◆二〇〇五年 五月某日
「ふん、口ほどにもねえ」
とてもつまらなそうに言い捨てる別谷の足元で、二人組の男がのびていた。
埃をはたく彼女がいるのは叶市繁華街の路地裏。
なぜそんな場所にいるかといえば、
「女が一人で這入るような場所じゃないぜ?ここ。どんな事情があるのか知らないけど、せめてこの連中くらいは対処できる準備をしておくべきだ」
「………」
私立のお嬢様高校として有名な姫毘乃の制服を纏った、いかにも優等生そうな少女が一人で路地裏へ這入っていったのを見かけたからだった。
少女にとっては二人組も別谷も同列に怪しいのか、警戒心剥きだしだ。
「あー、悪い。そうだよな、まずは素性を明かすべきだった。オレは別谷境。普段は何でも屋みたいなトコで働いてるんだが、今日はオフだ」
「……女?」
「おう。生物学と法律上はな」
「……なんで、男みたいな」
少女はぽつ、ぽつと目に付く疑問を口にし始める。
「その辺りは色々と事情があるんだが…まあ、オレはこうするのが自然だと思って生きてるんだよ。ああボーイッシュとは違うぜ?」
「…病気?」
「性同一性障害でもねぇ!女とか男とか、そういう線引きに興味が無いってだけ」
「貴女って、変な人」
でも、と少女は続けて、
「助けてくれて、ありがとう」
「ん。まぁ気にするな、オレはオレのやりたいことをやっただけだから」
その言葉は、少女の心に小さな波紋をつくる。
「やりたいこと、か…」
その呟きを耳にした直後、別谷の意識から少女の存在が掻き消えた。
「――あれ」
さっきまでここで誰かと喋っていたような。
気のせい程度の違和感を覚えるが、
「…ったく、またつまらん連中に絡まれたか」
何事もなかったかのように別谷は路地裏から出ていく。
出会いにも満たない、触合い。
されどその接点は消えることなく。
我欲を見失った少女のこころに残り続ける。
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