ワーレス商会の訪問当日。コーネリアは玄関ホールで、両親からの見送りを受けていた。
「働く人々の姿を実際に見てみたいと思うのは感心な事だが、ワーレス達の迷惑にならないように注意した上で、程々にな? コーネリアだったら、その点はあまり心配していないが」
「はい、お父様。見学をお許しいただき、ありがとうございます」
「行ってらっしゃい、コーネリア。アラナ、コーネリアの事をお願いね?」
「はい、お任せください、奥様」
見送られてコーネリアに引き続き馬車にアラナが乗り込むと、護衛役の騎士二人も騎乗し、一台と二頭はゆっくりと街に向かって走り出した。
「奥様のご指示で、念の為昨日のうちにワーレス商会に問い合わせたところ、『お嬢様のご都合が良ければ、このように進めさせていただきます』との断り書き付きで、このような進行表が届けられましたので、了解しておきました」
整えてある段取りを書き出した物を、アラナが馬車の中で最終確認の為に手渡すと、コーネリアは感心したように目を通してから意外そうな声を上げた。
「さすが、ワーレスさんは手際が良いわね。……あら、昼食も店舗内で頂けるの?」
「はい。ワーレス商会では従業員向けに、軽食をお昼に出すそうです。庶民は一日二食の者も多いですのに、珍しいですね」
「そういう事もしているから、ワーレス商会で働きたいと思う人が多いのかしら」
「私も今回初めて知りましたが、そうかもしれません。それでワーレス会頭からのお手紙には『公爵令嬢のコーネリア様のお口には合わないかもしれませんが』と但し書きがありましたので……」
「あら、せっかくだから、どんな物か食べてみたいわ!」
アラナが言葉を濁すと、すかさずコーネリアが反応する。それにアラナはにっこり笑いながら応じた。
「お嬢様がそう仰るだろうと思いまして、公爵様が『構わないので皆と同じものを出して欲しい』とお返事を書かれていました。随行の私と、護衛のジェイムズとラリーもお相伴に預かります」
同行者の昼食の手配も済んでいると聞いてコーネリアは安堵しながら頷き、次いで幾分自嘲気味に笑った。
「そうだったの……。帰ったらお父様にお礼を言わないとね。それに、誰それに話を聞きたいとお願いしただけで、時間がどれくらいかかるかとか、お昼をどうするかなんて全然考えていなかったわ。私はやっぱり、まだまだ子供ね」
「確かにまだお若いと思いますが、これからどんどん経験を積まれればよろしいのですわ」
「本当にそうね。これから一層、努力するつもりよ」
「ご立派です、お嬢様」
素直に反省する所は反省し、前向きな姿勢を崩さない彼女を見て、アラナは益々自分の主を誇らしく思った。
「いらっしゃいませ、コーネリア様。お待ちしておりました」
ワーレス商会本店前に馬車を横付けし、通行人が何事かと遠巻きに見守る中、コーネリアは馬車から優雅に石畳の上に降り立った。それと同時に、馬車の到着を受けて店内から出て待ち構えていたラミアが、恭しく頭を下げながら挨拶してくる。それにコーネリアも笑顔で返した。
「ラミアさん。今回無理を言ってしまって、申し訳ありません。今日はよろしくお願いします」
「コーネリア様。そんなご挨拶など無用です。私も主人も、シェーグレン公爵家の皆様のお役に立てるなら、何物にも勝る喜びです」
(ワーレス夫妻が若い頃、公爵様にかなりの大金を貸していただいて、今の規模まで店舗を拡大したという話は本当みたいね。本当にお嬢様達に対して、卑屈になっているのとは違うけど腰が低いわ)
早速二人並んで店舗内に入ったラミアが、コーネリアの質問に応じて店舗内の説明を始めたのを、アラナは彼女達から数歩下がった位置で暫くの間無言のまま観察していた。
ラミアが店舗内に引き続き、倉庫や業者や生産者との取引所、事務作業所や従業員の休憩室など、商会内の各場所を訪れながら懇切丁寧な説明を続け、コーネリアがそれを書き留めたり疑問を尋ねたりしているうちに、あっという間に時間が過ぎていった。
「主だった場所の見学は、これで終わりになります。どうでしたか? 今回のご訪問は『本を書く時の設定の参考にする』とお伺いしましたが、私共にしてみればいつも通りの仕事場ですので、コーネリア様の参考になったかどうか自信が無いのですが……」
案内を済ませてから応接室に招き入れ、ソファーを勧めてきたラミアが幾分申し訳なさそうに告げてくるのを見て、コーネリアは首を振って笑顔でそれを否定した。
「いいえ、十分参考になりましたし、とても素晴らしかったです。整然と商品や在庫が並べられていて無駄がない上、動線が整っていてとても機能的だと思います。さすがはワーレス商会の店舗だと感心しました」
それを聞いたラミアが、安堵しながら微笑む。
「過分なお褒めの言葉をいただき、ありがとうございます。皆に伝えたら喜びますわ。それでは先程、店の者が主人が外出先から戻ったと知らせて参りましたので、こちらに呼んで参ります。お好きなだけ話を聞いてください」
「そちらもお忙しいでしょうし、予定通り時間を区切ってお伺いするわ。予め、質問事項は纏めておきましたし」
「流石はコーネリア様ですね」
(当然よ! お嬢様は何事に対しても抜かりは無いわ!)
ラミアが最後にコーネリアを誉めて応接室を出ていくのを見送りながら、アラナは内心でいつものように主を褒め称えた。
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