だってありえなくもないですよ~。」と笑いながら話すと侑斗は「肝試しならもっと暗くなってからくるだろ。こんな夕方の、これから暗くなるだろう時間帯をあえて狙って肝試しはしない。それに一人で行く人もいるけど、撮影用の器具など何もない状態で果たしてあんな気味の悪いトンネルへと、俺達の存在をまるで待っているかのように待ち構えているのはおかしいと思う。」と疑問に思ったことを吉岡に語ると、吉岡は「まあ、そうですね。一人で撮影をしながらって人もいますけど。でもあの方の動きを見ているとまるで僕達の到着を心待ちにしているかのような、それに慰霊の旅路で僕達が佐波川トンネルに行くことすら宣伝もしていないことなのに来ることを知っていて待ち伏せをしていたらそれはそれで気持ち悪い事が起きていることになりますよ。」と侑斗に訊ねると、侑斗は「位置情報については熱心な心霊好きは俺達が今アカウントとして使っているSNSからでも位置情報からどこにいるかどうかが分かってしまう世の中なので、今持っているスマホに位置情報の許可の設定をしているか否かだよね。俺はしていないけど、吉岡はしているのか?」と言って切り出すと、吉岡は「いや。僕は自分の居場所がどこにいるのかなんて自分の親であっても追跡されたくないのでしてませんよ。」と答えると、侑斗は「それでもう答えがわかった。俺達が見た男性は御霊の可能性が高い。そうとわかればどうして俺達の前に現れたのかを霊能者として追求しなければいけない。」と強い口調で言い切ると、颯爽とした足取りでトンネルの中へと入っていく。


侑斗が吉岡に「見えたね。俺達の進む先で”おいで、おいで”と手招きをする男性の御霊が確実にどこかへ導いているね。このまま男性の御霊の指示通りにトンネル内を突き進んでいこう。大丈夫怖くない。」と安心づけるように話すと、吉岡は「何だか嫌な予感が凄くするんですけどね。手招きをする行為が悪意じゃなければ良いんですけどね。」と話しながらも、男性の御霊が”こっち、こっち”とばかりに手招きをした場所は左手にあった天井の高さが低い横道だった。


侑斗が思わず吉岡に「185cmの俺では入るのがかなり窮屈だ。吉岡、先に行ってくれないか。俺もしゃがみながら近づくから。」とお願いすると、吉岡は「わかりましたよ。高身長って良いですよね。僕だってもう少し背丈が欲しかったですよ。」と苦言を呈しながらも、侑斗の言われた通りに先へ突き進むことにした。


そしてゲートが設けられたところにまでやっとの思いで到着すると、吉岡がその場で霊視検証を開始した。続けて侑斗も吉岡の近くにまで辿り着くと、深い深呼吸をした後に精神統一を行った後に霊視と透視で検証することにした。


二人がゲートの前で検証を行ってから10分程が経過したころに、侑斗が吉岡の肩をポンポンと叩くと「答えは分かった。何故この先が”危険だから立ち入るな”と書かれているのも、これを見た人は恐らくここからダム湖へと身投げしたと思われるのかもしれないが、答えは恐らく違う。ダム建設時の際に5名の方が落盤事故で無くなったとされているが仮にもしその事故が起きた場所がここならば、立ち入らせてはいけない理由があるとしたらそれしかない。それにあのゲート越しに女性の御霊は確認できないが複数名の男性の御霊がいることは確認できた。作業員の御霊とみて間違いはないだろう。」と話すと、侑斗の解説を聞いた吉岡は「それじゃあ手招きをする理由は何だと思うんですか?」と質問すると、侑斗は「俺の考えが正しかったら、こんなにも天井が低いってことは本来ならここもトンネルの脇道として使いたかったところだろうが工事を途中で頓挫しなければいけなくなったために中途半端な形になったのだろう。工事用のトンネルとして利用するのが目的だとしても、車ですら通れないような高さにわざわざ設定したりしない。これじゃ手押し車を押すことを前提にしなければいけないほどの高さだからね。」と話すと、吉岡は「だとしたらここが事故現場の可能性が高いってことですよね。手招きをする理由はダム底へ引き摺り込むのではなく落盤事故で巻き込まれた仲間を助けてあげたい一心で通りかかった人たちに対して手招きをしてSOSのサインを出していたという事ですか。」と聞き出すと、侑斗は「恐らくそうだな。」と語った後に「完全除霊は出来ないが少しでもこの地で命を落とされた方々に追悼の意を捧げるためにも、ここで読経を読み上げよう。読み上げたらトンネルの出口にまで行ってまた来た道へ戻ろうか。何だか作業員の御霊以外の御霊を強く感じる。女性もちらっとだがいる。まるで俺達の後を付いていくように、隠れながら俺達の次の行動に対して注意深く見ているな。」と話すと横道を慎重な足取りで後にすると、吉岡も侑斗の後を追うようについていくと侑斗に対して「作業員の御霊以外にもSOSのサインを出している御霊がいるってことですよね?」と恐る恐る聞き始めると、侑斗は「あのダムの感じ、工事用トンネルとしての役目をもう終えているはずなのにトンネルの中はこんなにも明るい。ダム湖の堰堤の灯りも明るすぎない程度の明るさではあったが、ダムの堰堤の近くにあった管理事務所は24時間体制で常時建物には明かりが点いている。その点も踏まえ考えると自殺が多かった可能性が捨てきれない。ダムって、自殺の名所って言われる理由の一つとしては、人間の潜在的な意識の一つに”湖のほうが飛び込んでも苦しまないで楽に死ねる”という考え方がある。自殺の名所として有名な八木山橋などは見降ろしただけでもゾッとさせられる美しい渓谷が広がっているが、こういうダム湖で死ぬパターンの多くは衝動的に嫌気がさして誰にも看取られずひっそりと旅立ちたいと思う方が”苦しまず死ねる”と思い込んでダイブしてしまう。当然ながらダムに飛び込んだからと言って苦しまずに死ぬわけがない。高さによっては飛び込んだ水圧で骨折する上に、骨折した状態では水面へ浮上することも出来ずに水の中でもがき苦しんだ末に息絶えるのだから、結局は渓谷へ飛び込もうが、ダム湖に飛び込もうが、死ぬ間際には必ず苦しみが待っている。衝動的な自死を選んだ場合は、先祖の方達からすると親から与えられた命をとしか思われず、結果あの世の世界での居場所がないまま最期の地を彷徨い続けるしかない。死ぬ間際に相談しておけばという後悔の念もあるが同時に邪心を持つ自殺者の御霊が手招きをしてくるとされるような場所は危険だ。何度も言うことになるが、心を強く保ち、決して弱みなど握られぬようにね。」と解説すると吉岡は「わかりました。何となく饗庭さんが仰っていることの意味が理解できました。見た限り邪念を持っていそうな御霊は感じられないのですが、それぞれが生前にもっと相談すべき相手がいて相談しておけばと思う後悔の念が強く、それがこの地に訪れる際には心を強く保てとはそういうことだったんですね。これだけ自殺防止ともとれる対策が万全に施されている状況を見て、逆に孤独であることをの寂しさを紛らわせようとして、通りかかった人に対し手招きをして”おいで、おいで”とするのも仲間を増やしたいと思う考えと同時に心の闇に向き合ってくれる人が欲しかったというSOSとも、そう感じることはできませんか?僕にはそう感じます。」と語りかけると、侑斗は頷きながら「そうかもしれないね。」と言って、二人はトンネルの出口にまで辿り着くと改めて道端から眺める大原湖を見て侑斗は「引き摺り込まれるのではなく、引き摺り込まれそうになるというのが正解ではないかな。じっと見て居たらわかる。衝動的に生きるのが嫌になった末に佐波川トンネルを抜けた先にあるこの地で入水自殺をしようと図って吸い込まれるように命絶つのかもしれない。吉岡が説明した”おいで、おいで”の手招きは相談相手が欲しかったサインの一つであると同時に、心に闇を抱えた人にしか視えない光景なのかもしれない。俺達はそっとしておいて、いつかは心の傷が癒えることを願って、お祈りしよう。」と打診すると、二人は大原湖を眺める岸辺に立って両手を合わせると、再びトンネルへと入り何事もなく佐波川ダムを後にして撮影を終了させると、吉岡は侑斗に「調査時間がかかると思っていましたが思いの外心霊検証が早く終わりましたね!時間は18時、宿泊先のホテルだって広島市内なんだからこの勢いで広島の己斐峠(こいとうげ)に向かいますか。到着したら肝試しにはちょうど持って来いの20時過ぎですよ!こんなことも考えて一応懐中電灯は持ってきましたから、持参した状態で本格的な心霊検証しましょうよ。さては怖いんですか?」と訊ねられた侑斗は「何を言うんだよ!?んなもん怖くない、ってか夜に行くのって、ああでも予定的に考えたら今日のほうがってところなんだよなあ・・・。明日が大久野島だから行けるところは今日のうちに行こう。」と言って、それぞれが自身の御祓いを済ませてから車に乗り込むと、出発前に侑斗は吉岡にこう告げた。


「本当は夜の心霊検証なんて怖いから得意じゃないんだよ。一応行くのは行くんだけどさあ、久しぶりにやるから緊張する。」


思いもしない侑斗の告白に吉岡はただただ苦笑いをするばかりだった。

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