この日は、朝から剣の稽古をしていた。
以前は冒険者としてモンスターを倒す生活に憧れを抱いていたが、今は違う。エレナが側に居ればそれでだけでいい。
とはいえ、男としては強さに憧れを持ってしまうわけで、折を見て鍛錬を積んでいた。
「精が出るね」
「あ、エレナさん!」
テルミットが素振りを止めようとすると、エレナが続きを促した。
「いいよ、続けてて」
どうやらテルミットが稽古をしている間、暇だったらしく、鍛錬する様をじっと眺めていた。
エレナの視線がむず痒い。何もおかしなことはしていないというのに、全身がこそばゆくなってしまう。
鍛錬も一段落つくと、エレナが飲み物を差し出してきた。
「少し休憩しないかい? ハーブティを淹れてきたから。飲むと落ち着くよ」
「ありがとうございます」
エレナが渡してくれた紅茶に口をつける。疲れた身体に砂糖が染み渡る。
カップを傾ける傍ら、エレナがハンカチでテルミットの汗を拭いた。鼻孔をくすぐる甘い香りが漂う。
「あれ? なんだかいいニオイがしますね」
「フフフ。実は、ハンカチに香水をかけてみたんだ。オシャレだろう?」
ニオイの元はエレナのハンカチだったらしい。ハンカチの水玉模様を見せつけ、エレナが微笑んだ。
「とってもいい香りがしますね!」
得意げにハンカチを見せるエレナが可愛くて、思わず顔が綻んだ。
午後。今日は暖炉の掃除をすることになっており、灰を掻き出す作業をした。全身が灰まみれになりながら、ふぅ、と一息。
「お疲れ様。今キレイにしてあげるね」
袖で顔を拭うテルミットにハンカチが差し出された。
「いいですよ。せっかくのハンカチが汚れちゃいますから」
「ダメだよ。テルの可愛い顔が台無しじゃないか」
そこはカッコいいと言ってほしかった。密かにショックを受けつつ、せっかくのハンカチが汚れてしまうのは忍びないと固辞する。
「本当に大丈夫ですから。適当に袖で吹きますから」
「もうっ、ボクはテルを労いたいんだ。ボクの気持ちを汲んでおくれ」
エレナが強引にテルミットの顔を拭く。ゴシゴシと顔を擦られもみくちゃにされるも、悪い気はしない。ハンカチの肌触りがいいからか。良い香りがするからか。あるいは、一生懸命エレナが拭いてくれてるからか。
一日の仕事を終え、エレナと共に風呂にはいる。
脱衣場で服を脱ごうとして、ふとエレナが脱いだ後の服が目についた。
(あのハンカチ、いい香りだったなぁ)
異性が脱いだ後の服を漁るのはマナー違反とは思いながらも、身体は止まらない。
きれいに折り畳まれた水玉模様を手に取り、鼻に近づけようとしたところで、違和感に気がついた。
このハンカチ、何かがおかしい気がする。折り畳まれているが、元の形は正四角形ではない。
試しに広げてみると、このハンカチの正体がわかった。
三角形であり立体的な構造。触り心地のいい素材に、三角系の中にクロッチがついている
エレナが持っていたハンカチ。その正体は、彼女のパンツだった。
ということは、エレナに汗を拭いてもらった時も、掃除のあと顔を拭いてもらった時も、ハンカチだと思っていた布はエレナのパンツだったわけで。
恥ずかしさのあまり、頭に血が登っていく。顔が赤くなっていく。
エレナは知ってて自分をからかったのだろうか。それとも、知らずに使っていたのだろうか。
いや、今はそんなことはどうでもいい。もう一度。一瞬でいいから、あの甘く、甘美な香りを嗅ぎたい。
パンツを手に取り、恐る恐る鼻に近づける。……エレナが自慢していた香水と同じ、甘い香りがした。
「はぁ……エレナさん…………」
うっとりするテルミットに、不意に声がかけられた。
「テルー? 何してるんだい? さっさとお風呂に入ろ……」
言いかけたところで、エレナが固まった。
ギギギ、と油の切れた人形のように振り向くと、引き攣った顔をしたエレナがいた。
見られた。見られてしまった。よりにもよって、パンツのニオイを嗅いでいるところを。……最悪のタイミングだ。
「や、あの、これは、違うんです」
「…………だ、大丈夫だよ。テルがボクのパンツに興奮する変態だったとしても、嫌いになったりしないから……」
「ち、違うんです。誤解ですから!」
「こんなことで、テルへの気持ちが揺らいだりしないから…………」
「お願いですから、僕の目を見てくださいよ〜!」
その後、湯船に浸かりながらエレナに真相を告げると、
「えっ……」
エレナは顔を真っ赤にして、湯船に顔を沈めた。口元からブクブクと吐き出された気泡が空気に溶けていった。
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