「さて。これで残すところ一つなんだが…」
新任学級委員が渋い表情で唸る。
それもそのはず、黒板に書かれた各委員のうち一つだけ、一人も枠が埋まっていないものがあった。
「確認するけど、風紀委員をやりたい人はいないんだね?」
いるはずもなかった。
風紀委員と聞けば誰もが想像するのは警察のような役回り。校則を重視し、服装や態度の乱れを指摘して回る嫌われ者だ。
そんな委員を進んでやりたがるのは、現風紀委員長の藤堂先輩くらいのものだろう。
このままいけば再び沈黙の押し付け合いが始まる―という所で。
別谷境に対する好奇心が、私にある提案を耳打ちしてきた。
…これは、彼のことを知るチャンスかもしれない。
「誰もいないなら…あれ、等々力さん?」
気付くと私は手を挙げていた。
悪い癖だ。いつも私は先に体が動く。
「えっと。他に誰もやらないなら私、やっても良いんだけど…その代わり男子の委員を指名してもいいかな」
どういうこと、そんな仲良い男子いたっけ、というひそひそ声が波紋のように広がる。
「指名か、斬新だね!」
「適任がいると思って」
「その適任が誰なのか、聞いてもいいかな」
私は窓際最後列で眠そうに頬杖ついている男子を手のひらで指し、
「別谷、境くん」
彼の名を口にした。
途端、教室中がざわめく。
「ち、ちなみに…その理由は?」
これまで歯切れよく喋っていた学級委員くんですら、わずかにたじろいでいた。
「皆が畏怖する存在として知られている別谷くんが風紀委員になれば、抑止力になるんじゃないかな。風紀が乱れてからの注意じゃなくて、そもそも乱れないようにするのが本来の風紀委員の役割でしょう」
「…う、ううん……?一理くらいはある、のか――?」
「ちょっと待て」
続きを遮るようにして、あからさまに不機嫌な声が割り込んできた。
声の主、別谷くんは敵を見るような目で私を睨む。
「なんの冗談だ、オレが風紀委員だって?」
「冗談なんかじゃないわ。大真面目よ。別谷くん、自分が適任だって思わない?」
「思うかよ。どこをどう見たらそんな結論に至るんだ。オレが香美栖高で何て呼ばれてるか知ってるだろ」
「昨日知ったわ。それがどうかしたの」
堂々と言い放つ私を見た彼は、呆れて物も言えないといったご様子。
「私は別谷くんがそこまで短絡的に暴力に訴えるような人だとは思わない。今だって、そうやって悪態つきながらも手は出さないじゃない。本当に噂通りなら机とかに当たり散らしていてもおかしくないのに。それに、このホームルームにだって時間通り着席してたし――」
「ああもう!うるさい、黙ってろ」
その怒声に、私のみならず教室全体が静まり返る。
「朝から薄々感じてたが、今、確信に変わった。お前は自分の考えを絶対に曲げないタイプだ」
「……」
「考えを変える気の無い奴と問答するのは時間の無駄だ。いいさ、風紀委員…なってやるよ。委員会初日でクビにならなければの話だけどな」
別谷くんはそう言うと、ふてくされたように鼻息荒く席についた。
「え…っと、じゃあ?」
「あ、ああ。ではとりあえず、我が二年B組の風紀委員は別谷境と等々力さんに決定だ。二人とも、ありがとう」
「……ふん」
なんだか、こっちが説得する前に話を切り上げられた気がするけど。
「各委員会は来週の九日に顔合わせ、以降隔週の水曜日に召集がかかるので、忘れないように」
自分の狙い通りになったから良いかと、今は深く考えないことにした。
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