万華ノイシ

――奇病を咲かすはよろずの乙女。華を散らすは誰が為に。
篶杜守
篶杜守

噂話-mystery-その2

公開日時: 2021年8月28日(土) 09:00
文字数:1,645

◆二〇〇三年 四月二十五日 香美栖高校二年B組教室



 「病魔が希望だなんて口にするな」―そう言った別谷くんの意図は分からないまま、二日が過ぎた。

 あれから彼とは話せていない。

 教室では姿を見かけるし廊下ですれ違えば挨拶はするけど、それだけ。

 誤解なきよう注釈すると、たとえ一昨日の件が無くても、委員の仕事が無いときはこんなものである。決して話をするのが億劫という訳ではない。

 ただ、もし今日に風紀委員の仕事があったとして、いつものように気兼ねなく話せたかと問われるとそれは分からない。

 彼の言葉が気になって、いつも通りとはいかないと思う。出かけるとき家の鍵を閉めたかが気になって、何度も道を引き返すように。

 そんな私のモヤモヤなどお構いなしに状況は移り変わる。

 具体的に何が変わっているかといえば、周囲の人間関係――とりわけ男女間の関係性だった。

 ここ数日で急速に距離が縮まったのか、私が知らない間に数週間前から徐々に仲睦まじくなっていたのかは分からないが、結果として今の香美栖にはカップルがぽこじゃか誕生していた。全く。春先のタケノコでももうちょっと空気読んで生えてくるだろうに。

 校内でいちゃつくのを止めろと言うつもりは無い。私が気にしているのはそこじゃなくて。

「聞いた?D組の古森さん、例の一年男子と付き合うことにしたんだって」

「そうなの?付きまとわれてて鬱陶しいって、前に言ってなかったっけ」

「私もそう聞いてたからビックリしたの」

「まさかあの噂を気にして…なんて理由じゃないよね?」

 声を潜めるクラスメイト同士の会話に、私は耳を傾ける。

「それは分かんないけど…。でも私がもし同じ状況に立たされたとしたら、告白を拒否できる自信は無いかも」

「あんなのデタラメに決まってるじゃん!好きな子振り向かせることもできなかったダメ男が告白断られないようにでっち上げた嘘だよ、絶対」

 またこの話だ。

 つまり私が気にしているというのは、彼女が言うところのデタラメ噂話のこと。

 ずっと昔からあったイチョウの枝のおまじないと違って、この四月になってから耳にするようになった、怪談じみた噂。

 カップルの増加に伴って聞く機会の増えたそれは、話の断片を纏めるとこんな内容だった。

 ――イチョウの枝に祈りを込めて、三日三晩折らずに過ごしてもなお想いが成就しなかったとき、告白を断ったのが女子であればその女子は神隠しに遭う。姿を消したことを誰も気付かず、神隠しから戻ってきた女子は魂を抜かれたかのように大人しくなっているという。

 神隠しなんて言葉はアカデミー賞受賞した国民的長編アニメ以外で初めて聞いたし、現実味の無い話だと切り捨てるクラスメイトの気持ちは分からないでもない。

 ただ、でっち上げの作り話にしては、やけに内容が具体的であるように私は思う。

 噂は荒唐無稽なだけでは噂として成立しない。

 聞いた者が「あり得そう」と思え、且つ真相は伺い知れないという絶妙なバランスが取れているときに初めて噂話として伝播し、尾ひれがついていくものだ。

 そういう視点でみると、神隠しの噂は足りていない

 神隠しという現象を引き起こす仕組みはまるで見えてこないのに、発生条件やその結果起こることの情報だけが具体的。これでは真相が分からないだけじゃなく、あり得そうとも思えないはず。

 なのにこれだけ生徒の間で話題に上がるということは…

「ね、その噂なんだけどさ。実際に神隠しに遭った人の名前は聞いたことある?」

「等々力さん?うーん、名前は知らない。D組の女子らしいっていうのは聞いたけど…」

「そうなの?アタシは二年生ってことしか知らなかったよ。でも意外だね、等々力もこういう話とか興味あるんだ」

「まあ、ちょっとね」

 ふーん、とつまらなそうに一瞥して、彼女はグループでの談笑に戻っていった。

 それは当然である。私は会話を盛り上げるために割って入ったのではないのだから。仲間内での四方山よもやま話に花を咲かせるとか、今の私の眼中には無い。

 あるのはこの奇妙な噂の真相を知りたいという、好奇心だけだった。

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