◆二〇〇三年 四月二十八日 香美栖高校職員室
別谷くんのお蔭で、神隠しに遭っていた麻里と再会できた翌週、月曜の放課後。
直接の被害者である彼女を連れて私が訪れたのは、本棟二階にある職員室だった。
「ね、ね、ひなた。ホントに行くのー?」
「ここまで来てどうしたのよ。行くに決まってるでしょう」
麻里は引き戸に掛けようとした私の手を心細そうに握ってくる。
「『誰からも気付いてもらえないようにする』なんて、やってることが監禁とそう変わらないじゃない。そんな仕打ち受けて、麻里はこのまま泣き寝入りで良いっていうの?」
「そりゃあ、良くは…ないけど。でもこんな話、絶対信じてもらえないよ」
「麻里が被害に遭ったのは本当のことじゃん!そういう信じられないような現象を引き起こす『病魔』なんてものがこの世にはあるんだし、もし本当に病魔を宿した誰かの仕業だとしたら、これはもう私たちの手に負えることじゃない。大人に頼るべき事件よ」
「気持ちは嬉しいけどさー。アレが病魔の仕業だって言える証拠も無いし」
痛い所を突いてくる。
「確かに根拠は無い。けど、原因の分からないおかしな現象が起きてるってことを先生たちに知ってもらうのは意味があるはずよ。昨日麻里を見つけられたのだって、神隠しの噂が耳に入って誰かが消えてるかもしれないことに意識が向いたからこそだと思うし」
「まずは関心を持ってもらうってこと?うーん…そこが一番のハードルな気もするんだけどな」
二人で問答を繰り広げていると、目の前の扉が開いて担任の川滝先生が出てきた。
「おっと…!」
「す、すみません」
「はは…危うくぶつかるところだったな。どうした、二人とも職員室に用事か」
文芸部の顧問でもある川滝先生はこれから部の活動場所に向かうらしく、小脇に読書予定の本を抱えている。
基本、教室の運営を生徒に丸投げするような教師だが、それでも我らが二年B組の担任。
ここで鉢合わせになったのも何かの縁だと思って、私は昨日の出来事と神隠しの噂について説明することにした。
――――――、
――――。
「つまり井瀬は昨日、その『神隠し』に遭って、クラスメイトはおろか僕ら教師にも無視され続けていた…っていうのかい?」
「えっと…はい……でもそんなこと言われても意味分からないですよね!なにしろあたし自身何が起きてたのか理解できてないですから」
麻里はわたわたと手を振って冗談っぽくはにかむ。
川滝先生も、話は伝わったものの流石に訝しげな表情を隠せていない。
「先生。その、これは私の憶測になるんですけど」
「ああ、うん。とりあえず聞かせてもらえるかな」
「この神隠し、もしかすると病魔に罹った何者かの仕業かもしれないんです」
「病魔…何故か女性にばかり発症し、場合によっては超能力とも解釈できる超常現象を引き起こす奇病、か」
やや疲れたふうに天井を仰いでそう呟く。
「そうです神隠しはまさにその超常現象みたいで……って、詳しいですね先生」
「いや、単に記憶に新しいから覚えてただけだよ」
「そうですか」
入口で長話をしているせいか、職員室から少なくない視線を感じる。
ちらりと中を見やると何やら呆れた様子の教師が数人。
「あーええとですね!つまり私が言いたいのは、神隠しがただの都市伝説じゃなくて人為的なものかもしれないってことなんです。だから――」
「等々力の思いは分かった。どこまで対応できるか保証はできないが、僕たち教師の方でも何か手が打てないか検討してみるよ」
川滝先生は私の言葉を上書くように遮り、
「とりあえず今日のところはここまでにさせて欲しい。そろそろ文芸部の方に顔出しておかないと部長さんにどやされそうだ」
「はい…分かりました」
「それじゃ」
そそくさと別棟へ向かって去ってしまった。
言葉通りに受け取れば私の目的は達せられたはずなのに、そうは全く思えない。
真剣に取り合ってもらうどころか、病魔の話を出してからの職員室にはうんざりしている空気感が漂っていた。
それは麻里も感じていたようで、
「なんか、煙たがられてる感じだったね」
「うん…ごめん、麻里に嫌な思いさせた」
「良いよ。ひなたなりに、あたしのこと考えてくれたんでしょ?その気持ちだけで充分」
「ありがと」
「あはは、どっちが慰められてるんだか」
確かに!と互いに笑い合う。
ようやくいつもの調子が戻ってきたらしい麻里は、軽く伸びをしながら訊ねてくる。
「さ、て、っと。これからあたしは部活に行くけど、ひなたはどうするの?」
「帰る。今日は委員の仕事も無いし」
「そっか。じゃあまた明日ね」
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