「どうしていつも電話をかける度に個人情報の照合されなきゃならんのだ、電話帳登録とかしてくれないわけ?」
「それは神流さんがいつも外線からかけてくるからですよ、まったく…」
別谷境からの連絡を受け、等々力の講義を中断してからおよそ五分。
電話の相手は神流の不平不満をため息交じりに切り返す。
「良いですか、我々はそもそも存在が公にはされていません。そんな部署に外部から着信が来たら、普通は素性を調べる対応になるでしょう」
「それは分かるが、アタシの番号はいつも同じだろう。もうちょっとこう…ね?」
「できません。神流さんの機器を使った別人である可能性がありますから」
ちぇー。と神流は口を尖らせる。
まるでスーパーのお菓子売場で駄々をこねる子供のようである。
「それで?そんな面倒くさい手続きがあると分かってて神流さんが連絡をしたということは、進展があったのでしょう?」
「お前は本当、ウチの部署には珍しく真面目な性格してるな榛原」
「自分ではそう思っていませんが…確かに、我々の管理監督が仕事であるはずの貴女が最前線に出ている時点で、我々はまともな組織ではないのかもしれません。おかげで部下の面々は伸び伸びと個性を育んでいますよ」
「そりゃ結構。制服着こんで統率取れた行動するのは本庁の連中に任せておけばいい。アタシたちはアタシたちにしか対処できない事象に集中するさ」
携帯電話を反対側の耳にあてがい、神流は本題に入る。
「例の爆殺事件だ。さっき、アタシの部下が関連していると思われる現場を発見した」
「また『彼女』ですか」
やや呆れ気味に言われ、神流は「頼り過ぎだ」と諫められているような気がした。
その反撃代わりという訳でもないが、榛原にひとつ忠告する。
「『彼』だ。今でこそ拘りも薄れたが、基本は男というスタンスでいることを忘れるな」
「善処します」
返事はビジネス会話の定型文だった。このぶんでは次回も同じ轍を踏むのだろう、と神流は半ば諦める。
「その『彼』が見つけた現場というのは?」
「最初に報告のあった場所の更に奥、入り組んだ路地を進んだ先に、資料とそっくりの血痕が複数あったそうだ」
「―そんなまさか」
堅物な榛原の、一瞬だがわずかに息を呑む姿が神流の瞼裏に浮かぶ。
最初のひと悶着を水に流すには充分な報酬だった。
「ああ、信じがたい話だよな」
「第一発見から報告までの処理はウチではないとはいえ、警視庁の刑事部だったのですよね?彼等がそんな間近の痕跡を見逃すとは考えにくいですが」
「とはいえアタシたちの相手は常識の埒外。秘匿に秀でた別の病魔が絡んでいる可能性も充分にある。重視すべきは、過去の経験よりも目前の現実だろう?」
「そうでしたね。では、ひとまず該当現場に規制線を敷くこととして…誰かを見張りに立てましょうか」
調子を取り戻した榛原がてきぱきと対応策を提案する。
この頭の切り替えの速さが彼の持ち味である。
「一人置いておきたいってのが本音だけど。…今すぐの配置はやめておこう。その代わり対病魔用装備使用の申請を頼む。受理され次第、現場組は装備を持ち出せる状態で待機するよう伝えてくれ」
「了解」
「アタシからの連絡は以上だが、そちらで何か変化はあったか?」
「一件だけ。我々の管轄ではないのですが、今朝から生活安全課に行方不明者の捜索についての問い合わせが大量に来ているようです」
いまいち要領を得ない内容に神流は眉をひそめる。
「なんだそれは…大量にって、具体的には?」
「十六件です。それも奇妙なのは、ある時間から一斉に問い合わせが来て、二、三時間ほどでぱたりとそれが止んだというんです。まるで、行方が分からなくなっていることに同時に気付いたかのように。それら十六件で行方不明になっているのはどれも女子学生という点で共通してはいるんですが、それ以外は年齢も、通う学校も、住んでいる場所も全くばらばらで、捜索しようにも事件性があるのかどうかで判断が割れている…と。これは私見なのですが、神流さん。これ…彼が発見したという複数の血痕と関連しているんじゃないでしょうか」
「あり得ない、とは言えないな。榛原、その十六人の行方不明者について、情報をまとめて寄越してくれないか?氏名、年齢、 住所、通う学校がマスト、可能なら学校での暮らしぶりや顔写真もあると助かる」
「了解しましたが、写真については全員ぶんを確約はできません。揃っていなくてもご容赦お願いします」
「ふふ…無理と言わないのは流石だな。大丈夫だ、顔写真は手に入るだけで構わないよ」
それじゃあ、と気軽な調子で通話を切る神流。
軽く伸びをして、
「すっかりひなたちゃんを待たせてしまったな。さーて、授業再開といきますか」
どこまで説明していたかを思い出しつつ、彼女を待たせている階下へと降りるのだった。
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