殺したいほど憎いのに、好きになりそう

「いじめっ子×美少女おじさん」
味噌村 幸太郎
味噌村 幸太郎

二人乗り

公開日時: 2025年5月9日(金) 14:00
文字数:1,609


 数日前、学校から帰る際、鬼塚から声をかけられた。


「今度の日曜日に、水巻の家へ翔平と一緒に迎えに行くから」


 と言われた。


 だから、俺は綺麗な服に着替えて、自宅の前で待っている。

 しばらくすると、汗だくになった少年が自転車に乗って、こちらへ向かって来た。

 10月も終わりだというのに、彼だけは未だに真夏だな。

 タンクトップにハーフパンツの姿で現れたから、驚いた。


「悪りぃな、水巻! 翔平が急に熱を出してさ……」


 息を切らして説明する鬼塚を見て、俺も慌てる。


「え!? 翔平くん、病気なの?」

「うん……大したことないんだよ。昨日、学校の友達と水鉄砲で遊んだらしい。それで熱が出たんだ」

「てことは、今日翔平くん、水族館は行けないの?」

「ああ、また今度ってことだ。悪いな、だから今日は二人で行こう」

「なっ!?」


 ふざけんなよ! 俺は弟の翔平くんが来るから一緒に行こうと思ったのに。

 こいつと休日に二人で水族館へ行くとか、デートと勘違いされるじゃん。


「だから、とりあえず水巻。お前も自転車を早く持って来てくれるか?」

「え? 自転車?」


 俺は耳を疑った。


「ああ、電車に乗って行ったら交通費がかかるだろ? 自転車ならタダだしな」


 ウソだろ……。ここから自転車に乗って水族館まで行けば、片道一時間近くかかるぞ?

 それでも行く気か? サイクリングをしたいんじゃないよな。


「鬼塚。あの、俺……じゃなかった私の家って自転車ダメなんだよね」

「は? なんで?」

「ほら、この真島まじまって町はさ、歩道とか無い道が多いじゃん。だからお母さんが事故とかを心配して……」

「そういうことか。水巻、女だもんな。そりゃ母ちゃんも心配になるだろ」


 違うわ、ただ単に心配性な親なんだよ。

 前世の男時代も同じ理由で、使用禁止だったし……。


「じゃあさ、俺の”後ろ”に乗れよ?」

「え?」

「運転できないだろうから、二人乗りしようってこと」

「……」


 ~30分後~


 人生で初めて二人乗りというのものを経験したが、かなり恥ずかしいな。

 今はワンピースを着ているし、太ももを左右に広げて鬼塚の後ろに乗るわけにもいかず……。

 横座りで、必死にペダルをこぐ彼の腰に手を当てる。

 坂道の多い土地だから、タンクトップからたくさんの汗が滲み出ていた。


「大丈夫? 鬼塚」

「は? 聞こえねー」

「あ、もういいよ……」


 後ろで座っているだけだから楽だと思っていたが、お尻がかなり痛い。

 

 坂道を上ったり下ったりを繰り返すこと、数十分ほど。ようやく”海ノ中道うみのなかみち”が見えて来た。

 辺りの海岸から、強い潮風を全身で感じる。

 天気も良いし、すごく気持ちが良いな……一緒にいる奴がこいつじゃなければ。

 

  ※


 マリンワールド、正式名称は”海の中道、海洋生態博物館”。

 博多湾のすぐそばに建設された水族館で、貝殻のような半円形のデザインが印象的だ。

 もっとも、俺はここに一回も来たことがない。

 前世ではずっと引きこもっていたので……。


 鬼塚が駐輪場に自転車を停めると、俺も自転車から腰を下ろす。

 長時間に渡って、二人乗りを経験したが、尻がかなり痛む。

 まあ後ろに俺を乗せて長距離を走っていた鬼塚の方が、疲れただろうけど。

 その証拠に身体中から、汗を吹き出している。


「はぁはぁ……よし、着いたな」

「その、大丈夫? 汗すごいけど……」

「え? 別にいつものことだから、気にすんなって」


 最後の一言で、彼の家庭状況を察してしまった。

 出かけるためにこれだけ、汗をかくのが普通だと言った。

 俺の家じゃ、どこか出かける時はいつも父親の車の中だったもんな……。

 

 自転車の前かごからナップサックを手に取ると、彼はこう言った。


「水巻はマリンワールド。初めてなのか?」

「うん……というか、水族館自体が初めてかも」

「じゃあ、俺が案内してやるよ。めっちゃ楽しいから!」


 そう言う彼の瞳は、とてもキラキラ輝いていた。

 こんな奴が前世で俺に対して、あんな酷いいじめを行っていたなんて、信じられないほど。

 俺はもう、彼に心を許してしまったのかもしれない。

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