夢を見ていた。
自分と銀髪の吸血鬼が人里で暮らしている夢を。
小さな村で放牧をしながら、ゆったりとした時の中で生きる。
村の人と親しげに話す彼女は、村の長老のような存在だった。子供が産まれれば産婆となり、子をとりあげ名付け親となった。
町から役人が来れば応対を一手に引き受け、商人が来れば率先して村の利益を守った。いつだって人間に知恵を貸してきた。
自分はそんな彼女の眷属となり、同じ時を生きることを選んだ。
朝日が昇るのと共に目が覚める。日が落ちるまで働き、月が昇ると彼女と愛し合う。
豊かとは言えないが、幸せな時間だった。
そんなある日、村に騎士たちが送り込まれた。吸血鬼を探しているという彼らの目的は、間違いなく彼女だった。
眷属とはいえ、自分も吸血鬼だ。彼女の代わりにと名乗り出た自分に、教会の命だと言って日の光が浴びせた。
久しぶりに浴びた日の光は業火で焼かれるような痛さで。焼けて、溶けていく肉の匂いが辺りに立ち込めた。
身体のほとんどが溶けてしまい、己の命が長くないことを悟った。薄れゆく意識の中で、視界の端で泣き崩れる彼女に懺悔した。
━━約束、守れなくてごめん。
ぼんやりと目を開き、辺りを見回す。いつの間にか屋敷の自室に運ばれていた。
瀕死になっていた身体は、今では嘘のように軽い。怪我をしていたはずの手も、槍で抉られた身体も、今では傷一つ残っていない。むしろ、怪我をする前より調子がいいくらいだ。
エレナがここまで運んで、看病してくれたのだろう。ベッドの脇に備え付けられたイスに座った彼女が、うつらうつらと舟をこぐ。
無防備に寝ているエレナがいとおしい。垂れそうになった髪をそっとかき上げ、耳にかけた。以前テルミットがあげた赤い宝石のイヤリングが輝く。
髪を触れられて目が覚めたらしい。エレナがテルミットの手に触れた。
「……目が覚めたのかい」
「はい。あの……すみませんでした。あの時、エレナさんから逃げてしまって……」
身体は既に動くので、ベッドの上で土下座をする。
エレナは頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。余程腹に据えかねているらしい。
「まったく……。あの時、ボクはすごく傷ついたんだ。また一人になってしまうんじゃないかって……」
神妙な面持ちで俯くエレナ。だがそれも一瞬で、すぐにテルミットに向き直った。
「でも、それよりも許せないのは、キミが一人で騎士に立ち向かったことだ。どうしてすぐに助けを呼ばなかったんだい。ボクならあれくらい、軽く一捻りなのに」
「エレナさんが傷つくところも、エレナさんが誰かを傷つけるところも、見たくなかったんです」
ふっと、安心したようにエレナの口元が緩んだ。
良く見ると、耳の先が赤く染まっている。
「まったく……。あれだけたくさんの騎士に立ち向かったんだ。怖かっただろうに」
「エレナさんのためなら、へっちゃらですよ」
照れ臭そうに頭をかくテルミット。
「まったく、キミは変わらないね」
「そんなことありませんよ」
エレナは変わらないと言ったが、テルミットの中では大きな変化があった。
今までの自分の人生は、逃亡の連続だった。
モンスターが怖くて逃げ出し、英雄譚を語れるような冒険者になるという自分の夢からも逃げ出し、挙げ句の果てにはエレナからも逃げ出してしまった。
そんなどうしようもない自分でも、大切な人のためならいくらでも頑張れる。
そう変われたのだとしたら、とても素敵だと思う。たとえそのきっかけを与えたのが自分を殺そうとした騎士たちだとしても、今は感謝をしたい気分だった。
大事な人のためなら頑張れるとわかっただけでも、テルミットにとっては一つの自信になった。
(僕だって、まだまだ捨てたもんじゃないな)
少しだけ、自分のことを好きになれた気がした。
「そうだ。エレナさんこそ、どこか怪我はしませんでしたか?」
思い出したようにテルミットが尋ねると、エレナが目を伏せた。
「日の光を浴びてしまってね。目が見えなくなってしまったよ」
力なく笑うエレナ。たしかに、瞳の焦点はどこか定まっていないように見える。
「だ、大丈夫なんですか!? 早く手当てを……いや、目ってどうやって治せば……とにかく、医者を呼びましょう!」
慌てふためくテルミットが可笑しくて、つい苦笑してしまう。
「大丈夫だよ。吸血鬼の再生力は伊達じゃないんだ。このくらい、2週間ほど放っておけばで良くなるよ」
エレナがそう言うのなら、そうなのかもしれない。
ひとまず落ち着いて、自分の身体をまさぐる。
「僕の怪我もすぐに治りましたし、エレナさんが看病してくれたんですよね?」
「そのことだけど、テルに言わなくてはならないことがある」
エレナの口からその時の状況が語られた。自分が発見した時には、既に瀕死だったこと。人間のままでは間違いなく死んでいたこと。そして、テルミットの命を救うため、やむ無く眷属にしたこと。
「すまない。緊急事態とはいえ、勝手にキミを眷属にしてしまって……。恨んでくれても構わない。言い訳にしかならないが、僕にはあの時のテルを助ける方法は、それしか思いつかなかったんだ」
おかげで、ようやく合点がいった。あれだけ血を流したというのに、なぜ五体満足なのか。なぜ傷一つ残さず治ったたのか。
エレナが魔法で治したのかと思ったが、吸血鬼の能力だったとは。
申し訳なさそうにうつむく。テルミットは彼女を安心させるべく、銀色の頭を撫でた。
「エレナさんが助けてくれなかったら、今ごろ僕は死んでいたと思います。だから、エレナさんには感謝してもしきれません。……それに、ボクはエレナさんのことが大好きなんですから、恨むわけないじゃないですか」
「……ありがとう」
ふっとエレナの表情が緩んだ。勝手に吸血鬼にしたことを、ずっと気にしていたのだろう。
あらたまった様子でエレナが口を開く。
「テルはボクの眷属になったわけだけど、正確にはまだ眷属になっていないんだ」
エレナの言葉の意味がわからず、テルミットの頭に疑問符が浮かぶ。
「本来、眷属になるには、ちゃんとした儀式を踏まなくてはならないんだ。元々人間だったキミにとっては、単なる煩わしい儀式かもしれないが、これもボクにとっては意味のあることなんだ。だから、どうか付き合って欲しい」
「わかりました」
二つ返事で快諾したテルミットに、エレナが安心したように微笑んだ。
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