万華ノイシ

――奇病を咲かすはよろずの乙女。華を散らすは誰が為に。
篶杜守
篶杜守

対峙-communion-その8

公開日時: 2021年4月30日(金) 21:00
文字数:1,861

◆二〇〇五年 六月十七日 叶市内のとある公園



 金曜の昼下がりは意外に人通りがある。

 それでも散策路で思い切り伸びをしたくなる程度には空いている公園で、妙に空気の重い二人連れが歩いていた。

「ふーん……それで、私には内緒で大暴れしてきたと?」

「えーっとな、オレの説明聞いてた?触るだけで何でも爆破しちまう病魔が相手だったんだぜ?そんな危ないことにひなたを――」

 弁解しようとする別谷の言葉を遮って、

「そんな危ないことにサカエは巻き込まれてきたんでしょう!?全く…大怪我が無かったからいいけど、そんなの結果論でしかないんだからね!?」

「巻き込まれたっつーか、巻き込まないよう頑張ったんですケド…」

「それは!嬉しいけど!!それとこれと話は別!」

「お、おう」

 怒りながら喜ぶという器用なリアクションを示す等々力に圧倒される。

「サカエが私のことを大事に思ってくれてるのは分かるよ。けどさ、それと同じくらい、私だってサカエのこと…」

 歩みを止め、俯く等々力に別谷は向き直って、

「ありがとな、ひなた」

「わ、ちょっとサカエ…!」

 栗色の髪をわしゃわしゃと撫でまわす。

 等々力は恥ずかしそうに身を縮めるが、満更でもなさそうだった。

「もう。私の髪、癖毛で暴れやすいの知ってるでしょ」

「悪い悪い。なんか、こうしたくなったんだ」

「……ばか」

 跳ねた髪を撫でつけながら、等々力は小声でそう呟いた。

 再び歩き出した二人の右手に、陽光を受けて水面を煌めかせる池が見えてくる。

 柵から頭だけ乗り出すと、どこからともなく鯉が集まり群がってきた。

「そういえば、なんだけど。今回はどんな相手だったの」

「ん?そうだなぁ……」

 餌を求めて口をパクつかせる彼らを眺めながら思案する。

「自分が何を欲して生きているのか、それを見失っていた奴だった」

「何のために生きているかって話?」

「それとは違うな。目的というより、願望とか、欲求とか。何がしたいのか、が見えなくなっていたんだと思う」

「その人、見失ってた願望は取り戻せたと思う?」

「さぁ。これからのアイツ次第だろ、それは。病魔の力を失ったアイツは隔離病棟じゃなく留置所行きだ。未知の現象を介さない、物的証拠から容疑が固まれば家庭裁判所で裁判にかけられるだろうさ」

 積み重ねた罪を法で裁かれ、示された償いをし済ませて初めて、城崎音代の人生は巡り出す。

「そっか。その人、普通に戻ったんだ」

「ああ。オレの病魔で強制的に、だっただけどな」

 言いながら、別谷は昨日の死闘を思い出す。

 城崎の殺戮は病魔の力をその身に蓄えるためだった。

 だが、肝心の目的は不明なままだ。

 彼女の口から洩れたアリタカという人物が鍵を握っているのだろうと予想はつけられるが、城崎がどれだけ知っているかは未知数。

 また、見つかっていないだけで城崎のように力を奪う活動が他にも発生している可能性もある。

 これから忙しくなりそうだ、と内心でため息をつく。

「あっ、あそこのベンチ、陽が差して暖かそう!ちょっと座ってこうよ、私サンドイッチ作ってきたんだ」

「その手提げ、中身は食い物だったのか。良いけど、この後昼飯も食うんだろ。…腹、入るのか」

「そんな沢山じゃないから大丈夫だよ!ホラ!」

 そう言ってミニバスケットを差し出す。

 覗くと確かに、八つ切りの薄い食パン二枚分と思われるサンドイッチが丁寧に仕舞われていた。

「家の食材少なかったから、ホントにちょっとだけだけど」

「いや、ありがとう。先に座っててくれ。そこの自販機で飲み物買って来る」

「はーい」

 別谷は小走りで散策路の脇にある自動販売機へ向かう。

 自分用はミネラルウオーターで良いとして等々力は…などと悩んでいると、

「……ん?」

 何者かの視線を感じて奥の木陰を見やるが、誰もいない。

 荒事があって意識過剰になっているのかもしれない、とかぶりを振る。

 結局無難な紅茶を買って、等々力の元へ戻ろうとしたその一瞬。

 振り返ろうとした別谷の視界に、何か。

 幹から葉先まで全てが真っ白な柳のような。

 否、それは――

「――!?」

 二度見したときには既に何も無く。

 やはり気のせいか、と首を捻りながら、日なたで待つ等々力に飲み物を届ける。

 この何気ない、ありふれた時間を噛み締めながら。



 果たして。

 そんな様子を眺める存在がひとつ。

 別谷が気配を感じた場所に、立っていた。

 枯れ木のように痩せ細り、端がぼろぼろになった布を纏った少女。

 服代わりの布切れのみならず全身の皮膚も真っ白なそれはおよそ人間とは呼べぬ姿で。

 パサついた金髪のヴェールの隙間から覗く、翡翠のような瞳がじっと、別谷境だけを凝視していた。

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