ブランコを漕いでいる人物は女性で、容姿としては金髪ストレートの長髪がよく目立っているが、身体は細い。
ブランコの鎖がギィギィ悲鳴をあげているからといって、乗り手が太っているというわけではないようだ。単純にブランコの老朽化が進んでいるらしい。本当に救いようがないな、この公園。
そういえば、彼女が着ている紺色のブレザーは近場の中学のものだったなと思い出した。
髪色から一瞬、加藤菜々子のことを連想したが、彼女はこの時間軸ではまだ小学二年生のはずなので他人だろう。
外見から判断するのはあまり良くないかもしれないが、やはり金髪はヤンキーを連想させるのであまりよろしくない。というか怖い。
早くどっかいけオーラを溢れさせながら、僕はブランコを漕ぐ中学生をにらんだ。
……なんだかブランコを漕ぐ中学生の姿にデジャビュを感じる。はて、何処かで似たような光景でも見ただろうか。思い出せん。
僕の視線に気づいた中学生はブランコから降りた。よし、どっかいけ。ここは僕の拠点だぞ。
客観的に今の自分の行動を省みると、まるで縄張りを主張して威嚇する犬のようだなと、少し悲しくなった。
僕の願いを裏切り、中学生は何故かこちらに向かって歩いてきた。
うわ金髪こっち来た。中学生ってことは歳下だけど怖い。ヤンキー怖い。
いざとなったら財布を差し出して許してもらおうそうしよう。僕は216円しか入っていない財布を掴んで身構えた。……こんなはした金渡したらむしろキレられてボコられそうな気もする。どうしよう。
「さっきから何」
気持ちの整理がついてない内に中学生はすぐ目の前まで来ていた。
友好的ではない冷たい声色で、気怠げにそう聞かれた。
喋り方や表情が威圧的で怖い。やっぱりヤンキーか。加藤菜々子みたいななんちゃってヤンキーとは違う本物のヤンキーなのか。カツアゲするのか。
「い、いやブランコ乗りたかったけど女の子居るから隣座りにくいなと思ってですね、はい」
威圧感に思わず敬語になってしまう歳上のはずの僕。ヤンキーってメンチとかに敏感そうだし怒ってるんだろうか。いや口調からして完全にイラついている。
少しでも機嫌を取ろうと僕はペコペコ頭を下げて三下ムーブを披露してみた。
しかし近くで見ると、どうも誰かに似てる気がするのだが……声もなにやら聞き覚えがある。
こう、喉元まで出かかってるのに誰に似てるのかが出てこなくてもどかしい。
皮膚の奥の絶対に掻けないところが痒いような感覚だ。大声で奇声をあげたくなってくる。
「言ってるそばからジロジロ見ないでくれる。目障り」
「へぇ、すいやせん。承知しやした」
「その態度も目障り。その学ラン、高校生なんでしょ。歳下にへこへこして恥ずかしくないの」
中学生に蔑んだような目で、そんなことを聞かれたことが一番恥ずかしいです。
「なんかあんたみたいなのに関わった自分がアホらしくなってきた。じゃ、ブランコどうぞ」
中学生はため息をついて、最後にそう言い捨てて公園を去った。
心に傷を負い、ぼーっと彼女の足取りを目の端で追いかけていた僕は、次の瞬間目を疑った。
彼女は目の前のアパートの階段を登り、8年後僕が住んでいるはずの部屋に入っていったのだ。
そうか、彼女がみおちゃんなのかな。
ん……? アパート、公園、ブランコ、顔と声、そして2012年1月12日。僕の頭の中で記憶達が次々と連鎖し始めた。
「あ、星野先生だ」
そうだ。あの顔と声は星野先生にそっくりだったのだ。
ブランコをゆらゆらと漕いでいる姿も、つい先日見た星野先生のものとそっくりだったのだ。
更に星野先生は僕と同じアパートに住んでいると言っていた。そして、この公園を思い出の場所とも言っていた。
もしかしたらあの中学生は、8年前の星野先生なのではないだろうか。だって星野先生の思い出語りで得た情報と、あの中学生の少女はあまりにも一致するところが多すぎる。
仮に彼女が若かりし頃の星野先生だった場合、ご本人曰く8年前の1月12日の公園で、つまり今日ここで教師を目指すきっかけとなる友人と出会うはずだったことになる。
しかし本来この時間軸に存在しないはずの僕が介入してしまった結果、おそらく誰とも会う前に彼女は家に帰ってしまった。
つまりこのままだと過去が変わって、未来で星野先生は先生じゃなくなってしまうのではないだろうか。
そんな仮定が思い浮かび、とんでもないことをやらかしてしまったのではないかと一気に血の気が引いた。
僕は過去改変なるものをしてしまったのではないだろうか。
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