優子ちゃんから、90年代前半の腐女子事情というか、オタクの話を聞かされること数十分間。
ようやく、目的地である学校へと着いた。
毎度のことだが、なんでこう。どこの学校も山の上に作りたがるのだろうか?
膝が壊れそう。
二人して仲良く玄関へ入ると、ダサいスニーカーから上履きへと履き替える。
そして、自分たちの教室がある3階へと向かおうと、階段を登ろうとした瞬間。
俺はその視線に気がついた。
なんだ、この背筋が凍りつくような、冷たい視線は?
その視線の持ち主を辿ると……。
凄まじい目力で、こちらを睨む女子がひとり立っている。
胸の前で腕を組み、何かを我慢しているようだ。
背は低いのに独特な存在感。
手に持つカバンの色が、青色だからまだ一年生。
この真島中学校の生徒は学年別に3種類の色が振り当てられている。
一年生が青、二年生が黄色、三年生が赤色だ。なので、カバンの色を見れば何年生かすぐに分かる。
ちなみに今の三年生が卒業したら、次に入学してくる一年生が赤色を受け継ぐシステムだ。
俺と同じ同級生、13歳だというのに貫禄があるなぁ。
彼女の持っている大きな瞳が、そう思わせるのかもしれないが……。
髪型も関係しているのかも?
ポニーテールだけど、前髪はオールバックで、全て後頭部で結んでいる。
隣りに立っている優子ちゃんに、小声で「あの子、誰?」と聞くが答えてくれない。
身体を震わせて、俺の後ろに逃げてしまった。
ボーっとその子を見つめていると、あちら側からこちらに距離を詰めてきた。
近づくにつれて、その顔を思い出して来た。
「あ、あゆみ。鞍手 あゆみだ……」
その名を声に出していた頃には、彼女も俺の目の前に立っていた。
見つめ合う……と言えば、きれいな表現だが。この場合は睨みあっているのでは?
「水巻さんだっけ? あのさ、昨日のアレ、なんなの?」
「へ?」
なんかキャラが全然、違う!
俺の初恋の人は、もっと優しかったのに。
しかも、めっちゃ怒ってない?
「あのさ……あなた、急に学校へ戻ったと思ったら、鬼塚くんの胸ぐらを掴むわ。先輩とのいざこざにしゃしゃり出るとか、やりすぎじゃない?」
「いや、私は鬼塚のこととか、どうでも良くて……。それよりも、鞍手さんと仲良くなりたいな~ なんて……」
と言いかけたところで、彼女は深いため息をつく。
「はぁ……私があなたみたいな暗くて、病弱な女の子と? 笑わせないで。その後ろに隠れてるオタクと付き合う女とか、絶対に無理よ!」
それを聞いて、優子ちゃんが「ヒィッ!」と悲鳴をあげる。
いくらなんでも、それは言い過ぎじゃないか?
「ま、待ってよ、あゆみちゃん。私たち、小学校の時からの仲間でしょ? 優子ちゃんにそんな言い方、酷いよ」
「ただの腐れ縁でしょ? とにかく、勝手なことは今度からやめてよね。特に……」
と言いかけたところで、固まってしまう鞍手 あゆみ。
一体、どうしたと言うのだ?
あんなに威勢よく、俺と優子ちゃんを罵っていたのに……。
ふと後ろを振り返ると、赤いユニフォーム姿の少年が玄関に入って来た。
朝練の後なのだろう。褐色の肌に流れる汗、どこか色っぽく見える。
なんて、思った俺がバカだった。だって相手は、ツンツン頭の鬼塚 良平だから。
「ふぅ……」
確かバスケットボール部だったか?
しかし、この低身長で活躍できるのだろうか。ま、精々ベンチでも温めているんだな。
万年補欠くん。
「あ、鬼塚くん! おはよ~う!」
なんだ、この甘ったるい声は?
と思っていたら、その声の持ち主は、俺の目の前にいた。
先ほどまで俺たちにプレッシャーをかけていた、強気な女。鞍手 あゆみだ。
「鬼塚くん。朝練、お疲れ様ぁ! 大変でしょ?」
俺たちを無視して、鬼塚の方へ駆け寄る鞍手。
「あ、鞍手か……まあな」
「鬼塚くん、昨日のこと聞いたよ。先輩にいじわるされてるんでしょ? あゆみが先生に言おうか?」
なっ!? 一人称が変わった!
どんな女なんだよ、鞍手。
俺たちを無視して、鬼塚にピッタリくっついて階段をあがっていく。
彼女の姿が見えなくなって、ようやく優子ちゃんが俺の背中から、顔を出す。
「だから言ったでしょ? 鞍手さんって、とにかく勝気な女の子で、男の子の前では態度が変わるんだよ」
「それって、つまり……」
「うん、人によって態度が変わる子なの。特に女の子には冷たいから、気をつけて」
マジか。信じたくないけど、前世で俺に対する優しさも、その性格からだったのかな?
だとしたら、引くわ……。
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