「……はぁ」
もう何度目かもわからないため息がもれた。
その度に忍者の衣装からのぞく狐の耳がぴょこぴょこと動く。
「……はぁ」
――やって、しまった。
いくら会話が苦手とはいえ、逃げるなんて失礼だ……。
月の聖女様は闇によって息絶えようとしていた瑠々を助けてくれたのに、これじゃあとんだ無礼者だ。
「で、でも、まさか脱げなんて言われるとは思ってなかったし、そ、そんなの、心の準備が……!」
ああ! うう! と顔を真赤にして身もだえる。
「はぐはぐ! もぐもぐ!」
おもむろにみたらし団子を取り出して頬張った。
みたらし団子は瑠々にとって精神安定剤としての役割も担っているのだ。
「ふぅ……。それにしても……」
ぐるりと周囲を見渡す。
青々とした木々は風にざわめき、小鳥たちは楽しそうにおしゃべりし、太陽の光は燦々と降り注いでいる。
森は、すっかり再生を果たしていた。
「この辺りも闇に堕ちちゃっていたのに、やっぱり月の聖女様はすごい……」
思わず顔がほころぶ。
魔王が命を奪う狩り人なら、聖女様は命を与える守り人だ。
「よし!」
落ち込んでなんていられない。
思わず逃げちゃったけど、見失うわけにはいかないんだ。
おそばにいられずとも、影から守ることならできる。
瑠々は、聖女様を求めて旅に出たのだから。
「っ!?」
ゾワッ、と身の毛がよだった。
慌てて草むらに飛び込んだ。
「あらぁ? やーねぇ、ここも浄化されちゃってるじゃない」
現れたのは黒いレースのドレスを身にまとった長身の女だ。
長く美しい銀髪をなびかせている。
「せっかく艶やかに染めてあげたのに、これじゃあ台無しじゃない。まったく、チカラを与えてやったジジイもやられちゃったみたいだし、余計な手間をかけさせないでほしいわ」
コツ……コツ……コツ……コツ……
女が歩を進める度に地面が黒く変色する。
それどころか周囲の草花はボロボロと枯れ落ち、楽しくおしゃべりをしていた小鳥たちも息絶え落下する。
命を刈り取る、闇の瘴気。
「まあでも、さすがはお月さまといったところかしらん……魔王様が一目置かれているのもうなずけるわ……」
立ち止まり、微笑を浮かべた。
「月の血ってどんな味がするのかしら? ……うふふ、いいわぁん。最高よ。月の聖女ククリル……ぜひともお嫁さんにしたいわぁん」
ジュルリ、と舌なめずりをする。
4本の鋭く長い犬歯が顔をのぞかせた。
雰囲気は恋する乙女のそれなのに、周囲は凄まじい速度で息絶えていく。
「待っててねぇん、今行くわぁん」
うっとりと恍惚に表情を染めながら女は去っていった。
森を闇に染め上げながら。
「――カ、カハッ! はぁっ! はぁっ!」
恐怖で息すら止めてしまっていた瑠々は酸素を求めて喉を鳴らす。
忍者でよかった、と心底思った。
スキル【隠密】を身に付けていなかったら、見つかって殺されていたかもしれない。
――あれは、マズイ。
桁が、ちがう。
「聖女様……!」
そうだ、あの女は聖女様をお嫁さんにしたいとかわけのわからないことを言っていた。
それにあの様子、この辺りを闇に染めているのはあいつに間違いない。
なら、間違いなく聖女様を狙うはず……。
「…………っ」
あんなのに瑠々が太刀打ちできるはずがない。
……だけど。
――それでも!
「せ、せ、聖女様ぁっ!」
己を奮い立たせて、瑠々はククリルの後を追うのであった。
(つづく)
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