ギャルヴィラ

渋谷の金髪ギャルが史上最悪の最強ヴィランになるまで
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プロローグ

プロローグ

公開日時: 2022年5月13日(金) 20:01
文字数:1,487

「はばかり、そうろう」


「行っトイレ」


 それが、渡辺アイとの最後の会話だった。

 その数分後、アイはトイレのタイルで滑って、頭を打って死んだ。


 アイは、いつもバカみたいな厚底ブーツを履いていたので、その様子を後から思い出すと笑ってしまう。


 2022810

 それが私たちの高校最後の夏休みの、一番の出来事だ。



 その日、私たちは渋谷のカラオケボックスにいた。

 いつものメンバーだ。

 私、小鳥遊(たかなし)深雪は、みんなから「ミユミユ」と呼ばれている。

 ロック好きの中山陽菜(ひな)

 デブで大食いの「マッティ」望月咲茉(えま) 

 学級委員長をやっていた朝倉夢月(むつき)は今でもみんなから「委員長」と呼ばれている。


 私たちは小学生からの友達で、高校はバラバラになったけど、今でもこうして遊んでいた。

 恥ずかしいけど、ズッ友というやつだ。みんなで撮ったプリクラにもそう書いてたし、本当にそう思ってた。

 

 とはいえ趣味はバラバラで、カラオケでも、アイは韓流しか歌わないし、ヒナはロックで、委員長は昔の歌謡曲ばかり歌い、マッティは食べてばかり。


 私たちには、変なルールがあった。


 誰が言い出したのかは忘れたけど、どこにいてもトイレに行く前には一言、断ってから行く。


「はばかり、そうろう」

 

 憚(はばかり) とは、遠慮するとか、用を足すという意味なのだけど、そこに候う(そうろう)という言葉が合致するのかは分からない。

 でも誰かが「憚り候う」と言ったら、みんなは「行っトイレ」と言わなければいけない。

 そんなルール。

 

 その日も私たちは、いつも行くセンター街のカラオケボックスでバカみたいに騒いでいた。

 始まって30分くらい経った時、アイがおもむろに立ち上がった。

 身長が178㎝のアイは、いつも10㎝以上ある厚底を履いていたので、延べ190㎝弱。遠近感が無いのか、ただ単にバカなだけなのか、頭をぶつけてばかりいて、いつも頭にタンコブを作っていた。

 狭いボックス内は、立ち上がったアイの存在感でいっぱいになった。


「はばかり、そうろう」


 いつものようにアイが言うと、曲を選んでいた委員長も、ポテトを貪り食っていたマッティも、銀杏をシャウトしていたおヒナもマイク越しに、みんなは声を揃えて言った。


「行っトイレ」


・・・


 それから3日後。


 顔の横でVサインしている金髪ギャルの遺影の前に横並びに座っていた私たちは、線香をあげ、ぼんやりとその顔を見ていた。

 人差し指と中指の間から、バキバキのつけまつ毛が覗いている。

 とても、遺影には見えないし、箱の中で横になっているアイも寝てるようにしか見えない。


「何やってんだよ」マッティが遺影に向かって言った。

「カラオケまだ途中じゃん」私が言った。

「そうだよ。あんた入れたBTK、まだ入りっぱなしなんだからね」ヒナが言った。

「割り勘なんだからね」

「そうだよ。私が払ったんだから、今度返せよ」

「そうだよ‥‥‥」


 そして会話は止まった。まだ話したい事がいっぱいあったはずなのに、何も出てこなかった。


 「あんなの履いてっからだよ」 


 ヒナがボソッと言った。


 私は何かおかしくなって、プッと吹いた。誰かも釣られて吹いた。

 みんな下を向いてクスクス笑い始めた。


「バカだね」


「本当だよ」


「バカ」


「バカアイ」


「アイのバカ‥‥‥」



 涙が止まらなかった。

 

 みんなも、笑ってるのか、泣いてるのか分からない顔で、クスクス言いながら畳の上にポタポタと涙を落としていた。


 アイ。


 写真の中の金髪ギャルが、バカみたいな笑顔でこっちを向いていた。


 本当にバカだよ。


 でも、またどこかで会えるような気がした。



 2022810


 それが私たちの高校最後の夏休みの、一番の出来事だ。




 


 


 


 

 









 

 


 






 



 


 





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