「おい、うまい棒よこせ。」
朝、僕は見知らぬ小学生に蹴り起こされて、貴重な食料をカツアゲされかかっていた。いや、どういう状況だ。
「いや、なんで?」
寝起きで頭がうまく回らないが、とりあえず聞いてみた。
「恵美に聴いたぞ。お前うまい棒くれるんだろ。よこせ」
なるほど。どうやら橘恵美が僕の存在をこの子に漏らしたらしい。しかも随分と曲解して伝わっているようだ。僕は無償でお菓子をくれるボランティアのように思われているらしい。
漏らしたのがこの子だけにならば良いのだが。大勢の小学生にうまい棒を集られるなんてごめんだ。
僕は早くしろと言わんばかりに図々しく手のひらを広げている小学生を観察する。
未来の同級生に出会ってしまった今、全ての小学生が疑わしく思えてきた。もしかしてこの子も……と一瞬考えて、いや無いなと僕は首を振った。
たまたま会った小学生が未来の同級生だなんて、一体どれほど低確率か。橘恵美の件はとてつもない確率を引いてしまっただけだ。流石に二連続はないだろう。
「名前を教えてくれたらあげるよ」
と、思ったが念のため聴いてみた。
しかし小学生とはいえ、こんな自他共に認める不審者に名前を安易に教えたりは……
「藤崎瑠璃子。はやくくれ」
ノータイムだった。一切の躊躇もなかった。
はたしてこの小学生の心の防衛機能は正常だろうか。少しこの子の将来が心配になった。
そして肝心なのは名前だ。その名前は、未来で橘恵美とよく一緒に話している同級生の名前と同じだった。
……おい確率仕事しろ。こんなところで低確率を引くな。そういうのは僕が宝くじを買った時に引けよ。
どうやら橘恵美と藤崎瑠璃子、彼女たちは小学生の頃から友達だったらしい。
自分の知らない同級生達の情報。いずれ親しくなっていく過程で知るはずであったその情報をこんな形で知ってしまい、なんだか自分がズルをしているようなそんな気分になった。しかし同時に自分の知らない彼女達のことを知れるのが嬉しくもあり、どうにも複雑な心持ちだ。
「はい。どうぞ」
とりあえず約束通りにうまい棒を差し出すと、彼女は素早くそれを僕の手からひったくって、その場で袋を破いて食い始めた。
「じゃあな。また用意しとけよ」
彼女は礼も言わずにうまい棒を頬張りながら去っていった。
僕の知る高校生になった藤崎瑠璃子も生意気なのには変わりないが、小学生の藤崎瑠璃子は、それはそれはクソ生意気なガキだった。
とにもかくにもこれで二度だ。二度あることは三度あると良く言う。それが少し怖いと同時に、ちょっぴりワクワクもする。友達同士の卒アルで、昔の姿を見せ合いっこするのが大変盛り上がるという感覚に似ているのかもしれない。そりゃあ知り合いの幼い姿なんて気になるに決まってる。
「またお菓子で子供釣って」
まだ見ぬ同級生達の未知の姿に妄想を膨らませていたところ、例のごとくアパートの方からジャージ姿の液体窒素さんがやってきた。どうやら子供と接触したのをバッチリと監視されていたらしい。
ため息混じりに発された言葉は、怒りというよりも呆れを含んでいるようだった。僕は怒るなんて労力が無駄に思えるほどしょうもないやつだと半ば諦められたのかもしれない。
「いや、今回はカツアゲされたんだよ。むしろあっちが悪い。お前にはもう100円でもやらない」
「だからいらないって。ていうか小学生にカツアゲされるとか、本当でも嘘でも言ってて恥ずかしくないの」
「……」
彼女の言う通り物凄く自分が恥ずかしくなった。小学生相手に「あいつが悪いんだ!」と言う高校生など目も当てられないだろう。
ん?ふと少しおかしいことに気がついた。平日だというのに彼女は制服姿ではない。ジャージも学校指定のものではなさそうだ。
「今日学校は?」
「まぁ、あんたとおんなじ」
「……あ、ふーん。そそそ、そうなんだあ」
予想外のことをさらりと言われて、動揺を隠し平穏を装って返事をしようとしたらめっちゃ声が震えた。
僕と同じ。つまり学校をサボるということらしい。彼女は見かけだけではなく着実と非行に走りつつあるようだった。
僕としてはそのことに焦りを禁じ得ない。僕が小学生にたかっている内に、彼女が教師になる道が本格的に断たれそうな方向に事態が進み始めているらしい。
どうにかして彼女を更生させねば。今更ながらに僕の胸に罪悪感と責任感が再浮上してきた。
ところで僕は一つ神様に確認したいことがあるのだ。
……まだ手遅れではないよな?
もちろんその質問に答えてくれる存在はどこにもいなかった。
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