それから少しして、エレナからエレナ人形を作ってもらった。
ガラス玉のような緋色の瞳に、シルクのようなさらさらとした触り心地の良い銀色の髪。可愛らしい。
ぎゅっと、エレナ人形を抱き締める。人形だというのに、本物を抱き締めているような気さえしてしまう。
「そんなに気に入ったのかい?」
「それはもう!」
「それなら良かった。作った甲斐もあるというものだよ」
部屋に持って帰り、改めてエレナ人形を見回す。
「本当に、よく出来てるなぁ」
服なんかも、本物と同じ素材で精巧に作られていた。ここまでよく出来ていると、他の場所も気になってしまう。すなわち、服の中だ。
ちらりと下から覗き込むと、スカートの下には黒いレースのショーツを身に着けていた。本物を忠実に再現しているのか、細かなところまで非常にクオリティが高い。
というか、素材には本物のショーツを使用しているのだろうか。
エレナ人形のショーツに指をあてる。レースのおかげでざらざらしながらも、感触まで本物そっくりだ。
その時、部屋の扉が開かれた。
「そうだ、言い忘れていたことが……」
エレナがテルミットを見て固まった。
エレナ人形を手に、スカートを捲り、ショーツの感触を確かめるテルミット。その姿を、ばっちりエレナに見られてしまった。
エレナの顔が、みるみるうちに赤くなっていく。口元が引きつる。
「あの、こ、これは違うんです」
「い、いいんだよ。テルにどんな趣味があろうと、嫌いになったりしないから」
エレナがぎゅっとスカートの端を握った。
「言ってくれれば、その、いつでも見せてあげるから……」
頬を染めるエレナが扇情的で、釣られて顔が赤くなってしまう。
「ち、違うんです。本当に、ただスカートの中というか、素材が気になっただけと言いますか」
「……それじゃあ、確かめてみるかい?」
潤んだ瞳がテルミットを見上げた。
エレナの誤解を解くべく、本当に他意はないのだと、説明する羽目になった。
人形を貰ってからというもの、テルミットはエレナ人形を片時も離さなかった。朝から晩まで、風呂とトイレを除いて、常にテルミットと過ごしている。
エレナがふぅ、と溜め息をついた。
気に入ってくれたのなら、製作者冥利に尽きるというものだ。だが、こうもテルミットを独占されるのでは話が違う。
自分の姿をしているというのに、なんと妬ましいことか。
「まったく……ボクが本物なのに……」
ムスッとエレナが頬を膨らませる。
苛立ちを紛らわせるように、お茶菓子を頬張った。
第一、テルミットもテルミットだ。人形相手にデレデレして、甲斐甲斐しく髪をとかして仲良くするなんて。
「ここに本物がいるっていうのに……」
その本物を差し置いて、人形と仲良くやってるなんて、なんと薄情なことか。
「いいもんね。本物のテルが構ってくれなくたって、ボクには人形のテルがいるもんね」
それからエレナは、これみよがしにテル人形を愛でることにした。
常にテル人形を膝に乗せたり、夜は一緒に寝たりと、本物のテルミットでさえ体験したことがないほど甘やかした。
その様子を見て、テルミットが首を傾げた。
最近、エレナの様子がおかしい。四六時中テル人形に構ってばかりで、ちっともこちらの相手をしてくれない。
「僕、何か怒らせるようなことしたかなぁ……」
誰にともなく、ひとり呟く。
「教えてくださいよー、エレナさん」
エレナ人形に尋ねるも、答えない。
一人で人形に話しかけていると、エレナがやってきた。なんとなく気まずい。
席を立とうとしたところで、エレナがぴったりとテルミットの横に座った。ぎしりとベッドが揺れる。太ももが触れる距離。
「え、エレナさん?」
テルミットを無視して、エレナ人形の隣にテル人形を置いた。写し鏡のように、二人がぴったりと寄り添う。
「……久しぶりだね」
「えっ!?」
「こうしてテルと二人になれたのは」
何を言っているのだろう。最初からこの屋敷には自分とエレナしかいないはずなのに。
と、そこまで考えて、二つの視線に気づいた。
目の前に置かれた、エレナ人形とテル人形が、責めるようにこちらをジッと見ているような気がしてしまう。
二人を見ているうちに、一つの考えに思い至った。
最近の自分ときたら、人形にばかり構って、全然エレナの相手が出来ていなかった。
そこに気づくと、これまでの点がすべて繋がった。
エレナ本人を前にして、ずっと人形の相手ばかりして、ろくにエレナの相手が出来ていなかったではないか。
これではエレナが怒るのも無理はない。
どう謝ったらいいものか。思案していると、テルミットの足が机にぶつかり、テル人形がエレナ人形に倒れた。
ちょうどエレナ人形の膝に頭が乗る形となり、それはいわゆる膝枕と呼ばれるもので。
「…………」
「…………」
二人の間に、気まずい沈黙が流れる。
ふと、身体が横に引っ張られた。ぽすん、とテルミットの頭がエレナの膝に着地した。
柔らかい。そして、いいニオイがする。エレナの小さな手が、テルミットの頭を撫でた。
「あの、エレナさん……」
謝るタイミングを完全に見失ってしまい切り出し方がわからない。
「やっぱり、本物のテルの方がいいね。触り心地も、重さも、ニオイも」
「うっ……すみませんでした」
テルミットを撫でる、エレナの手に自分の手を重ねた。
「人形にばかりかまけて、エレナさんのことを蔑ろににしてしまって……」
エレナが頬を膨らませた。
「まったく……寂しかったんだからね」
「すみません」
今回のことは全面的にテルミットに非があるため、謝ることしかできない。何を言われようと、頭を下げ続けようと覚悟した時、
「目を閉じて」
「えっ!?」
「いいから、目を閉じておくれ」
言われるがままに目を閉じる。以前もこんなことがあった。その時は、エレナがキスをしてくれたが、まさか……。期待に胸が膨らんでいく。
全身の神経が顔に集中していく。不意に、頬に痛みが走った。
「いひゃい、いひゃい、いひゃいれふ」
頬をつねるエレナの手をぺしぺし叩くと、ようやく開放してくれた。
「とまぁ、これで勘弁してあげるよ」
「……ありがとうございます」
ひりひりする頬を抑え、お礼の言葉を口にする。
これで手打ちにしてくれるのであれば、安いものだ。いくらでも頬をを差し出すというものだ。
「ところで、大丈夫だったかい? 結構強くつねってしまったけど」
「だ、大丈夫です。鍛えてますから」
力こぶを作ってみせようと腕を上げると、思い切り机にぶつけてしまう。
「だ、大丈夫かい?」
「ええ、まあ……」
ふと、先程ぶつかった机に目を奪われてしまった。
先程の衝撃でエレナ人形が倒れ、その上にテル人形が覆い被さっていた。それはまるで、欲望に任せて行為に及ぼうとするそれで、愛を確かめ合う行為に他ならず──
「…………」
「…………」
二人の間に、先程とは違った気まずい沈黙が流れる。
エレナがテルミットの袖を引いた。頬を赤く染めて、もじもじと身体をくねらせる。
「……その、ボクらもするかい?」
「……お願いします」
膝枕から一転、エレナを押し倒すと、そのまま二人の愛を深めた。
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