それぞれお土産も買ったし、水族館を出て帰ることになった。
と言っても、行きと同じく。鬼塚が運転する自転車の後ろに座らないといけない……。
正直、尻が痛いから嫌なんだよなぁ。
駐輪場に着いて、鬼塚が自身の自転車を見つけると「ああっ!」と大声で叫ぶ。
一体何をそんなに驚いているのか、本人に聞いてみたら。
「悪い、水巻。この自転車、後輪がパンクしてるわ……」
「え? じゃあ自転車に乗って帰れないってこと?」
「本当にごめん。俺が交通費をケチったから……」
つまり、このマリンワールドから徒歩で帰れってことだよな?
マジで苦行だ。
自転車で片道1時間近くかかったから、歩いて帰ればその倍はかかる。
※
「水巻ぃ~? 大丈夫か、ちょっと休んでもいいけど」
「はぁはぁ……いや、まだ大丈夫。もうちょっと歩こうよ」
水族館を出てまだ20分程度だが、この海ノ中道という道路は地味にしんどい。
緩やかな坂道を歩いているだけと言うのに、疲労感が半端ない。
唯一の救いは、付近の海岸から流れてくる潮風が気持ち良いってことだ。
俺の前を数歩先にパンクした自転車を押して歩く、鬼塚の背中が見える。
普段から鍛えているというだけあって、体力はかなりあるようだ。
しばらく歩道を歩いていると、汗だくになる俺とは違い、隣りの車道を走る車を見かけると。
車内では軽快な音楽と共に、若者たちが楽しそうに踊っている。片手にジュースを持って……。
「のど、乾いたなぁ……」
俺がそう呟くと、前を歩いていた鬼塚が「休憩にしよう」と提案してきた。
休憩すると言っても、歩道の隅に自転車を置いて、アスファルトの上に腰を下ろすだけ。
持参してきたハンカチで、額に流れる汗を拭く。
「はぁ……秋だってのに、あついなぁ~」
寒いかもしれないと羽織ってきたカーディガンは、もう脱いで腰に巻いている。
「本当に悪い。水巻、俺のせいで……」
「別にいいよ……わざとパンクさせたわけじゃないし。ハプニングでしょ?」
「そうだけどさ。あ、そういえば水筒にお茶が少し残っていたと思うんだ! 飲むか?」
「え、マジ!? 飲む飲む!」
この時ばかりは、鬼塚が天使に見えてしまった。
自転車の前かごからナップサックを取り出すと、中からキャラものの水筒を取り出す。
そして、コップにお茶を注ぐと俺に渡してくれる……はずだった。
「なんだこれ……?」
お茶を俺へ手渡す前に、鬼塚はある物が地面に落ちていることに気がつく。
よほど気になるようで彼は、地面に落ちていたそれを手に取ってみる。
そこでようやく、俺もその物体に気がつく。
ヤベッ!
朝、お姉ちゃんが俺に渡してくれたコンドームだ……。
さっき地面に座ろうとした時、カーディガンのポケットから落ちたんだ。
このままじゃ、鬼塚が俺に変な期待をしてしまうんじゃないか?
嫌だ嫌だ! いくら身体が女の子になったと言っても、絶対痛いに決まっている!
「すごくキラキラしている……」
いかん、かなり興味津々のようだ。
鬼塚のことだ。女の俺がデートにコンドームを用意していたと知ったら、このままラブホ行きだろう。
強制連行されちまう。それだけは防ぎたい。
「あ、あの……それってさ。私が落としたものなんだよねぇ。大事なものだから返してくれる?」
「え? 水巻が落としたの?」
「そうそう、うっかり落としちゃってさ」
「へぇ~ ところでさ、これって何かのお菓子だろ?」
突拍子もない言葉に思わず、その場でずっこけそうになった。
「お、お菓子じゃないって!?」
「いや、このサイズ。飴かグミだろ? 休憩も兼ねて一緒に食べようぜ……」
とコンドームの切り口を数ミリ開けてしまう、鬼塚。
それを見た俺は咄嗟に立ち上がり、コンドームを奪い取る。
「こ、これは食べ物じゃないから! 食べちゃダメ!」
「え? そうなのか……じゃあ、なんに使うんだ?」
「……」
このあと、鬼塚から質問攻めにあったが、俺は無言を貫いた。
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