それはまさに爆発だった。
握り拳大の塊から小指ほどの石片まで、あらゆる形の固形物が別谷めがけて吹き荒れる。
「ァ、ぐっ……!」
咄嗟に真横へステップを刻むものの、爆風の範囲から完全には逃れられない。
もろに浴びた左半身はそこら中に殴られたような痛みが走り、混じっていた鋭利な破片によって所々、衣服ごと皮膚が切り裂かれていた。
完全に不意を打たれた別谷は避けた勢いのまま城崎から距離をとり、ホール反対側のらせん階段の陰へと飛び込む。
壁に背を預けて寄りかかり、乱れた呼吸を整える。
「ハァ…、ハァ…、ハァ……ふぅ…。くそ、野郎、破壊の程度も調節できたのか…いやそれよりもなんで、まだ病魔の力が使えるんだ。オレ、確かに喰ったよな?」
右手に残る感触を確かめるように拳を握り開きする。
その手に光の塊は既に無い。
それでも、握り潰した際に全身を走った活力のような「何か」は間違いなく城崎の力だった。
だが城崎が今なお病魔の力を振るっているのもまた事実。
別谷は階段の陰から覗き見るようにして様子を伺う。
「何をしたサカエ…わたしの身体に何をしたァ!減ってる…減ってる…頑張って集めたのが減ってるんだよォォォ!!」
「減ってる?集めた?アイツ、何を言って…」
半狂乱に陥った城崎は長い白髪を振り乱し、自らの顔を引き裂かん勢いで両手に力を込める。
その様はまるで、お気に入りの玩具を取り上げられた子供のようだった。
「…!まさか、ここでやっていたのは――」
壁に染み付いた血痕を見やった別谷は一つの可能性に辿り着く。
(まだ可能性の話だ。…いずれにせよ、最低限もう一回は喰わなきゃいけないことに変わりはねぇ)
「うゥゥゥゥ、ゥアアぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
呻きとも叫びともとれぬ声を絞り出す城崎は、辺りの床を手当たり次第に殴っては爆散させていく。
火薬の炸裂による爆発ではないため、見た目の激しさに比して音は静かだった。
爆ぜた破片の落ちる音だけが、打ちつける雨のように木霊する。
その礫の雨中を別谷は駆け抜ける。
「この……!」
黒煙を纏った右腕を傘代わりにする。
彼が鎧と呼ぶ通り、降り注ぐ礫のうち黒煙に触れたものは弾かれるようにその軌道を変えて落ちてゆく。
守られていない背中や肩に鈍い衝撃が走るものの、既に別谷は城崎の背後へと肉薄し、
「…暴走女が!」
再びその獣爪を振るう。
「ア、ご…っふ」
黒煙が城崎の体内を巡り、カタチ無き力をまさぐる。
掴んだ感触に腕を抜き取った別谷の右手には、一度目と全く同じように光の塊が握られていた。
「ということは――」
「っ、まただ…また減った…わたしの力……返せぇぇ!」
「ちぃ――っ!」
二回目となると耐性が付くのか、「捕食」を受けてもなお踏みとどまった城崎が両の手を振り回し抵抗する。
咄嗟に左手でそれを受けた別谷の表情は険しく、
「やっぱりだ、お前は…」
かざした掌越しにふらつく殺人鬼を睨みつける。
その左手は黒煙の鎧が剥がされていた。
「ここで殺した十五人、さては全員罹患者だったな?」
「だったら何だ!」
「お前の言っていた意味がようやく分かったぞ。餌―つまりは病魔を宿した人間を殺すことで、力のリソースともいうべきものを他人から取り入れていたんだな」
別谷はそう言っておきながら、自分の導いた仮説を信じ切れていなかった。
結論だけみれば間違いなく御伽噺の類。
ただし、痕跡と、今起きている現象からするとこう考えざるを得ない。
城崎音代の肉体にはまだ十四人ぶんの力が残されていると。
「………」
城崎は応えない。
それでいい、と別谷は思う。
仕組みがどうであれ、互いのやるべきことに変わりはないから。
「あと十四回、お前の胎を引き摺り出してやるから覚悟しろ」
「っ!!」
言葉に弾かれるように城崎が動く。
わずかな間合いを詰め、別谷の顔めがけて魔手が迫る。
唯人相手なら確実に殺せる速度。
だが、
「遅い!」
一歩横へずれるだけで伸ばされた右腕を回避する。
返す刀でその腕を脇で掴み、勢いそのままに別谷の「捕食」が二度、三度と城崎の体内を襲う。
「う、くそ――」
どうして、と言いたげな表情を浮かべる城崎。
無理もない。
一〇人以上の人間を屠ってきたとはいえ、そのほとんどが無抵抗な餌同然だったのだ。
彼女にとって、ここまで直接攻撃が通用しない相手は初めてのことだった。
こみ上げてくる吐き気を必死に飲み込み、なおも繰り出される別谷の掌底を左手でなんとか受け止め黒煙を吹き飛ばす。
計五人ぶんの力を抜き取られたため爆破の威力も目減りし、右腕全体を覆う鎧の六割程度の破壊に留まったが、別谷の拘束から抜け出すにはそれで充分だった。
「……、…、…」
「は、あはは。まだよ、まだわたしには壊せる。壊せるんだから」
距離をとった城崎と別谷の様子は、戦況とは対照的だった。
「捕食」を受けて力を削がれている城崎の方が何かに憑かれたように笑みを浮かべ。
相手の力を削ぎ優勢なはずの別谷の方が苦悶の表情を見せていた。
「あらあらあら…なんだか余裕無さそうじゃない」
「そういうお前は、随分と楽しそうだな。状況分かってんのか」
「状況?どうでも良いわそんなこと。わたしの前にぶっ壊せるモノがいて、わたしにはそれをぶち壊す力がある―それでいいじゃない」
けたけたと笑いながら言う城崎の目は、もはや別谷を人間として見ていなかった。
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