なにやってんだ俺……。
この世で一番、憎いはずの男。鬼塚 良平をいじめられていたとは言え、助けてしまった。
天ヶ瀬と呼ばれたヤンキーから逃げるため、俺は鬼塚の小さな手を握り締めて、校門まで走る。
ひ弱な女の子に転生したから、男の子を連れて走るのは無理だと思ったが、この少年はとても軽い。
俺ひとりでも、余裕で校門まで逃げることに成功した。
ここまで来たら、もう大丈夫だろう。
「お、おい……水巻。その、助けてくれてありがたいけどさ」
「え?」
「そろそろ、手を離してくれないか?」
「あっ!」
彼に言われるまで、ずっと手を掴んでいた。
急いで、繋いでいた手を離す。
だが、このまま彼を学校に残すのは危険だ。
また天ヶ瀬たちから、リンチを食らうかもしれない。
クソ……なんで俺がこんなに、こいつのことを心配しないといけないんだ。
でも、あんな姿はもう見たくない。
勇気を振り絞って、こう呟いた。
「あの……鬼塚さえ、良ければ一緒に帰らない?」
「え? 俺が水巻と一緒に?」
「うん。さ、さっきの変な人に狙われるぐらいなら、一緒に帰れば大丈夫かなって……」
なんか俺がこいつのことを、好きな女子みたいになってないか?
違う、違う!
これは過去の自分と重ねて見ているから、ただの同情。
「あ、そういうことか。でも悪い、俺このあと部活があるからさ」
「部活?」
「うん。一応、バスケットボール部だから」
そう言って、赤いユニフォームを親指で指してみる。
胸元に彼の名前まで書かれている。
なんか、めっちゃ恥ずかしいことをした気がするな。
「そっか……じゃあここでお別れだね」
「うん。でもまた明日があるだろ? 水巻、病欠が多かったから、身体に気をつけてな」
「あ、ありがとう」
なにが、ありがとうだっ!?
お前に身体の心配なんてされるとか、虫唾が走るわ!
でも、どうしてだろ……こんな風に話せたことが、ちょっと嬉しいような。
※
鬼塚と別れて、長い坂道をひとりで歩いていると……。
背後から、ものすごい足音が聞こえてきた。
振り返ると、優子ちゃんがこちらへ向かって走って来る。
「も~う! 藍ちゃん! なんで、あそこに私を置いていくのよ!?」
「あ、ごめん……忘れてた」
「酷い! 天ヶ瀬っていう2年生のヤンキー。すごく怖かったんだから!」
「え? あの人、上級生なんだ……」
だから、鬼塚も反抗できなかったのか?
そう言えば、天ヶ瀬もバスケ部のユニフォームを着ていたな。
部活中もいじめられないのかな?
「聞いてるの!? 藍ちゃん、私の心配はしなくて良いの?」
「あ、優子ちゃんなら、きっとあの天ヶ瀬って人も大丈夫だと思うよ」
「それ、どういう意味!?」
「……」
優子ちゃんはゴリゴリの腐女子だから、ヤンキーも手を出さないとは言えないよな。
怒る優子ちゃんを一生懸命、なだめながら家に帰る。
家の前に着くころには、彼女の機嫌もなおっていた。
「じゃあ、藍ちゃん。また明日ね! あ、今度の休みに私の家に来ない? お姉ちゃんの新作があるからさ」
全力で拒否させて頂きたい。
「あ、まあ……考えておくね」
優子ちゃんに手を振って、自宅のドアを開くと。
リビングから、何やら笑い声が聞こえてくる。
靴を脱いで、その声の方へ向かってみると、若い女がソファーに寝転がっていた。
テレビを見ながら、足の爪に赤いペディキュアを塗っていた。
俺はその姿を見て驚きのあまり、手に持っていたカバンを床に落としてしまう。
その音に気がついた女が、俺を見て「おかえり、藍」と言ってきた。
ということは……この女は俺の姉。つまり前世での兄貴だ。
胸元がザックリ開いたタンクトップに、超ミニ丈のスカート。
確かに身体としては、細身でナイスバディな女子高生だとは思うが、顔がね……。
前世と全く同じ、兄貴の顔のままなんだ。
国民的RPG”ドラコンクエスト”に出て来るモンスター、”ばく●んいわ”にそっくり。
それを見た俺は、本日二度目になる吐き気を感じてしまう。
「ヴォエっ!」
「ちょっと、藍! いきなりお姉ちゃんの顔を見て吐くとか、酷くない?」
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