隣がガタガタとうるさい。原因の方を見れば、不機嫌そうに貧乏ゆすりをする加藤菜々子がいた。彼女が登校してから、放課後まで終始この調子だ。
「……あのさぁ、なんかあったの」
「ちょっと聴いてよー。さっき靴箱でさぁ、菜々子のやつが靴箱を開けた途端にやたらと周囲をキョロキョロ見回して挙動不審になってたの。なんでだったと思う?」
僕の質問に口を開いたのは何故か加賀恵だった。
「おいやめろ言うな」
ニヤニヤ話しながらこっちにきた加賀恵に、加藤菜々子はガタッと急に慌て出した。
加賀恵は加藤菜々子が掴みかかってくるのを器用に鞄でガードして、何事もないように話し続ける。
「封筒が入っててさ、「やばい、ラブレター貰ったかも」って超キョドッてんの。でさぁ、さっきトイレで封筒の中を確認したわけ。そしたらさぁ……」
「だからやめろってぶっ殺すぞ。お前も聴いてんじゃねぇ!」
グッと手のひらで耳を塞がれる。しかし残念ながら、周囲の声がくぐもって聞こえる程度で普通に聞き取れる。加賀恵のデカい声ならなおさらだ。
「そしたら中からチャリンって小銭が入ってんの。他は何にもなし。いやぁもうそん時の〜の顔がもうなんとも言えなくってさぁ」
彼女は笑いすぎて涙目になりながら僕の机をバンバンと叩いた。
「もうやめろぉ……」
「……なんかごめん」
頭を抱えて机に突っ伏した加藤菜々子に、ちょっぴり罪悪感が沸いてきた。
「何で仁くんが謝るの?」
まぁそれはなんというか、ねぇ?
「ななな、なんとなくかなぁ?」
加賀恵は「ふーん?」と特に気にした様子もなく、話続けた。
「にしてもなんだったんだろうねぇ、あの小銭」
「誰かが借りた金入れるとこ間違えたんじゃねぇの」
加藤菜々子が吐き捨てるように適当な返事をする。まだ不機嫌なようだ。
「不思議なこともあるもんなんだなぁ」
と僕もすっとぼけてみるものの、犯人は当然の如く僕である。
早起きして、誰も登校してないうちに下駄箱に忍ばせた。8年前に借りた金をようやく返したのである。
でもさ、僕は8年前金を借りた奴ら全員の下駄箱に封筒は入れていたんだ。でも他二人の様子はまさに平穏そのものだ。つまり、彼女達は間違ってもラブレターだなんてお花畑な勘違いはしなかったということだ。
それでだ。なにを言いたいかというと、きっと僕は悪くない。
「クソがぁっ。おい、今日はストレス発散にカラオケいくぞ」
「いや、僕今日は猿渡くんと遊ぶ約束してるから」
「おまっあいつを取るのかよっ」
ほとんど習慣のようになっていたカラオケの誘いを断ったのがよほど意外だったのか、彼女はすごい剣幕になっていた。
「そりゃあ部活で忙しくて放課後滅多に遊べないんだから猿渡くんを選んで当然でしょ」
猿渡くん土日も部活あるんだぞ。どうなってるんだよ近頃の高校生は。
「菜々子フラれてんのー。かわいそー」
「もう知るか! 次にカラオケ行く時、ダブルスコアつけられても知らないからな!せいぜい怠けとけ」
ほう。ダブルスコアとな。随分と舐められたものだ。
「僕最近は45点から50点をキープしてるわけだけど、その倍となると100点付近になるんだけど」
「お、おぅ取ってやるよ!」
「じゃあ取れなかったらジュースね。私ファンタ」
怯んだものの、虚勢を張った加藤菜々子に、加賀恵が追撃をかけた。そういうことなら僕も続こう。
「僕はうまい棒16本で良いよ。コンポタージュで」
「お、おぅ。い、いぞ。やってやるからなぁ……。わわ私が勝ったら、おおおお前らが奢れよなぁ……」
言葉だけは威勢が良いが、一言一言喋るたびに、声の大きさは尻すぼみになっていった。どもってるし。
僕と加賀恵は勝利を確信して余裕のハイタッチをした。
ーーしかしこの後、過去での生活も含めると予想以上にカラオケのブランクが空いていた自分が、採点で30点代を連発することを、この時の僕ははまだ知らない。
結果、加藤菜々子は過去例を見ないほどに鼻を伸ばし、僕は加賀恵に散々役立たず扱いされたとだけ言っておく。
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