数日前、学校から帰る際、鬼塚から声をかけられた。
「今度の日曜日に、水巻の家へ翔平と一緒に迎えに行くから」
と言われた。
だから、俺は綺麗な服に着替えて、自宅の前で待っている。
しばらくすると、汗だくになった少年が自転車に乗って、こちらへ向かって来た。
10月も終わりだというのに、彼だけは未だに真夏だな。
タンクトップにハーフパンツの姿で現れたから、驚いた。
「悪りぃな、水巻! 翔平が急に熱を出してさ……」
息を切らして説明する鬼塚を見て、俺も慌てる。
「え!? 翔平くん、病気なの?」
「うん……大したことないんだよ。昨日、学校の友達と水鉄砲で遊んだらしい。それで熱が出たんだ」
「てことは、今日翔平くん、水族館は行けないの?」
「ああ、また今度ってことだ。悪いな、だから今日は二人で行こう」
「なっ!?」
ふざけんなよ! 俺は弟の翔平くんが来るから一緒に行こうと思ったのに。
こいつと休日に二人で水族館へ行くとか、デートと勘違いされるじゃん。
「だから、とりあえず水巻。お前も自転車を早く持って来てくれるか?」
「え? 自転車?」
俺は耳を疑った。
「ああ、電車に乗って行ったら交通費がかかるだろ? 自転車ならタダだしな」
ウソだろ……。ここから自転車に乗って水族館まで行けば、片道一時間近くかかるぞ?
それでも行く気か? サイクリングをしたいんじゃないよな。
「鬼塚。あの、俺……じゃなかった私の家って自転車ダメなんだよね」
「は? なんで?」
「ほら、この真島って町はさ、歩道とか無い道が多いじゃん。だからお母さんが事故とかを心配して……」
「そういうことか。水巻、女だもんな。そりゃ母ちゃんも心配になるだろ」
違うわ、ただ単に心配性な親なんだよ。
前世の男時代も同じ理由で、使用禁止だったし……。
「じゃあさ、俺の”後ろ”に乗れよ?」
「え?」
「運転できないだろうから、二人乗りしようってこと」
「……」
~30分後~
人生で初めて二人乗りというのものを経験したが、かなり恥ずかしいな。
今はワンピースを着ているし、太ももを左右に広げて鬼塚の後ろに乗るわけにもいかず……。
横座りで、必死にペダルをこぐ彼の腰に手を当てる。
坂道の多い土地だから、タンクトップからたくさんの汗が滲み出ていた。
「大丈夫? 鬼塚」
「は? 聞こえねー」
「あ、もういいよ……」
後ろで座っているだけだから楽だと思っていたが、お尻がかなり痛い。
坂道を上ったり下ったりを繰り返すこと、数十分ほど。ようやく”海ノ中道”が見えて来た。
辺りの海岸から、強い潮風を全身で感じる。
天気も良いし、すごく気持ちが良いな……一緒にいる奴がこいつじゃなければ。
※
マリンワールド、正式名称は”海の中道、海洋生態博物館”。
博多湾のすぐそばに建設された水族館で、貝殻のような半円形のデザインが印象的だ。
もっとも、俺はここに一回も来たことがない。
前世ではずっと引きこもっていたので……。
鬼塚が駐輪場に自転車を停めると、俺も自転車から腰を下ろす。
長時間に渡って、二人乗りを経験したが、尻がかなり痛む。
まあ後ろに俺を乗せて長距離を走っていた鬼塚の方が、疲れただろうけど。
その証拠に身体中から、汗を吹き出している。
「はぁはぁ……よし、着いたな」
「その、大丈夫? 汗すごいけど……」
「え? 別にいつものことだから、気にすんなって」
最後の一言で、彼の家庭状況を察してしまった。
出かけるためにこれだけ、汗をかくのが普通だと言った。
俺の家じゃ、どこか出かける時はいつも父親の車の中だったもんな……。
自転車の前かごからナップサックを手に取ると、彼はこう言った。
「水巻はマリンワールド。初めてなのか?」
「うん……というか、水族館自体が初めてかも」
「じゃあ、俺が案内してやるよ。めっちゃ楽しいから!」
そう言う彼の瞳は、とてもキラキラ輝いていた。
こんな奴が前世で俺に対して、あんな酷いいじめを行っていたなんて、信じられないほど。
俺はもう、彼に心を許してしまったのかもしれない。
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